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『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第63話 戦国時代の山奥に、俺の会社への非常口がありました

「開けて」


扉の向こうから。


俺の声がした。


「田中さんが、まだ生きてる」


俺の手が、勝手に取っ手へ伸びた。


冷たい。


見覚えのある灰色の金属。


『株式会社東都システム』


『非常口』


何百年も前の奥州に、俺の会社の扉がある。


そんなこと、どう考えてもおかしい。


罠だ。


絶対に罠だ。


分かっている。


分かっているのに。


「田中さんが」


俺は呟いた。


「生きてる?」


「触るな!」


一人目の俺が、俺の手首を掴んだ。


強かった。


俺より痩せているくせに。


「離してください」


「駄目だ」


「まだ開けてません」


「お前は開ける」


「決めつけるな!」


「俺だから分かる!」


俺は一人目の俺を睨んだ。


腹が立つ。


いつもこれだ。


俺もやった。


俺もそう言った。


俺も同じだった。


全部。


「じゃあ」


俺は言った。


「あなたも開けたんですか」


一人目の顔が止まった。


「この扉を」


答えない。


「開けたんでしょう」


「……ああ」


やっぱり。


「それで?」


俺は聞いた。


「どうなったんです」


一人目の俺は、扉を見た。


本当に嫌そうに。


怖そうに。


「一度目が始まった」


誰も動かなかった。


「何です、それ」


「そのままだ」


「俺は宮城で雷に遭って、戦国時代へ来たんです」


「本当に?」


即座に返された。


俺は。


黙った。


「何です」


「お前は本当に、雷だけでここへ来たのか」


「そうですよ」


「雷に打たれる直前、何を見た」


「何って」


山。


雨。


風。


雷。


それから。


何だ。


頭が。


少し痛い。


「拓真?」


紬が俺を呼んだ。


「大丈夫です」


「顔、大丈夫じゃない」


「最近そればっかりですね」


無理に笑う。


でも。


記憶の奥。


雨。


山道。


光。


そして。


一瞬。


本当に。


一瞬だけ。


見たような気がした。


灰色の扉。


「……嘘だ」


俺は呟いた。


一人目の俺が、目を伏せる。


「見たんだな」


「いや」


「見た」


「知りませんよ!」


声が大きくなった。


「今思い出したのか、今あなたに言われたからそういう記憶を作ったのか、分からないでしょう!」


小十郎さんはいない。


政宗もいない。


ここにいるのは、俺、一人目の俺、二人の紬、新八さん、鈴音、美月さん。


それなのに。


俺は小十郎さんなら何と言うだろうと思った。


証拠がない。


怖いまま決めるな。


たぶん。


そう言う。


「そうだな」


一人目の俺が言った。


俺は顔を上げる。


「何が」


「分からない」


「……」


「俺にも」


一人目は苦く笑った。


「今の記憶が本当に自分のものかなんて、もう分からない」


その言葉だけは。


少し。


信じられた。


     ◇


「神谷さん」


美月さんが呼んだ。


俺は振り向く。


「何です」


「開けたい?」


嫌な聞き方だった。


試すみたいな。


俺は。


少し考えた。


嘘をつく意味はない。


「開けたいです」


紬の指が、俺の袖を掴んだ。


俺は気づいた。


でも。


そちらを見られなかった。


「田中さんを助けたい?」


美月さんが聞く。


「はい」


すぐに答えた。


紬の指。


少し強くなる。


胸が痛い。


でも。


ここで違うと言ったら。


それは嘘だ。


「助けたいです」


もう一度言った。


「俺は田中さんの『もう無理だ』を聞いた」


「……」


「笑った」


「……」


「次の日、倒れた」


美月さんは何も言わない。


「ずっと」


俺は喉を押さえた。


「助けられなかったって思ってた」


「違うでしょう」


美月さんが言った。


俺は黙る。


「助けなかった」


痛い。


でも。


逃げない。


「そうかもしれません」


「かもしれない?」


「分かりませんよ!」


俺は美月さんを見る。


「あの時の俺が、あれを本当に助けてって意味だと分かってたのか!」


「……」


「今なら何とでも言える! 田中さんが倒れた結果を知ってる今なら!」


声が震える。


「でも、あの時は」


俺は。


何も知らなかった。


疲れていた。


俺も無理だった。


みんな無理だった。


だから。


笑った。


最低だったかもしれない。


でも。


その時の俺には。


それしかできなかったのかもしれない。


「それでも」


俺は言った。


「助けられるなら、助けたいです」


長い沈黙。


そして。


紬が聞いた。


「じゃあ」


俺は。


ようやく。


隣を見た。


紬。


今の紬。


俺が拾った紬。


顔が。


少し怖い。


怒っている。


いや。


傷ついている。


「私を置いていく?」


俺は。


即答できなかった。


最悪だ。


本当に。


最悪。


紬の顔が。


少しだけ。


歪んだ。


「……そっか」


「違う!」


「何が」


「違うんです」


「何が違うの」


「分からない!」


俺は叫んだ。


紬も驚いた。


「分からないんですよ!」


俺は。


扉を指差す。


「向こうに本当に田中さんがいるかもしれない!」


「……」


「でも罠かもしれない!」


「……」


「俺が行けば紬が死ぬかもしれない!」


「……」


「行かなければ田中さんを見捨てるかもしれない!」


もう。


嫌だった。


何で。


毎回。


「どっちか選べって」


俺は笑った。


「そればっかりだ」


誰も。


笑わない。


「紬か田中さんか」


「……」


「政宗様か日本か」


「……」


「一人を助けるなら、別の一人を捨てろ」


拳を握る。


「何で!」


美月さんを見る。


「何で毎回、一人しか助けられないんです!」


美月さんは。


俺を見ていた。


悲しそうに。


「だって」


言った。


「最初にそう選んだのは、神谷さんだから」


「俺が?」


「そう」


「いつ!」


「田中が倒れた日」


俺は止まった。


「あなたは田中を選んだ」


「それは一人目でしょう!」


「同じ神谷拓真よ」


「違う!」


一人目の俺が。


少しだけ。


顔を上げた。


俺は続ける。


「同じ顔でも、同じ記憶でも、違う!」


「なら」


美月さんが聞いた。


「あなたは違う選択ができる?」


俺は。


言葉に詰まる。


美月さんは。


扉を見る。


「この扉は、過去と未来を繋ぐ扉じゃない」


「じゃあ何です」


「選ばなかった方へ行く扉」


意味が。


分からない。


「もっと普通に説明してください」


「田中さんを選べば」


美月さんが。


紬を見る。


「紬を失うかもしれない」


紬の指が。


また。


俺の袖を握る。


「紬を選べば」


美月さんが。


俺を見る。


「田中さんを、もう一度見捨てる」


俺は。


何も言えなかった。


「それがこの扉」


美月さんは静かに言った。


「神谷さんが選ばなかった世界へ続いている」


「そんな」


俺は。


扉を見る。


向こう。


田中さん。


生きている?


それとも。


違う世界?


俺が助けた世界?


「俺は」


一人目の俺が。


低い声で言った。


「開けた」


全員が見る。


「田中を助けるつもりだった」


「……」


「少しだけ戻るつもりだった」


一度目の紬が。


一人目を見る。


「それが始まりだった」


今の紬が。


一度目の自分を見る。


「何の」


「全部」


一度目の紬は。


悲しそうに笑った。


「拓真も最初は言った」


「何て」


「田中さんを助けたら、すぐ戻るって」


俺の胸が。


痛くなる。


「戻らなかった?」


「戻れなかった」


一人目の俺が。


目を伏せた。


俺は。


何も言えない。


     ◇


扉の向こう。


また。


音。


こん。


こん。


こん。


三回。


俺の肩が。


揺れる。


そして。


今度は。


違う声がした。


『神谷くん』


俺は。


凍りついた。


知っている。


田中さん。


自動販売機。


疲れた顔。


弱い笑い。


『神谷くん』


「田中さん」


口から出た。


『今度こそ』


扉の向こう。


田中さんの声。


『助けて』


俺の手が。


震える。


目の前。


灰色の扉。


取っ手。


あと。


少し。


伸ばせば。


届く。


その時。


袖を。


引かれた。


紬。


俺を見る。


目が。


濡れていた。


でも。


泣かない。


たぶん。


意地でも。


「拓真」


「……はい」


「私も」


声。


震える。


「私も、生きたい」


俺は。


何も。


答えられなかった。


扉の向こう。


田中さん。


俺の隣。


紬。


二人とも。


助けてと。


言った。


そして俺は。


また。


選ばなければならない。


――はずだった。


「嫌だ」


俺は。


呟いた。


美月さんが。


少し眉を動かす。


「何が」


俺は。


扉から手を離した。


「選びません」


「神谷さん」


「どっちか一人なんて」


俺は。


扉を睨んだ。


「もう嫌です」


一人目の俺が。


俺を見る。


「それで何度失敗したと思ってる」


「知るか!」


俺は叫んだ。


「あなたの失敗は、あなたのものだ!」


「同じ結末になる!」


「それでも!」


紬を見る。


扉を見る。


美月さんを見る。


「俺は両方助けたい!」


美月さんが。


悲しそうに。


笑った。


「一度目の神谷さんも、そう言った」


「じゃあ」


俺は。


笑い返した。


「五回目も言いますよ」


美月さんの顔が。


初めて。


止まった。


俺は。


扉へ向き直った。


開ける。


でも。


一人では行かない。


紬も置いていかない。


田中さんも。


見捨てない。


方法なんて。


分からない。


そもそも。


俺には何も作れない。


電気も。


薬も。


機械も。


でも。


だから。


人に聞く。


人を繋ぐ。


誰かに頼る。


それしか。


俺にはない。


「新八さん」


「何だ」


「一緒に来てください」


「断る」


「即答!?」


「だが、お前が勝手に行くなら殴ってでもついていく」


「それ、来るってことですよね!」


今の紬が。


俺の袖を離さない。


一度目の紬が。


一人目の俺を見る。


そして。


美月さんが。


初めて。


焦った顔をした。


「駄目」


俺は。


取っ手に手をかける。


「何で」


「その扉は」


美月さんの声が。


震える。


「二人で通ってはいけない」


俺は止まった。


「……は?」


「一人しか通れない」


また。


一人。


俺は。


笑った。


本当に。


腹が立つ。


「だったら」


取っ手を握る。


「壊します」


一人目の俺が。


目を見開いた。


「何を」


「扉を」


「馬鹿か!」


「知ってますよ!」


俺は。


引いた。


扉が。


少し。


開く。


白い光。


会社の蛍光灯。


匂い。


コーヒー。


機械。


電話。


全部。


懐かしい。


そして。


隙間から。


誰かの手が。


伸びた。


俺の手首を掴む。


「拓真!」


紬が叫ぶ。


扉の向こう。


田中さんじゃない。


俺でもない。


女。


田中美月。


もう一人の。


田中美月が。


俺を見ていた。


そして。


言った。


「やっと会えた」


俺の後ろにいる美月さんが。


青ざめる。


「閉めて!」


遅かった。


扉の向こうの美月さんが。


笑う。


「そっちの私は、まだ何も知らないから」


俺は。


何も言えなかった。


今。


美月さんが。


二人いる。


また。


増えた。


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