第58話 俺は三人目ではなく、四人目の神谷拓真らしいです
「三人目の神谷拓真は、もう死んでるから」
鈴音がそう言った。
俺は。
しばらく。
何も言えなかった。
いや。
何を言えばいい。
三人目だと思っていた。
やっと。
一人目。
二人目。
三人目。
少しだけ整理できた。
そんな気がしていた。
なのに。
「……増やすな!」
結局。
それしか出なかった。
鈴音が。
びくっとする。
「あ、ごめんなさい!」
すぐ謝る。
「鈴音が悪いんじゃないです!」
「じゃあ誰が悪いの」
紬が聞いた。
「知りませんよ!」
「また分からない」
「最近の俺、ほとんどそれでしょう!」
本当に。
分からない。
分からない。
分からない。
未来人なのに。
未来も分からない。
過去も分からない。
自分が何人目なのかも分からない。
俺。
何なら分かる?
「転びやすい」
紬が言った。
「今、俺の心読んだ!?」
「顔」
「また顔か!」
一人目の俺が。
横で。
小さくため息をついた。
「そんなはずはない」
全員。
そちらを見る。
一人目の俺は。
鈴音を睨んでいた。
「三人目はこいつだ」
俺を指差す。
「指差すな!」
「お前が三人目だ」
「今、四人目って言われたところなんです!」
「違う」
「どっちなんです!」
「三人目だ」
「根拠は!」
一人目が。
黙った。
嫌な予感。
「誰に聞いたんです」
また。
黙る。
「まさか」
俺は。
一人目を見る。
「田中美月?」
一人目の顔が。
ほんの少し。
動いた。
答え。
それで分かった。
「美月さんに言われたんですか」
「ああ」
「何て」
「次に奥州へ来る神谷拓真は三人目だと」
俺は。
鈴音を見る。
「鈴音は?」
「美月が言った」
「何て」
「今いる拓真は四人目」
俺は。
両手で。
頭を抱えた。
「何で美月さん、言うこと変えてるんですか!」
政宗が。
「嘘をついておるのではないか」
と言う。
「どっちに!」
「片方」
「両方かもしれないでしょう!」
一人目が。
低い声で言った。
「だから美月を信じるなと言った」
俺は。
すぐに返す。
「でもあなた、美月さんに俺が三人目だって教わったことは信じてるじゃないですか」
一人目が。
黙った。
勝った。
いや。
勝ってない。
自分に勝ってどうする。
紬が。
ぼそっと。
「どっちも面倒」
と言った。
新八さんが。
「同じ顔だからな」
と頷く。
「関係あります!?」
◇
「数えているものが違うのではありませんか」
小十郎さんが言った。
全員が。
そちらを見る。
やっぱり。
こういう時。
頼りになる。
俺は。
かなり本気で。
政宗より小十郎さんが主君なら。
もう少し。
平和だったのではないかと思う。
「拓真」
政宗が言う。
「はい」
「今、失礼なことを考えたな」
「何で分かるんです!」
怖い。
本当に。
「小十郎さん」
俺は。
話を戻す。
「数えてるものが違うって」
「はい」
小十郎さんは。
一人目の俺を見る。
「あなたは、美月という女から『次に奥州へ来る神谷拓真は三人目』と聞いた」
「ああ」
「鈴音は、『今ここにいる拓真殿は四人目』と聞いた」
「うん」
鈴音が頷く。
「ならば」
小十郎さんが。
静かに。
言った。
「一人は、奥州へ来ていないのでは?」
俺は。
止まった。
「……え」
「一人目」
小十郎さんが。
一人目の俺を見る。
「奥州へ来た」
「はい」
「二人目も」
「ああ」
一人目が答える。
「今の拓真殿も」
「来てます」
「では」
小十郎さんが。
俺を見る。
「四人目が存在するにもかかわらず、奥州へ来た拓真殿が三人であるなら」
喉が。
乾く。
「一人は」
小十郎さんが。
続けた。
「奥州へ来る前に、死んだのではありませんか」
部屋が。
静かになった。
俺は。
笑おうとした。
無理だった。
「そんな」
声。
少し。
かすれた。
「俺が?」
「可能性の話です」
「現代で?」
「そうなります」
俺は。
自分の手を見る。
今。
生きている。
でも。
別の俺は。
戦国時代へ来る前に死んだ?
何だ。
それ。
「じゃあ」
紬が言う。
「四人目っていうのは」
小十郎さんが頷く。
「生まれた順」
「三人目っていうのは」
「奥州へ来た順」
俺は。
頭を抱えた。
「ややこしい!」
政宗が。
面白そうに言う。
「整理できたではないか」
「できてません!」
「一人死んだだけだ」
「言い方!」
本当に。
この人。
怖い。
◇
「鈴音」
俺は。
少女を見る。
「三人目の俺が死んだって」
「うん」
「どこで」
鈴音が。
目を伏せる。
「夢」
「それは分かってます」
「白いところ」
俺の背中が。
少し冷える。
「白い?」
「上に、明るいものがいっぱい」
蛍光灯。
そんな言葉が。
浮かぶ。
「机」
鈴音が続ける。
「たくさん」
心臓。
鳴る。
「人もいる?」
「うん」
「服は?」
「みんな変」
「現代の服?」
鈴音は。
分からない顔をする。
当然だ。
「俺と同じような服?」
「うん」
一人目の俺の顔が。
少しずつ。
変わっていく。
俺は。
気づいた。
「何です」
一人目が。
俺を見る。
「……いや」
「何か思い出した?」
「違う」
「嘘」
紬が言った。
一人目が。
紬を見る。
今の紬は。
じっと。
一人目を見る。
「今の顔」
「何だ」
「拓真と同じ」
俺が。
「どんな顔です?」
と聞く。
紬が。
即答する。
「都合悪いこと隠してる顔」
「俺まで傷ついた!」
でも。
一人目は。
笑わなかった。
◇
「鈴音」
俺は続ける。
「その白い場所で、三人目の俺はどうやって死んだんです」
鈴音の顔が。
曇る。
「倒れてた」
俺の心臓が。
鳴る。
「どこに」
「床」
「一人で?」
鈴音が。
首を振った。
俺は。
息を止めた。
「他にもいた?」
「うん」
「誰」
鈴音が。
少し。
考える。
「田中」
世界が。
止まった。
俺は。
何も言えなかった。
「……田中さん?」
鈴音が。
頷く。
「二人、倒れてた」
俺の手が。
震えた。
自動販売機。
缶コーヒー。
午後三時十二分。
田中さんが。
倒れた日。
「待ってください」
俺は。
立ち上がる。
「それはおかしい」
誰も。
何も言わない。
「田中さんが倒れた日」
声。
強くなる。
「俺は生きてました!」
覚えている。
田中さんが倒れた。
俺は見た。
怖かった。
動けなかった。
佐々木課長が。
引き継ぎはどうするって。
言った。
俺は。
その後も。
会社にいた。
辞めた。
宮城へ行った。
ここへ来た。
「俺は死んでない!」
一人目が。
俺を見ている。
怖い顔。
いや。
違う。
怯えている。
「あなた」
俺は。
一人目を見る。
「何か知ってるでしょう」
「……」
「言え」
「拓真」
紬が。
呼ぶ。
「すみません」
でも。
止めない。
「言ってください」
一人目は。
自分の右手。
長い傷を。
見た。
「俺も」
声。
低い。
「忘れていた」
「何を」
「田中が倒れた日」
俺の喉が。
乾く。
「床に」
一人目が。
目を閉じる。
「缶コーヒーが落ちていた」
「知ってます」
「お前が落とした」
「はい」
「違う」
俺は。
止まった。
「……何が」
「あれは」
一人目の声が。
震えている。
「一人分じゃなかった」
俺は。
意味が分からなかった。
「何を言って」
「二本あった」
頭の奥。
何かが。
痛んだ。
「一本は」
一人目が言う。
「俺が落とした」
「……」
「もう一本は」
声。
掠れる。
「床に倒れていた男のそばにあった」
俺は。
呼吸が。
うまくできなくなった。
「田中さん?」
「違う」
一人目が。
俺を見る。
同じ顔で。
本当に。
怯えた顔で。
「じゃあ」
俺は。
聞いた。
「誰です」
一人目は。
長く。
答えなかった。
それから。
やっと。
口を開く。
「神谷拓真」
誰も。
動かなかった。
俺は。
笑った。
意味が。
分からない。
「……俺?」
「俺だった」
「いや」
笑う。
「待って」
笑えない。
「俺はそこにいたでしょう」
「ああ」
「生きて」
「ああ」
「じゃあ何で」
声が。
震える。
「もう一人の俺が倒れてるんです」
一人目が。
答えない。
俺は。
頭を押さえた。
記憶。
自動販売機。
白い床。
缶コーヒー。
田中さん。
人の声。
誰か。
誰かが。
もう一人。
倒れていた?
いや。
そんな。
覚えてない。
「助けたんですか」
俺が聞く。
一人目が。
何も言わない。
「その俺を」
一人目の顔が。
歪んだ。
「誰も」
声。
小さい。
「助けなかった」
俺の胸が。
止まったように感じた。
田中さんが。
倒れた。
みんな集まった。
救急車。
佐々木課長。
電話。
ざわめき。
そのそば。
もう一人。
倒れていた。
神谷拓真。
なのに。
誰も。
助けなかった?
「何で」
俺は。
声が出なかった。
「何で誰も」
一人目が。
俺を見る。
「見えなかったからだ」
「は?」
「何を言って」
「そこにいた」
「……」
「でも誰にも見えなかった」
「……」
「俺だけが」
一人目の俺が。
震えた。
「見た」
背中が。
冷たくなる。
「じゃあ」
俺は。
ゆっくり。
聞いた。
「その死んだ神谷拓真が」
喉。
痛い。
「三人目?」
鈴音が。
頷いた。
一人目は。
何も言わない。
俺は。
自分の両手を見た。
今ここにいる。
四人目。
じゃあ。
三人目は。
田中さんが倒れた日に。
俺の目の前で。
死んだ?
俺が。
見なかった?
いや。
見えなかった?
その時。
頭の奥で。
声がした。
知らない。
でも。
俺の声。
『神谷』
『今度は』
『俺を見捨てるな』
俺は。
息を止めた。
「思い出した」
紬が。
俺を見る。
「何を」
俺は。
答えられなかった。
だって。
その声は。
田中さんの声じゃなかった。
俺自身の声だったからだ。




