第51話 二人目の俺は、伊達政宗のすぐそばにいるそうです
――二人目のあなたは、まだ生きています。
――そして今、伊達政宗のすぐそばにいる。
俺は紙を握ったまま、政宗を見た。
次に、小十郎さん。
新八さん。
紬。
牢の外にいる兵。
もう一度、政宗。
「……誰です?」
俺が聞いた。
政宗が片眉を上げた。
「俺に聞くな」
「だって、あなたのすぐそばにいるって!」
「お前もいるぞ」
「そういう怖いこと言わないでください!」
自分で自分を疑えって?
いや。
今の俺は三人目。
二人目は別にいる。
らしい。
もう嫌だ。
自分が何人いるとか、本当にやめてほしい。
俺一人でさえ手に余る。
「殿」
小十郎さんが静かに口を開いた。
「城内を封鎖しますか」
政宗はすぐには答えなかった。
俺は思わず、
「待ってください」
と言った。
全員が俺を見る。
「何だ」
「いや、城を封鎖したら」
俺は紙を指で叩いた。
「これを書いた奴に、効いてます、焦ってます、信じましたって教えるようなものでしょう」
新八さんが眉を寄せる。
「ならば何もせぬのか」
「そうじゃなくて、表向きは普通にした方がいいんじゃないですか。敵が本当に城内にいるなら、こっちが気づいてないと思わせた方が動きやすくなるかもしれない」
言ってから、自分で怖くなった。
何だ。
俺。
少し。
戦国時代に慣れてない?
嫌だ。
もっと普通の二十八歳でいたかった。
政宗が俺を見る。
「ほう」
「何です」
「少しは使えるようになったな」
「今まで使えなかったみたいに言うな!」
新八さんがぼそっと、
「使えなかっただろう」
と言う。
「聞こえてますよ!」
小十郎さんが小さく笑った。
「私も拓真殿の案に賛成です。城内は封鎖せず、表向きは平静を保ちます。ただし、殿のおそばに近づける者を秘密裏に洗い直しましょう」
「うむ」
政宗が頷く。
そして。
俺を見た。
「拓真」
「嫌です」
「まだ何も言っておらぬ」
「絶対に俺にも調べろって言う!」
「分かってきたな」
「その成長、前にもしました!」
本当に。
嫌な予感だけは当たる。
◇
その日の夜。
俺は、自分の部屋で人の名前を書いていた。
政宗のすぐそばにいる人間。
小十郎さん。
新八さん。
愛姫様。
成実さん。
近習。
兵。
侍女。
俺。
紬。
そこまで書いて、筆が止まった。
紬。
違う。
いや。
何が違う?
「二人目の拓真」が、俺と同じ顔をしているとは限らない。
人格だけ?
記憶だけ?
誰かの中に?
そんなこと、あるのか。
分からない。
でも、もう一人の未来人がいる。
一度目。
二度目。
三人目。
未来へ帰った俺。
紬を斬った俺。
俺を未来へ帰した女。
ここまで来ると、何が起きても「絶対にない」とは言えない。
「紬」
小さく口にした。
その瞬間。
「何」
後ろから返事が来た。
俺は飛び上がった。
「うわあっ!」
「うるさい」
「何でいるんです!」
振り向くと。
本当にいた。
紬。
戸のところに。
「来た」
「見れば分かる!」
「呼んだ」
「独り言です!」
「でも呼んだ」
「屁理屈!」
紬は勝手に入ってきて、俺の横へ座った。
そして。
紙を見る。
名前の一覧。
小十郎。
新八。
愛姫。
紬。
紬の目が止まった。
しまった。
そう思った時には遅かった。
「私もいる」
「……いますね」
「疑ってる?」
俺は。
すぐに。
「疑ってません」
と言おうとした。
でも。
やめた。
前にも。
似たことがあった。
もう一人の未来人の使者が言った。
――お前は、まだ会っていないと思っているのか。
あの時。
俺は。
真っ先に紬を見た。
そして。
今も。
一瞬。
考えた。
「……一瞬だけ」
言った。
紬の顔が変わった。
痛かった。
俺も。
たぶん。
同じくらい。
痛い。
「そっか」
「すみません」
「別に」
「その別に、絶対別にじゃないでしょう」
「うるさい」
「怒ってます?」
「少し」
正直だった。
「ですよね」
「でも」
紬が紙を見る。
「嘘つかれるよりはまし」
俺は黙った。
「疑ってないって言われても」
続ける。
「今の拓真の顔だったら、たぶん分かった」
「そんなに俺、顔に出ます?」
「出る」
「最悪」
「知ってる」
紬は少し笑った。
でも。
やっぱり。
傷ついている。
分かる。
分かるから。
余計につらい。
「紬」
「何」
「俺も嫌なんです」
「何が」
「あなたを疑うの」
紬が俺を見る。
「でも疑った」
「はい」
「最低」
「はい」
「否定しないんだ」
「できませんよ」
俺は苦笑した。
「本当に一瞬、考えたから」
「私が二人目の拓真かもしれないって?」
「それはさすがに意味分からないですけど」
「じゃあ何」
「分かりません」
「また」
「でも!」
俺は紙を指した。
「二人目の俺がどういう意味かすら分からないんですよ!」
紬が黙る。
「俺と同じ顔なのか。記憶だけなのか。誰かが嘘ついてるのか。それすら分からない」
「うん」
「だから、考えた」
「うん」
「あなたも。小十郎さんも。新八さんも。愛姫様も」
「政宗様も?」
「それはもう本人でしょう!」
紬が少し笑った。
「たぶん」
「そこ疑う!?」
「だって三人目とかあるなら」
「もうやめよう! 増える!」
俺は頭を抱えた。
紬も笑った。
その笑いが。
少し。
ありがたかった。
でも。
しばらくして。
紬が小さく言った。
「私も」
「はい」
「拓真を疑うかもしれない」
俺は顔を上げた。
「今?」
「これから」
「……はい」
「だって」
紬は紙を見る。
「一度目の拓真は私を斬った」
「はい」
「二人目もいる」
「らしいですね」
「今の拓真は三人目」
「それも、らしいです」
「だったら」
紬は俺を見る。
「どの拓真を信じればいいか、分からなくなるかもしれない」
胸が。
少し。
痛んだ。
でも。
俺は。
頷いた。
「はい」
「怒らない?」
「傷つきます」
「怒る?」
「たぶん」
紬が眉を寄せる。
俺は続けた。
「でも、疑うなとは言えません」
「何で」
「俺だって疑ったから」
長い沈黙。
紬が。
少しだけ。
俺の袖を掴んだ。
強くない。
でも。
離れない。
「面倒」
と言った。
「誰がです」
「全部」
「それは同意します」
◇
翌朝。
鈴音が。
夢を思い出した。
俺。
政宗。
小十郎さん。
紬。
新八さん。
全員がいる部屋で。
鈴音は。
膝を抱えて座っていた。
「二人目」
と。
急に言った。
俺は。
嫌な予感しかしなかった。
「何です」
「見た」
「夢で?」
頷く。
「二人目の俺を?」
「うん」
「顔は?」
「見えなかった」
「また!」
思わず叫んだ。
鈴音がびくっとする。
「すみません」
俺はすぐ謝った。
「でも、何でいつも肝心なところが見えないんです!」
新八さんが。
「夢だからだろう」
と冷静に言う。
「正論やめて!」
鈴音が言った。
「でも、声は聞いた」
部屋が静かになる。
俺は。
喉が乾いた。
「何て」
鈴音が。
政宗を見る。
「天下を取るなら」
政宗の目が細くなる。
鈴音は続けた。
「まず」
俺を見る。
「三人目の俺を殺してください」
誰も。
言葉を出さなかった。
俺だけが。
数秒遅れて。
「は?」
と。
言った。
「俺を?」
鈴音が頷く。
「誰が?」
「二人目」
「俺が俺を殺せって?」
「うん」
「何で!?」
「知らない」
「ですよね!」
もう。
笑うしかなかった。
いや。
笑えない。
でも。
笑わないと。
怖すぎる。
「俺」
政宗を見る。
「嫌われてます?」
「自分に?」
「そうです!」
「知らぬ」
「何ですか、この会話!」
政宗は。
面白そうに俺を見た。
「だが」
嫌だ。
「もし二人目のお前が、今のお前を殺せと言うなら」
「はい」
「理由がある」
俺は。
笑えなくなった。
そうだ。
理由。
一度目。
二度目。
三人目。
何が違う。
二人目の俺は。
何を知っている。
なぜ。
今の俺を。
殺したい。
◇
その夜。
眠れなかった。
最近。
本当に。
こればっかりだ。
もう。
寝不足で死ぬんじゃないか。
それなら。
二人目の俺に殺される前に終わる。
嫌だ。
そんな死に方。
ものすごく。
嫌だ。
俺は布団の中で。
何度も寝返りを打った。
右。
左。
右。
また左。
そして。
いつの間にか。
眠った。
たぶん。
少しだけ。
でも。
何かの気配で。
目を覚ました。
暗い。
夜。
部屋。
誰か。
いる。
俺は。
息を止めた。
枕元。
人影。
座っている。
男。
顔。
見えない。
「……誰です」
声が震えた。
男は。
答えなかった。
俺は。
動けない。
刀。
ない。
そもそも。
あっても。
使えない。
逃げる?
叫ぶ?
その時。
男が。
静かに言った。
「初めまして」
俺は。
息を止めた。
声。
知っている。
知りすぎている。
毎日。
聞いている。
自分の口から。
「三人目の俺」
男は。
俺と。
全く同じ声で。
笑った。
俺は。
何も。
言えなかった。
すると。
暗闇の中。
男が。
少しだけ。
顔を上げた。
月明かり。
頬。
目。
口元。
俺だった。
本当に。
俺と。
同じ顔。
ただ。
右手の甲から。
手首まで。
写真と同じ。
長い傷があった。
俺は。
やっと。
声を出した。
「……二人目?」
男が。
笑う。
俺と同じ顔で。
でも。
俺なら。
絶対にしない笑い方で。
「違う」
俺は。
凍りついた。
男は。
言った。
「俺が」
少し。
間。
「一人目の神谷拓真だ」
その瞬間。
俺の部屋の外で。
紬が。
俺の名前を呼んだ。




