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『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第59話 田中さんが倒れた日、もう一人の俺も死んでいました

『神谷』


『今度は』


『俺を見捨てるな』


俺は。


動けなかった。


その声。


俺だ。


間違いない。


毎朝、鏡の前で聞いていた。


営業電話をかける時。


客に謝る時。


佐々木課長に「すみません」と言う時。


自分の口から出ていた声。


なのに。


知らない。


「……俺が」


喉が。


乾く。


「俺に、助けを求めた?」


誰も。


すぐには答えなかった。


一人目の俺だけが。


俺を見ている。


嫌な顔。


本当に。


見ているだけで腹が立つくらい。


俺と同じ顔。


でも。


今は。


怒れなかった。


「あなたも聞いたんですか」


一人目へ聞く。


「ああ」


「何て」


「今、お前が思い出した通りだ」


「じゃあ!」


俺は立ち上がった。


「何で助けなかった!」


空気が。


止まった。


言ってから。


自分でも分かった。


ひどい。


でも。


止められなかった。


「見えてたんでしょう!」


「ああ」


「声も聞こえた!」


「ああ」


「だったら何で!」


一人目の俺は。


黙った。


その沈黙が。


さらに腹立たしい。


「答えろよ!」


「田中が倒れていた」


一人目が。


言った。


俺は止まる。


「……何です」


「同じ場所に」


「……」


「田中と」


一人目は。


自分の手を見る。


「もう一人の俺が倒れていた」


「だったら両方助ければ」


「無理だった」


「何で!」


「一人しか」


声が。


かすれた。


「触れなかった」


俺は。


意味が分からなかった。


「は?」


「田中を抱き起こそうとした」


「……」


「できた」


「……」


「もう一人の俺にも手を伸ばした」


一人目が。


拳を握る。


「すり抜けた」


背中が。


冷たくなる。


「幽霊?」


思わず。


それしか出なかった。


一人目が首を振る。


「知らない」


「でも見えた」


「ああ」


「声も聞こえた」


「ああ」


「触れなかった」


「ああ」


俺は。


何も言えない。


「それで」


一人目が続ける。


「田中が息をしていなかった」


心臓が。


鳴った。


「……え」


「少なくとも、俺にはそう見えた」


「でも」


「もう一人の俺も、死にかけていた」


部屋が。


静かになる。


一人目の俺は。


俺を見る。


「二人とも、助けてと言った」


俺は。


息を止めた。


「田中さんも?」


「ああ」


「本当に?」


「声じゃない」


一人目が。


少しだけ。


苦しそうに笑った。


「顔だ」


その言葉。


嫌だった。


あまりにも。


分かってしまうから。


助けて。


言葉じゃなくても。


人は。


そういう顔をする。


俺は。


見落とした。


田中さんが。


倒れる前日。


『もう、ちょっと無理かもしれない』


そう言って。


少し笑った顔。


「あなたは」


俺が聞く。


「田中さんを選んだ?」


一人目は。


頷いた。


「もう一人の俺じゃなく?」


「ああ」


「何で」


一人目が。


すぐには答えない。


「何でです!」


「田中は」


声。


低い。


「まだ助けられると思った」


「もう一人の俺は?」


「誰にも見えない」


「あなたには見えた!」


「触れない!」


初めて。


一人目が怒鳴った。


俺と。


同じ声。


俺より。


ずっと疲れた声。


「どう助けろって言うんだ!」


俺は。


何も言えなかった。


一人目の俺が。


拳を床へつく。


「手を伸ばした」


「……」


「何度も」


「……」


「すり抜けた」


「……」


「それでも、そいつは言った」


一人目の顔が。


歪んだ。


「今度は俺を見捨てるなって」


俺は。


聞けなかった。


でも。


一人目は。


続けた。


「だから俺は」


声。


小さい。


「田中を選んだ」


誰も。


何も言わなかった。


紬が。


俺を見る。


俺は。


目を逸らした。


何で。


分からない。


でも。


見られたくなかった。


     ◇


「つまり」


小十郎さんが。


静かに言った。


「一人目の拓真殿は、二人のうち一人しか救えなかった」


一人目の俺が。


頷く。


「結果としては」


「田中殿を選び」


「……」


「もう一人の拓真殿が死んだ」


「そうだ」


俺は。


気づいた。


嫌だった。


気づきたくなかった。


「これ」


声が。


震える。


「今までと同じじゃないですか」


全員が俺を見る。


「紬を助ければ、別の誰かが死ぬ」


「……」


「政宗様を天下人にすれば、日本が消える」


「……」


「政宗様を殺せば、紬が死ぬ」


「……」


「ずっと」


俺は。


笑った。


全然。


楽しくない。


「どっちかを選べって」


一人目の俺が。


何も言わない。


「その始まりが」


喉。


痛い。


「会社?」


何だ。


それ。


戦国時代でも。


天下でも。


歴史でもなく。


ただの。


午後三時十二分。


会社の床。


缶コーヒー。


「馬鹿みたいですね」


誰も。


笑わない。


「俺」


続ける。


「未来人でも何でもなかった時から、もう始まってた?」


小十郎さんが。


考える。


「あるいは」


「はい」


「その時こそが、始まりだったのかもしれません」


俺は。


小十郎さんを見る。


「三人目の拓真殿が死んだ瞬間」


小十郎さんは。


慎重に。


言葉を選ぶ。


「何かが分かれた」


「時間が?」


「私には分かりません」


「ですよね」


「ですが」


出た。


ですが。


「その三人目の拓真殿は、本来そこにいるはずのない者だったのではありませんか」


俺は。


黙った。


「誰にも見えない」


「……」


「触れることもできない」


「……」


「それでも、一人目の拓真殿だけには見えた」


小十郎さんが。


一人目の俺を見る。


「なぜでしょう」


一人目は。


首を振った。


「知らない」


「本当に?」


紬が。


急に言った。


一人目が。


紬を見る。


「何だ」


「また都合悪い顔」


俺も。


一人目を見る。


確かに。


「何か隠してます?」


「隠してない」


「嘘」


俺と紬。


同時に言った。


一人目が。


俺たちを見る。


長い。


沈黙。


新八さんが。


「二人がかりは卑怯だな」


と言う。


俺は。


「俺が二人いるんだから、ちょうどいいでしょう!」


と返した。


一人目が。


ため息をつく。


「……そいつは」


やっと。


言った。


「死ぬ直前」


俺は。


身構える。


「俺の名前を知っていた」


「自分も神谷拓真だからでしょう」


「違う」


「何が」


一人目が。


俺を見る。


「俺がまだ」


少し。


間。


「奥州へ行く前だと知っていた」


部屋が。


静まる。


「どういう」


声が。


出にくい。


「意味です」


「そいつは俺に言った」


一人目が。


目を閉じる。


「また政宗に会うんだな」


俺は。


息を止めた。


「……また?」


「ああ」


「その時のあなたは」


「まだ一度も政宗に会ってない」


心臓が。


鳴った。


じゃあ。


三人目の俺は。


未来を知っていた?


いや。


違う。


自分の過去?


一人目の未来?


何だ。


もう。


「その三人目」


俺は聞く。


「他に何て言ったんです」


一人目が。


なかなか答えない。


「言ってください」


「拓真」


紬が。


少しだけ。


俺を見る。


心配してる?


たぶん。


でも。


止めない。


一人目が。


やっと。


言った。


「田中を助けろ」


「……」


「俺のことはいい」


俺は。


固まった。


「え」


「最初はそう言った」


「じゃあ」


「でも」


一人目の声が。


震える。


「田中に手を伸ばした瞬間」


俺は。


動けない。


「三人目の俺は」


一人目が。


自分の胸を押さえる。


「笑った」


背中が。


冷える。


「何で」


「分からない」


「それから」


「言った」


一人目が。


俺を見る。


「やっぱりお前は、今回も田中を選ぶんだな」


俺は。


何も言えなかった。


今回も。


また。


何回目?


誰が。


誰を。


「その時から」


一人目が。


低い声で言う。


「始まってたんだ」


「何が」


「選べ」


一人目の俺が。


俺を見る。


「一人を救うなら、もう一人を捨てろ」


紬が。


小さく。


息を呑む。


「その繰り返しが」


一人目は。


拳を握る。


「奥州まで、ずっと続いた」


     ◇


「待って」


今度は。


俺が言った。


頭の奥。


痛い。


記憶。


まだ。


ある。


会社。


田中さん。


床。


缶コーヒー。


人だかり。


佐々木課長。


救急車。


その後。


俺は。


廊下へ出た。


いや。


違う。


階段。


非常階段。


何で。


そこへ。


行った?


誰かに。


呼ばれた?


「拓真?」


紬の声。


遠い。


「思い出した」


「何を」


俺は。


目を閉じた。


非常階段。


重い扉。


金属の匂い。


外の音。


女。


立っていた。


長い髪。


社員証。


田中美月。


でも。


おかしい。


あの日。


俺はまだ。


美月さんを知らない。


田中さんの妹だと。


紹介されるのは。


もっと後。


なのに。


いた。


俺を。


待っていた。


『神谷さん』


美月さんは。


笑っていた。


いや。


笑ってない。


泣いてもいない。


ただ。


疲れた顔。


そして。


言った。


『やっと』


俺の手が。


震えた。


「何て」


紬が聞く。


俺は。


声を出す。


「やっと、一人死んだ」


部屋から。


音が消えた。


一人目の俺が。


顔を上げる。


「美月さんが」


俺は。


続けた。


「言った」


「……」


「やっと、一人死んだって」


一人目が。


何も言えない。


俺の記憶は。


止まらない。


美月さん。


非常階段。


俺を見る。


『あと三人』


笑わない。


でも。


優しい声。


『あと三人、神谷拓真が死ねば』


俺は。


息を止める。


『全部、元に戻る』


目を開けた。


誰も。


何も言わない。


俺は。


一人目を見る。


「全部って」


喉が。


乾く。


「何です」


一人目は。


青ざめていた。


「あなた」


俺は。


ゆっくり。


聞いた。


「知ってるでしょう」


長い。


沈黙。


そして。


一人目の俺が。


初めて。


俺から。


目を逸らした。


その瞬間。


分かった。


知っている。


やっぱり。


この人は。


知っている。


「言ってください」


「言えない」


「またか!」


俺は。


立ち上がった。


「もういい加減にしろ!」


一人目の俺も。


俺を見る。


「知れば、お前は」


「知ったらどうなる!」


「また死ぬ!」


怒鳴った。


俺は。


止まった。


一人目の呼吸。


荒い。


「三人目も」


声。


震える。


「二人目も」


「……」


「俺も」


自分を指す。


「みんな同じことを知って」


「……」


「同じことを選んだ」


俺は。


怖かった。


でも。


聞いた。


「何を」


一人目が。


目を閉じる。


「自分を殺すことを」


その瞬間。


鈴音が。


小さく。


言った。


「違うよ」


一人目が。


振り向く。


鈴音は。


震えていた。


でも。


言う。


「四人目は違う」


俺を見る。


「美月が言ってた」


「何て」


鈴音が。


答えた。


「四人目だけは」


少し。


間。


「自分じゃなくて」


俺の背中が。


冷たくなる。


「美月を殺すから」


一人目の俺が。


立ち上がった。


「鈴音!」


初めて。


本気の怒声。


でも。


遅かった。


鈴音は。


俺を見たまま。


最後まで。


言った。


「だから美月は」


「……」


「今度こそ、拓真に会う前に」


喉。


震える。


「紬を殺すつもりだって」


俺の隣で。


紬が。


息を止めた。


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