第54話 一度目の紬は、俺を救うために政宗を殺そうとしたそうです
「……増えた?」
新八さんが言った。
俺は思わず叫んだ。
「その反応!?」
「いや」
新八さんは俺を見る。
次に、一人目の俺を見る。
また俺を見る。
真剣な顔で、しばらく考えた。
「どちらが、いつもの馬鹿だ」
「見分け方がひどい!」
俺が叫んだ瞬間。
一人目の俺が、静かに俺を指差した。
「そっちだ」
「お前まで何してるんだ!」
「事実だろ」
「自分でしょうが!」
「昔の俺だ」
「認めたくない!」
新八さんは、妙に納得したように頷いた。
「なるほど」
「何がです!」
「そちらは少し話が通じそうだ」
「俺が傷つく!」
紬が吹き出した。
本当に。
ほんの少しだけ。
それで、一人目の俺が紬を見る。
また。
あの顔だった。
嬉しいのか。
悲しいのか。
俺には分からない。
ただ、もう二度と見るはずのなかったものを見ている人間の顔。
その目を見た瞬間。
俺は笑えなくなった。
◇
当然。
このまま俺の部屋で話を続けるわけにはいかなかった。
政宗。
小十郎さん。
愛姫様。
新八さん。
紬。
俺。
そして。
一人目の俺。
並んだ。
本当に。
気持ち悪い。
自分が二人いる。
しかも、一人は俺より少し痩せていて、右手に長い傷があり、俺よりずっと疲れた目をしている。
政宗は。
俺たち二人を見て。
最初に言った。
「面白い」
俺は。
本気で頭を抱えた。
「もう聞き飽きました!」
「だが面白い」
「俺は面白くない!」
一人目の俺が、横から言った。
「諦めろ。昔からそういう人だ」
俺は振り向いた。
「経験者みたいに言うな!」
「経験者だ」
「ああ、そうだった!」
腹立つ。
何なんだ。
未来の俺。
過去の俺。
どっちでもいい。
自分と話すの。
ものすごく面倒くさい。
政宗が一人目へ聞いた。
「お前が、最初の拓真か」
「ああ」
「一度俺に仕えた」
「仕えたと言うか、振り回された」
俺は思わず頷いた。
「分かる!」
一人目も頷いた。
「だろうな」
「そこだけ意気投合するな」
政宗が少し不満そうに言う。
いや。
あなたが原因です。
「そして」
政宗の顔から。
笑みが消えた。
「一度目の紬は、俺を殺そうとした」
部屋が静まった。
一人目の俺も。
笑わなかった。
「そうだ」
紬が。
膝の上で。
指を握る。
俺は気づいた。
でも。
何も言わなかった。
触れるのも。
大丈夫かと聞くのも。
今は違う気がした。
「理由を申せ」
政宗が言う。
一人目は黙った。
「言え」
「……」
「お前はさきほど、紬が拓真を救うために俺を殺そうとしたと申した」
政宗の声は静かだった。
「ならば、なぜ俺を殺せば拓真が救われる」
一人目の俺が。
ゆっくり息を吐いた。
「天下を取る直前だった」
俺は。
顔を上げる。
「政宗が?」
「ああ」
一人目は、政宗を見る。
「一度目のあんたは、天下へ手をかけていた」
政宗の片目が細くなる。
でも。
嬉しそうにはしなかった。
「その頃には」
一人目が続ける。
「俺が未来人だということも、かなり広まっていた」
俺は眉を寄せた。
「何で」
「隠し切れなかった」
「でも」
「お前も今、ずいぶん漏れてるだろ」
痛い。
ものすごく。
「それは俺のせいだけじゃ!」
「俺もそう言った」
「またそれか!」
一人目が少し笑う。
でも。
すぐに真顔へ戻った。
「未来人が伊達政宗のそばにいる」
「……」
「歴史を知っている」
「……」
「戦の勝敗も。誰が天下を取るかも。誰が死ぬかも知っている」
「俺はそんなに詳しくない!」
「俺もそうだった」
「じゃあ何で!」
「人間はな」
一人目が言った。
「本人がどれだけ知っているかじゃなく、自分が何を知っていてほしいかで相手を見るんだ」
俺は。
何も言えなかった。
少し。
分かる。
勝手に期待する。
勝手に怖がる。
勝手に。
神様みたいに扱う。
それで。
答えられなければ怒る。
会社にも。
いた。
そういう人。
いや。
俺だって。
そういうところはあった。
「それで?」
小十郎さんが聞く。
一人目の俺は。
少しだけ。
目を伏せた。
「ある噂が流れた」
「どのような」
「神谷拓真を殺せば」
一度。
言葉を止める。
「伊達政宗の天下は確定する」
誰も。
すぐには何も言わなかった。
俺は。
笑った。
乾いた。
変な笑いだった。
「何です、それ」
誰も答えない。
「意味分からないでしょう」
一人目を見る。
「何で俺を殺したら政宗様が天下を取れるんです」
「そう信じた奴がいた」
「誰が」
「大勢だ」
喉が。
詰まる。
「他国の大名も」
「……」
「商人も」
「……」
「僧も」
「……」
「伊達家の中にも」
俺は。
政宗を見る。
政宗は。
何も言わない。
「それで」
一人目の俺が続けた。
「俺は狙われた」
「殺されそうになった?」
「ああ」
「何回」
一人目は。
少し考えた。
「途中から数えるのをやめた」
俺は。
言葉を失った。
冗談。
言えなかった。
「でも」
紬が。
初めて口を開いた。
一人目を見る。
「それと、私が政宗様を殺そうとしたことに何の関係があるの」
一人目の顔が。
少しだけ。
苦しくなる。
「政宗も」
言った。
「選ばなきゃならなくなった」
「何を」
「俺一人か」
一人目の声は。
静かだった。
「天下か」
空気が。
重くなる。
俺は。
政宗を見る。
今の政宗。
二十歳。
無茶苦茶で。
偉そうで。
面倒で。
俺に何でもやらせようとする。
でも。
もし。
天下人になる直前。
何万人。
何十万人。
民。
兵。
家臣。
家族。
全部。
背負っていたら。
その時。
未来人一人を守れば。
戦が続く。
民が死ぬ。
国が焼ける。
そう言われたら。
「一度目の政宗様は」
俺は。
声が出にくかった。
「俺を殺そうとしたんですか」
一人目の俺は。
答えなかった。
代わりに。
政宗が聞いた。
「俺は、そうしたのか」
一人目は。
政宗を見る。
長く。
長く。
見た。
「違う」
俺は。
顔を上げた。
「違う?」
「あんたは最後まで迷った」
一人目の声。
少しだけ。
震えている。
「何万人を守るために、一人を切るべきだって分かってた」
「……」
「でも」
一人目が。
苦く笑う。
「切れなかった」
政宗は。
何も言わない。
「だから俺が頼んだ」
俺は。
嫌な予感がした。
ものすごく。
「何を」
一人目は。
俺を見ない。
「俺を殺せと」
部屋が。
静まり返った。
「……誰に」
聞く必要はなかった。
でも。
聞いた。
一人目は。
政宗を見た。
「伊達政宗に」
俺は。
息を止めた。
紬も。
何も言えない。
一人目が続ける。
「俺一人で済むなら、それでいいと思った」
その言葉。
聞いたことがある。
紬が。
何度も言った。
――私一人で済むなら。
俺は。
そのたびに。
怒った。
なのに。
一人目の俺も。
同じことをした。
「それで」
一人目が言う。
「紬は、それを知った」
紬が。
一人目を見る。
「私が?」
「ああ」
「だから政宗様を殺そうとした?」
「ああ」
「拓真を助けるために?」
一人目は。
頷いた。
紬の顔が。
歪んだ。
怒っているようにも。
泣きそうにも。
見えた。
「馬鹿」
言った。
一人目の俺に。
「うん」
一人目は。
否定しなかった。
「本当に馬鹿」
「知ってる」
俺は。
思わず。
「それ、俺の台詞です」
と言った。
一人目が。
俺を見る。
「俺のでもある」
「ややこしい!」
新八さんが。
ぼそっと言った。
「二人とも馬鹿でよい」
「まとめるな!」
少しだけ。
空気が緩んだ。
本当に。
ほんの少し。
でも。
紬は。
まだ。
一人目を見ていた。
「それで」
聞く。
「私は政宗様を殺そうとした」
「ああ」
「拓真を守るために」
「ああ」
「でも」
声が。
震える。
「最後は拓真に斬られた」
一人目が。
目を閉じた。
「そうだ」
「何で」
一人目は。
答えない。
「私はあんたを助けたかったんでしょ」
「……」
「なのに何で、あんたが私を殺したの」
一人目の俺は。
しばらく。
本当に長く。
黙った。
そして。
やっと。
口を開いた。
「俺が頼んだからだ」
「何を」
「政宗に俺を殺せと頼んだ」
「それは聞いた」
「違う」
一人目が。
首を振る。
「それだけじゃない」
俺の胸が。
嫌な音を立てた。
一人目の俺が。
今の俺を見る。
「俺は政宗に頼んだ」
低い。
静かな声。
「もし俺を守るために紬が道を踏み外したら」
紬が。
息を止める。
「俺に止めさせてくれと」
俺は。
何も言えなかった。
一人目が。
続ける。
「一度目の俺は、全部自分で決めた」
「……」
「自分を殺せと政宗に頼んだ」
「……」
「紬を止めるのも、自分がやると言った」
「……」
「そして最後に」
一人目の俺は。
自分の右手を見る。
長い傷。
「俺は紬を斬った」
誰も。
言葉を出せなかった。
俺は。
やっと。
聞いた。
「じゃあ」
声が。
かすれた。
「一度目の政宗様が俺を捨てたんじゃない?」
一人目が。
俺を見る。
「違う」
「紬が勝手に裏切ったんでもない?」
「違う」
「じゃあ」
俺は。
喉が痛かった。
「全部」
一人目の俺は。
悲しそうに。
笑った。
「互いを助けようとした結果だ」
その言葉が。
一番。
きつかった。
誰も。
悪人じゃない。
だから。
誰も。
簡単には責められない。
政宗は。
国を守ろうとした。
紬は。
俺を守ろうとした。
俺は。
二人を守ろうとした。
それで。
紬が死んだ。
俺は壊れた。
政宗は天下を失った。
そんな。
馬鹿みたいな。
結末。
一人目の俺が。
静かに言った。
「だから今度は、誰も救わない」
俺は。
顔を上げた。
一人目は。
俺を見る。
同じ顔で。
でも。
俺とは全然違う目で。
「救おうとするから、壊れる」
俺は。
何も言えなかった。
その時。
政宗が。
一人目の俺に聞いた。
「では」
声は。
静かだった。
「二度目では、どうした」
一人目の顔が。
止まった。
俺も。
息を止めた。
二度目。
まだ。
ほとんど何も聞いていない。
一人目は。
長く黙った。
そして。
言った。
「二度目は」
右手。
震える。
「俺が、政宗を殺した」
部屋から。
音が消えた。




