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『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第49話 一度目の俺は、紬を斬っても泣かなかったそうです

「顔は、今と同じだった」


鈴音がそう言った後、誰も何も言わなかった。


俺も。


紬も。


一度目の俺は、紬を斬った。


しかも泣かなかった。


怒ってもいなかった。


悲しそうでもなかった。


ただ、何もない顔をしていた。


「……それ、本当に俺ですか」


やっと口から出たのは、そんな情けない言葉だった。


鈴音が俺を見る。


「顔は同じ」


「それは聞きました」


「声も」


「はい」


「名前も、拓真」


「……はい」


「美緒が、そう呼んでた」


紬の肩が、わずかに動いた。


美緒。


昔の名前。


紬が捨てた名前。


それを一度目の紬も捨てていたのか、それとも最後まで美緒だったのか。


そんなことさえ、俺には分からない。


「拓真」


紬が呼んだ。


俺は、すぐには顔を上げられなかった。


「はい」


「こっち見て」


嫌だった。


でも、見た。


紬は俺を見ていた。


怖そうだった。


たぶん。


いや。


たぶんじゃない。


怖がっている。


俺を。


胸が痛かった。


当然だと思った。


それでも痛いものは痛い。


「何です」


俺が聞く。


紬は少し迷ってから言った。


「一度目の拓真は、私を斬った」


「らしいですね」


「泣かなかった」


「らしいです」


「じゃあ」


そこで一度、言葉を止めた。


「今の拓真も、そうなる?」


答えられなかった。


即答したかった。


ならない。


絶対ならない。


俺はそんなことしない。


そう言えばよかった。


でも。


もう、その言葉を簡単には使えない。


人は変わる。


追い詰められる。


疲れる。


怖くなる。


自分が絶対やらないと思っていたことを、やることもある。


俺自身、会社にいた頃に知った。


「……分かりません」


紬の顔が、少しだけ傷ついた。


分かった。


でも、続けた。


「すみません。でも、分からないです」


「そっか」


「ただ」


紬が俺を見る。


「今の俺は、あなたを斬りたくないです」


「昨日も聞いた」


「大事なことだから二回言いました」


「三回目かも」


「数えてるんですか!?」


紬の口元が、ほんの少し動いた。


笑った。


たぶん。


その時だった。


俺は、何となく思った。


もしかしたら、この人は今も怖い。


でも。


怖いまま。


俺のそばにいる。


それって。


信じるより。


ずっと面倒で。


ずっと人間らしいことなのかもしれない。


     ◇


「拓真」


しばらく歩いてから、紬が言った。


「はい」


「離れた方がいい?」


「……俺から?」


「うん」


来た。


一番聞かれたくなかった。


でも。


俺はなるべく普通に答えた。


「怖いなら、離れていいですよ」


紬が止まった。


俺も止まる。


後ろを歩いていた新八さんが、ものすごく嫌そうな顔をした。


「何です、その顔」


「いや」


「何です」


「お前は本当に馬鹿だなと思っている」


「急に悪口!」


紬も俺を見る。


しかも怒っている。


何で。


「何ですか」


「腹が立つ」


「何で!?」


「怖いなら離れていいって」


「だって当然でしょう!」


「何で拓真が決めるの」


「決めてません!」


「決めてる」


「どこが!」


「怖いなら離れろって」


「離れていいって言っただけでしょう!」


「同じ」


「違う!」


「同じ!」


また。


喧嘩。


本当に。


何で。


俺たち。


こんなに。


「じゃあ何て言えばよかったんです!」


俺が聞くと、紬は黙った。


「ほら!」


「知らない」


「ええ!?」


「でも、その言い方は嫌」


「理不尽!」


「うるさい」


俺は頭を抱えた。


新八さんが、横から言った。


「お前も『離れるな』と言えばよかろう」


俺と紬が。


同時に。


新八さんを見る。


「嫌です!」


「嫌」


また重なった。


新八さんが、空を見上げた。


「面倒だ」


「知ってますよ!」


俺は叫んだ。


紬も。


少しだけ笑っていた。


でも。


すぐに真顔へ戻った。


「私は」


言う。


「怖い」


俺は黙る。


「今の拓真が、じゃない」


少し考える。


「いや、今の拓真も、少し怖い」


「そこは否定してほしかった!」


「でも」


紬は俺を見る。


「一度目の拓真が、今の拓真と同じ顔だったって聞くと」


「はい」


「怖い」


「……はい」


「でも、だから離れるって決めるのも嫌」


俺は。


何も言えなかった。


「だから」


紬が言う。


「勝手に決めないで」


その言葉。


胸に残った。


「怖いなら離れろって」


「……」


「拓真が決めないで」


俺は少しだけ笑った。


「分かりました」


「本当に?」


「たぶん」


「頼りない」


「でも、紬だって大概でしょう」


「何が」


「怖いけど離れたくないって」


「悪い?」


「面倒です」


紬が俺を睨む。


俺も笑った。


「お互い様ですよ」


「一緒にしないで」


「ひどい!」


でも。


その時。


紬は。


俺から。


離れなかった。


     ◇


城へ戻ると。


小十郎さんが鈴音への聞き取りを始めた。


政宗もいる。


当然のように。


「鈴音」


小十郎さんが静かに聞く。


「お前は、一度目の紬が死んだところを見たのですね」


鈴音が頷く。


「うん」


「そして、一度目の紬から『次の私に会ったら、拓真を信じるなと言え』と頼まれた」


「うん」


俺は。


横で。


何となく嫌な気持ちになった。


小十郎さんは。


少しだけ目を細める。


「いつ頼まれました」


鈴音が。


止まった。


「え?」


「紬が死ぬ前ですか」


「……」


「それとも、もっと前?」


鈴音は。


困った顔をした。


「分からない」


「なぜ?」


「夢だから」


部屋が静かになる。


小十郎さんは。


さらに聞いた。


「では、お前は本当にその場にいたのですか」


鈴音の顔が。


変わった。


「いた」


「本当に?」


「いた!」


声が大きくなる。


紬が。


少しだけ鈴音を見る。


小十郎さんは。


責めない。


ただ。


静かに続けた。


「ならば聞きます」


「……」


「一度目の紬は、死ぬ直前に何を着ていました」


鈴音が。


黙る。


「色は」


答えない。


「場所は山だったと言いましたね。木は多かった?」


「……うん」


「季節は」


「分からない」


「寒かった?」


「分からない」


「では」


小十郎さんが。


少し前へ出る。


「拓真殿が紬を斬った刀は、どのような刀でした」


鈴音が。


顔を伏せた。


「分からない」


俺は。


何も言えなかった。


小十郎さんが言う。


「お前は、見たのではないのかもしれません」


鈴音の肩が。


震えた。


「見た!」


「では、なぜ覚えていない」


「夢だから!」


「夢の中で見せられたものを」


小十郎さんの声。


少しだけ。


鋭くなる。


「自分の記憶だと思い込んでいるのではありませんか」


鈴音の目から。


涙が落ちた。


「違う」


「ならば」


「違う!」


泣きながら。


叫ぶ。


「私は見た!」


俺は。


何となく。


口を挟んだ。


「小十郎さん」


小十郎さんが。


俺を見る。


「少し」


言葉を選ぶ。


「休ませません?」


「拓真殿」


「鈴音も、自分で分からないんだと思います」


鈴音が。


俺を見る。


「本当の記憶か」


続ける。


「夢か」


「……」


「誰かに教えられたのか」


「……」


「それを自分でも分からない」


俺は。


少し。


笑った。


「まあ、俺も自分が一度目か二度目か分からないんで」


政宗が。


「三度目かもしれぬぞ」


と言った。


俺は。


政宗を見る。


「やめてください!」


「何だ」


「増やすな!」


鈴音が。


少しだけ。


笑った。


本当に。


少し。


でも。


次の瞬間。


その笑顔が。


消えた。


「三人目」


俺は。


止まった。


「え?」


鈴音が。


俺を見る。


「そう言ってた」


部屋が。


静かになる。


政宗が。


すぐに聞く。


「誰が」


鈴音が。


自分の手首を見る。


赤い跡。


「女の人」


「志乃ですか」


俺が聞く。


鈴音は。


首を振る。


「違う」


「じゃあ」


嫌な予感。


「もう一人の未来人?」


鈴音が。


頷いた。


俺の背中が。


冷える。


「何て言ったんです」


鈴音が。


目を閉じる。


思い出すように。


ゆっくり。


「神谷拓真は」


声。


小さい。


「二度目じゃない」


俺は。


何も言えなかった。


「今ここにいる神谷拓真は」


鈴音が。


目を開く。


俺を見る。


「三人目だって」


誰も。


何も言わない。


俺だけが。


やっと。


声を出した。


「……三人目?」


一度目。


二度目。


三人目。


何だ。


それ。


「俺」


喉が。


乾く。


「何人いるんですか」


鈴音は。


首を振った。


「知らない」


政宗が。


少し笑った。


俺は。


嫌な予感しかしなかった。


「何です」


「面白いな」


「面白くない!」


叫んだ。


でも。


政宗は。


俺を見たまま。


さらに言った。


「では聞こう」


「何をです」


片目。


細くなる。


「今、俺の前にいるお前は」


少し。


間。


「本当に神谷拓真なのか」


俺は。


何も。


答えられなかった。


それが。


一番。


怖かった。


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