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『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第64話 扉の向こうにも、田中美月がいました

「やっと会えた」


扉の向こうの田中美月が言った。


そして。


俺の後ろにいる美月さんが。


青ざめた。


「閉めて!」


遅い。


扉の向こうの美月さんは。


俺の手首を掴んだまま笑った。


「そっちの私は、まだ何も知らないから」


俺は。


扉の向こうを見る。


目の前の美月さん。


後ろの美月さん。


もう一度。


目の前。


後ろ。


前。


後ろ。


「……もう増えるのやめません!?」


我慢できなかった。


「俺も二人! 紬も二人! 今度は美月さんまで二人! 人数管理が限界なんですよ!」


新八さんが後ろから言った。


「紙に書け」


「そういう問題じゃない!」


今の紬が。


「私は一人」


と言った。


一度目の紬が。


「私も一人」


と続けた。


俺は。


「合わせて二人でしょう!」


と叫ぶ。


二人の紬が同時に。


「うるさい」


と言った。


俺は黙った。


何だろう。


最近。


俺の味方が減っている気がする。


いや。


人数だけは増えているのに。


「拓真」


一人目の俺が。


低い声で言った。


「扉から離れろ」


「でも」


「離れろ!」


珍しく。


本気の声だった。


俺は。


扉の向こうの美月さんを見る。


その手が。


まだ俺を掴んでいる。


温かい。


生きている。


幻には思えない。


「あなたは」


俺は聞いた。


「誰なんです」


扉の向こうの美月さんが。


少し笑った。


「田中美月」


「それは知ってます!」


「東都システム企画推進部」


「そこは初めて知りました!」


なるほど。


企画推進部。


俺。


本当に。


美月さんの部署すら覚えていなかった。


胸が痛い。


でも今は。


痛んでいる場合じゃない。


「後ろの美月さんと」


俺は言う。


「同じ人?」


扉の向こうの美月さんが。


俺の後ろを見る。


後ろの美月さんは。


睨んでいる。


でも。


その目。


怒りより。


怖い。


「同じ」


扉の向こうの美月さんが答えた。


「でも違う」


「その答え、もう聞き飽きました!」


一人目の俺も。


今の俺と同じ顔で。


少しだけ頷いた。


そこは共感するな。


「私は」


後ろの美月さんが言った。


声が。


固い。


「一度目と二度目を見た」


「……」


「兄が死んで」


「……」


「神谷さんが奥州へ行って」


「……」


「紬が死んで」


一度目の紬が。


少しだけ。


目を伏せる。


「政宗が死んで」


一人目の俺の顔が。


歪む。


「未来が壊れた」


今の俺は。


何も言えなかった。


後ろの美月さんが。


扉の向こうの自分を見る。


「でも、あなたはまだ何も知らない」


扉の向こうの美月さんが。


静かに答えた。


「そうみたいね」


「なら黙って」


「嫌」


即答だった。


後ろの美月さんの顔が。


少し変わった。


今の紬が。


ぼそっと言う。


「美月も面倒」


俺は。


「言いますね」


と返した。


「拓真よりはまし」


「基準にしないで!」


     ◇


扉の向こう。


蛍光灯。


白い床。


会社。


懐かしい匂い。


遠く。


誰かの声。


電話。


キーボード。


夢みたいだった。


いや。


今いる戦国時代の方が。


普通なら夢だ。


でも。


もう。


何が普通か分からない。


「田中さんは」


俺は聞いた。


声が。


少し震えた。


「本当に生きてるんですか」


扉の向こうの美月さんが。


俺を見る。


「生きてる」


心臓が鳴る。


「どこに」


「少し先」


「会えます?」


「会える」


俺の足が。


勝手に。


扉へ近づこうとした。


その瞬間。


紬が。


袖を掴んだ。


今の紬。


何も言わない。


ただ。


掴む。


俺は。


止まった。


扉の向こうの美月さんが。


その手を見る。


そして。


紬を見る。


顔が。


変わった。


「その子」


声が。


低くなる。


「扉に近づけないで」


俺は。


眉を寄せた。


「何で」


「近づけないで!」


急に。


強い声。


今の紬が。


俺の袖から手を離した。


「私?」


「そう」


「何で」


「それは」


「言って」


紬は。


一歩も退かない。


扉の向こうの美月さんが。


言葉を止める。


その時。


奥から。


男の声がした。


『美月?』


俺の体が。


固まった。


知っている。


田中さん。


扉の向こうの美月さんが振り返る。


『誰か来てるのか?』


俺は。


思わず。


「田中さん」


と呼んだ。


音。


止まる。


そして。


足音。


少しずつ。


近づく。


俺は。


呼吸を忘れた。


扉の奥。


人影。


男性。


少し。


疲れた顔。


見覚えがある。


社員証。


シャツ。


田中さん。


俺が。


助けられなかった。


いや。


助けなかったのかもしれない。


あの人。


「……神谷くん?」


田中さんが言った。


俺は。


何も答えられなかった。


声。


同じ。


顔。


同じ。


少し疲れた目。


倒れる前日の。


あの人。


「久しぶり」


田中さんが。


困ったように笑った。


俺の目から。


涙が出た。


自分でも。


驚いた。


「すみません」


最初に出た言葉が。


それだった。


田中さんが。


少し困る。


「何で神谷くんが謝るんだよ」


「だって」


「何が?」


「俺」


声が。


うまく出ない。


「あなたが、もう無理だって言ったのに」


「……」


「笑った」


田中さんの顔が。


少し変わった。


「俺もですよって」


「うん」


「みんな無理ですよって」


「うん」


「助けなかった」


田中さんは。


黙った。


俺は。


言葉を続ける。


止めたら。


また逃げる気がした。


「あれ」


喉。


痛い。


「助けてって意味だったんですよね」


長い。


沈黙。


田中さんが。


小さく息を吐いた。


「たぶん」


「たぶん?」


「正直」


少し笑う。


「俺も、あの時の自分がどこまで助けてほしかったのか、分からないんだよ」


俺は。


何も言えなかった。


「誰かに仕事を代わってほしかったのか」


「……」


「休めって言ってほしかったのか」


「……」


「会社辞めろって言ってほしかったのか」


「……」


「ただ愚痴を聞いてほしかったのか」


田中さんが。


俺を見る。


「今となっては、自分でも分からない」


その言葉。


胸に。


深く入った。


「でも」


田中さんが続ける。


「助けてほしかったのは、本当だと思う」


俺は。


目を伏せる。


「じゃあ」


「でも、神谷くんを恨んでない」


俺は。


顔を上げた。


「やめてください」


「え」


「それ」


自分でも。


嫌になるくらい。


すぐ出た。


「今の俺」


笑った。


「あなたに恨んでないって言ってもらって、自分を許したいだけかもしれない」


田中さんが。


しばらく。


俺を見る。


それから。


少し笑った。


「それでもいいんじゃないか」


俺は。


言葉を失った。


「人ってさ」


田中さんは。


あの日みたいに。


少し疲れた笑い方をする。


「そんな立派じゃないだろ」


俺は。


泣きそうになった。


いや。


もう泣いていた。


「許されたいから謝ることもあるし」


「……」


「自分が楽になりたいから、人を助けることもある」


「……」


「全部、自分のためかもしれない」


田中さんが。


肩をすくめる。


「だからって、全部嘘になるのか?」


俺は。


答えられなかった。


隣で。


今の紬が。


静かに。


俺を見ていた。


     ◇


「兄を連れてきて」


後ろの美月さんが言った。


声が。


震えている。


扉の向こうの美月さんが。


振り向く。


「え?」


「こちらへ」


「何で」


「助けるため」


扉の向こうの美月さんが。


黙った。


後ろの美月さんが。


一歩。


前へ出る。


「こっちへ来れば」


「駄目だ」


田中さん本人が言った。


後ろの美月さんの顔が。


止まる。


「兄さん」


「美月」


「私」


「分かってる」


「何も分かってない!」


初めて。


後ろの美月さんが叫んだ。


「何度!」


声。


割れる。


「何度、兄さんを助けようとしたと思ってるの!」


「知らないよ」


田中さんが。


静かに言った。


「俺はその回数を生きてない」


後ろの美月さんが。


何も言えなくなる。


その言葉。


きつい。


でも。


正しい。


「お前が何度俺を失ったか知らない」


「……」


「何度泣いたかも」


「……」


「何度誰かを殺したかも」


一度目の紬の目が。


少し動く。


「でも」


田中さんが。


妹を見る。


「俺を助けるために誰かを捨てるなら」


少し。


間。


「やめてくれ」


後ろの美月さんの顔が。


崩れた。


「勝手なこと言わないで」


「うん」


「死んだくせに」


「そうだな」


「私を置いていったくせに」


「ごめん」


「謝らないで!」


美月さんが泣いた。


怒って。


泣いた。


「謝られたら!」


声が。


震える。


「私が許さなきゃいけないみたいになるでしょう!」


田中さんは。


何も言わなかった。


俺も。


言えなかった。


謝ること。


許すこと。


別。


紬が言った。


頼んだけど。


許したとは言ってない。


同じだった。


人間。


面倒すぎる。


でも。


たぶん。


そういうものだ。


     ◇


「それより!」


扉の向こうの美月さんが。


急に強く言った。


今の紬を見る。


「その子を扉から離して!」


俺は。


紬の前に立った。


「理由を言ってください」


「近づくと」


「何です」


「生まれる」


嫌な言葉。


「何が」


美月さんが。


今の紬を見る。


「神谷拓真が」


俺は。


黙った。


一人目の俺も。


顔を上げる。


「……また増える?」


新八さんが。


ものすごく嫌そうに言った。


俺は。


「俺も嫌ですよ!」


と返した。


でも。


笑えない。


「どういう意味です」


扉の向こうの美月さんが。


息を吸う。


「紬がこの扉を通ると」


「……」


「神谷拓真が、もう一人生まれる」


今の紬が。


眉を寄せる。


「私が?」


「そう」


「何で」


「分からない」


俺は。


「あなたも分からないんですか!」


と叫ぶ。


「分からないことくらいある!」


「そりゃそうですけど!」


何だ。


ちょっと。


安心した。


いや。


安心してる場合じゃない。


今の紬が。


扉を見る。


「じゃあ」


言った。


「私が通ったら、五人目の拓真が生まれるの?」


扉の向こうの美月さんが。


首を振った。


「違う」


本堂が。


静まった。


「じゃあ」


俺が聞く。


「何人目」


美月さんが。


俺を見る。


次に。


一人目の俺。


今の紬。


一度目の紬。


そして。


答えた。


「最初」


俺は。


意味が分からなかった。


「……最初?」


「そう」


「五人目じゃなく?」


「違う」


「じゃあ」


喉が。


乾く。


「紬がこの扉を通ったら」


扉の向こうの美月さんは。


静かに。


言った。


「最初の神谷拓真が、生まれる」


誰も。


動かなかった。


一人目の俺が。


顔色を失う。


「待て」


声。


震えている。


「俺が一人目だ」


美月さんは。


首を振った。


「違う」


俺は。


一人目の俺を見る。


一人目も。


俺を見る。


「じゃあ」


俺は。


聞いた。


「俺たちの前に」


声が。


うまく出ない。


「もう一人」


一度。


息を吸う。


「本当の最初の神谷拓真がいた?」


美月さんは。


答えなかった。


代わりに。


今の紬が。


俺の袖を。


ゆっくり。


離した。


そして。


扉へ。


一歩。


近づいた。


「紬!」


俺が叫ぶ。


紬は。


俺を見る。


「確かめる」


「駄目です!」


「何で」


「俺が増える!」


「そこ?」


「そこも大事でしょう!」


紬が。


少し笑った。


でも。


その目。


本気。


一度目の紬が。


立ち上がる。


一人目の俺も。


前へ出る。


二人の美月。


二人の拓真。


二人の紬。


そして。


田中さん。


その全員の前で。


今の紬が。


扉の境目へ。


足を置いた。


その瞬間。


扉の奥で。


赤ん坊の泣き声がした。


俺は。


息を止めた。


そして。


俺と同じ声が。


すぐ耳元で。


囁いた。


『やっと』


『僕が生まれる』


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