第43話 俺は一度、この戦国時代から未来へ帰っているらしいです
「二度目の神谷拓真が、同じ過ちを犯さないようにな」
男は。
そう言って。
笑った。
俺は。
しばらく。
何も言えなかった。
いや。
違う。
頭の中では。
言葉が。
山ほどあった。
嘘だ。
馬鹿言うな。
意味が分からない。
俺はここに来て。
まだ。
そんなに経ってない。
未来へ帰ったことなんかない。
政宗と会ったのも。
紬を拾ったのも。
千代たちを助けたのも。
全部。
初めてだ。
「……そんなわけあるか」
やっと。
声が出た。
男は黙っている。
「俺は帰ってない」
「覚えていないだけだ」
「だから!」
俺は。
立ち上がった。
「覚えてないなら何でもありでしょう!」
声が。
大きくなる。
「俺は昔、天下人だったけど忘れてます! 俺は実は剣豪だけど忘れてます! 俺は馬に乗るのがものすごく上手いけど忘れてます!」
新八さんが。
ぼそっと言う。
「最後は絶対に違う」
「今そこ突っ込む!?」
「お前の馬術は見た」
「忘れて!」
笑いそうになる。
でも。
笑えなかった。
男が。
俺を見ている。
その目。
嫌だった。
何かを知っている顔。
俺が知らない俺を。
知っている顔。
「証拠は」
俺が聞いた。
「何かあるんですか」
答えない。
「俺が一度未来へ帰った証拠」
沈黙。
「ないでしょう」
俺は。
少し。
強く言った。
「だったら信じません」
男が。
口元を歪める。
「信じたくないだけだろう」
「そうですよ!」
即答した。
男が。
少し驚いた顔をする。
「信じたくないです!」
俺は続けた。
「だって気持ち悪いでしょう! 自分が一回ここに来て、一回帰って、何か失敗して、全部忘れて、もう一回来てるなんて!」
誰も。
何も言わない。
「それを信じろっていうなら、証拠を出してください!」
俺は。
男を睨んだ。
「俺が忘れてるって言えば何でも説明できる。それは証拠じゃない!」
しばらく。
沈黙。
すると。
小十郎さんが。
静かに言った。
「その通りです」
俺は。
そちらを見る。
「小十郎さん」
「この男の言葉が真実である証拠はありません」
男の顔が。
少し動く。
「拓真殿が一度この時代へ来たという証拠も」
小十郎さんは続ける。
「未来へ戻ったという証拠も」
「……」
「記憶を失ったという証拠もない」
俺は。
少し。
息を吐いた。
救われた。
でも。
小十郎さんは。
そこで終わらなかった。
「ただし」
嫌な言葉。
本当に。
この人の。
ただし。
は。
大体嫌なことが続く。
「それが嘘である証拠もありません」
ほら。
やっぱり。
「小十郎さん」
「はい」
「今、少し安心した俺の気持ちを返してください」
「返せません」
「即答!」
政宗が。
笑った。
「面白い」
俺は。
もう。
振り向きもしなかった。
「言うと思いました」
「ほう」
「絶対言うと思いましたよ!」
政宗は。
楽しそうだ。
腹が立つ。
「もし」
政宗が言う。
「お前が一度失敗したのなら」
「はい」
「二度目は勝てばよい」
俺は。
政宗を見る。
「簡単に言うな!」
「難しく言えば変わるのか」
「そういう問題じゃない!」
「では、何が問題だ」
俺は。
口を開いた。
でも。
答えられなかった。
何が。
怖い?
自分が。
何かを失ったこと?
その記憶がないこと?
一度目の俺が。
失敗したこと?
それとも。
もう一人の未来人が。
その全部を知っていること?
「分かりません」
結局。
それしか言えなかった。
政宗は。
笑わなかった。
「そうか」
それだけ。
言った。
◇
その夜。
眠れなかった。
当たり前だ。
俺は。
一度。
この戦国時代に来た。
らしい。
未来へ戻った。
らしい。
何かを失った。
らしい。
そして。
今は二度目。
らしい。
全部。
らしい。
なのに。
頭から離れない。
俺は。
布団の上で。
寝返りを打った。
右。
左。
また右。
「うるさい」
暗闇から。
声。
俺は。
飛び起きた。
「うわっ!」
「うるさい」
「紬!?」
戸の近く。
座っていた。
「何でいるんです!」
「来たから」
「それは見れば分かる!」
「眠れない?」
「……はい」
「やっぱり」
紬が。
勝手に入ってくる。
俺の部屋。
本当に。
もう。
俺の部屋なのか。
分からない。
「何です」
俺が聞く。
「別に」
「帰って」
「嫌」
「何で!」
「話す」
「誰が」
「拓真が」
「強制!?」
紬が。
俺の前に座る。
黙る。
俺も。
黙る。
しばらく。
何も言わない。
だったら。
何しに来た。
そう思ったけど。
俺も。
何となく。
追い出せなかった。
「紬」
「何」
「もし」
自分から。
口を開いた。
「俺が前にも紬に会ってたら、どうします?」
紬が。
少しだけ。
眉を寄せる。
「前?」
「一度目」
「知らない」
「即答ですか」
「だって知らない」
正しい。
腹が立つくらい。
「でも」
俺は続ける。
「もしかしたら、一度目の俺も紬を助けたかもしれない」
「そう」
「一緒にいたかもしれない」
「そう」
「もしかしたら」
喉が。
少し。
乾く。
「一度目の紬を、俺が死なせたかもしれない」
紬が。
黙った。
俺は。
言った後。
後悔した。
最低だ。
何で。
こんなことを。
本人に。
「すみません」
「何で謝るの」
「嫌な話したから」
「聞いたのは拓真」
「そうですけど!」
「面倒」
「今は否定しません」
本当に。
面倒だ。
俺。
紬は。
少し考えた。
それから。
「前の私」
と。
言った。
「はい」
「どんなだった?」
「分かりません」
「じゃあ今と同じかも分からない」
「はい」
「拓真を嫌ってたかもしれない」
「それは今もでしょう!」
「うん」
「否定して!」
紬が。
少し笑った。
俺も。
少しだけ。
笑った。
でも。
すぐに。
紬の顔が戻る。
「前の私が死んだとして」
俺は。
息を止めた。
「はい」
「今の私と同じなの?」
答えられない。
「同じ名前で」
「はい」
「同じ顔で」
「はい」
「同じ過去でも」
紬が。
自分の胸へ。
手を置く。
「今、ここにいる私と同じ?」
俺は。
しばらく。
考えた。
「分かりません」
紬が。
「また」
と呟く。
「でも、本当に分からないんです」
「じゃあ」
紬が。
俺を見る。
「前の私がどうだったか知らない」
「はい」
「死んだかも知らない」
「はい」
「だから」
言う。
「今の私は今ここにいる」
その言葉。
普通だ。
ものすごく。
普通。
でも。
胸に。
残った。
「前の拓真も知らない」
紬が続ける。
「一度目とか、二度目とか」
「はい」
「でも今の拓真は」
俺を見る。
「ここにいる」
「……はい」
「うるさいけど」
「余計!」
「すぐ転ぶし」
「それも余計!」
「弱いし」
「もうやめろ!」
紬が。
笑った。
俺も。
笑った。
本当に。
少し。
「だから」
紬が言う。
「前に何があったとしても、今の拓真がやったことじゃない」
俺は。
黙った。
「でも」
紬が続ける。
「前の拓真が何かしたなら」
「はい」
「知らなくていいとは思わない」
優しくない。
本当に。
この人。
でも。
だから。
信じられる。
「ですよね」
俺は言う。
「逃げたら駄目ですかね」
「駄目」
「即答!」
「だって拓真、逃げても気にする」
「……はい」
「ずっと」
「はい」
「面倒」
「もう分かったよ!」
◇
次の日。
俺は。
偽田中の持ち物を。
もう一度。
調べることになった。
正確には。
小十郎さんが調べる。
俺は。
呼ばれただけ。
「何で俺も?」
「未来の物があった場合」
「なるほど」
納得。
嫌だけど。
袋。
紙。
小銭。
紐。
小刀。
特別なものは。
ない。
と思った。
でも。
小十郎さんが。
袋の底を。
指で押した。
「二重ですね」
「え?」
布を。
慎重に。
開く。
中から。
薄いもの。
出てきた。
俺は。
見た瞬間。
立ち上がった。
「写真」
政宗が。
「しゃしん?」
と聞く。
俺は。
手を伸ばす。
「待ってください」
小十郎さんが止める。
「何で!」
「念のため」
「毒とか?」
「分かりません」
そんな。
でも。
数秒後。
渡された。
俺は。
写真を見る。
小さい。
古い。
少し。
色褪せている。
でも。
写真だ。
間違いない。
現代の。
そして。
写っている。
男。
俺。
「……俺だ」
声が。
震えた。
間違えない。
会社員時代より。
少し。
痩せている。
髪。
乱れている。
現代の服。
でも。
背景。
山。
古い寺。
いや。
この時代?
その隣に。
女性。
いる。
顔の半分。
何かに隠れている。
髪は長い。
若い。
たぶん。
でも。
顔。
全部は見えない。
「知ってる女ですか」
紬が聞く。
俺は。
首を振る。
「分からない」
「また」
「本当に!」
写真を。
裏返す。
文字。
現代日本語。
俺の手が。
止まる。
「何て」
政宗が聞く。
俺は。
読んだ。
声に。
出した。
「一度目の奥州」
喉。
乾く。
「最後の日」
誰も。
何も言わなかった。
写真。
俺。
知らない女。
一度目の奥州。
最後の日。
俺は。
もう一度。
表を見る。
女性の。
顔。
見えない。
でも。
その手。
俺の腕を。
掴んでいた。
親しそうに。
強く。
そして。
写真の端。
ほんの少し。
切れているところに。
もう一人。
誰かの手が。
写っていた。
細い。
女の手。
手首に。
赤い糸。
俺の背中が。
凍った。
「紬」
呼ぶ。
「何」
「志乃って」
声が。
出にくい。
「赤い糸」
紬の顔が。
変わった。
「うん」
俺は。
写真を。
見た。
一度目の奥州。
最後の日。
俺。
知らない女。
そして。
志乃。
もしかして。
全部。
最初から。
繋がっていた?
その時。
政宗が。
静かに言った。
「拓真」
「はい」
「その写真に」
俺は見る。
「何だ」
政宗の指。
女性の。
首元。
小さな。
何か。
銀色。
俺は。
目を凝らした。
そして。
息を止めた。
見覚えがある。
ありすぎる。
会社。
営業第二課。
社員証。
その女の首に。
俺と同じ会社の。
社員証が。
下がっていた。




