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『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第4話 初対面の伊達政宗が、思っていたより百倍面倒くさい

伊達藤次郎政宗。


その名前を聞いた瞬間から。


俺の頭の中では、一つの言葉が鳴り続けていた。


逃げたい。


ものすごく逃げたい。


いや、好きな武将だ。


それは間違いない。


宮城まで旅行に来るくらいには好きだ。


本も読んだ。


ゲームでも使った。


銅像の写真も撮った。


牛タンを食いながら、


「やっぱり政宗は格好いいよなあ」


なんて思っていた。


だが。


会いたいかと言われれば話は別だ。


歴史上の人物は、歴史上にいるからいいのである。


織田信長に会いたい。


武田信玄に会いたい。


上杉謙信に会いたい。


そういうことを歴史好きは簡単に口にする。


しかし、本当に会ってみろ。


たぶん怖いぞ。


下手なことを言ったら斬られる時代の人たちだ。


ましてや。


伊達政宗。


若くして家督を継ぎ。


父親を失い。


人取橋で死にかけ。


親族と殺し合い。


奥州を暴れ回る男。


「……帰っていいですか」


俺は小さく言った。


新八さんが振り返る。


「どこへ」


「それが分からないから困ってるんですよね」


自分で言って悲しくなった。


帰る場所はある。


二〇二六年の日本。


だが、帰り方がない。


だから結局。


俺は伊達政宗に会うしかなかった。


     ◇


連れて行かれた場所は、城というより大きな屋敷だった。


俺は歴史好きだが、建築の専門家ではない。


だから細かいことは分からない。


ただ。


映画のセットではない。


それだけは、もう分かった。


人が暮らしている。


兵がいる。


馬がいる。


臭いがある。


音がある。


何より。


俺を見る視線が痛い。


「何だ、あの男」


「妙な衣だな」


「異国人か?」


「いや、顔は倭人だろう」


すれ違う者たちが、遠慮なく俺を見る。


俺はジャケットにシャツ。


下はチノパン。


靴は革靴。


二〇二六年なら何の変哲もない。


だが天正十四年では、裸で歩いているくらい目立つらしい。


「恥ずかしいんですけど」


俺が言うと、新八さんは鼻で笑った。


「その格好で歩いておいて何を申す」


「好きで着てるわけじゃないですよ。こっちじゃ普通なんです」


「どこの国の普通だ」


「日本」


「ここも日の本だ」


「そうでしたね」


ややこしい。


本当にややこしい。


やがて俺は一室の前で止められた。


新八さんが振り返る。


「ここで待て」


「はい」


「余計なことを申すな」


「努力します」


「努力では困る」


「じゃあ無理です」


新八さんが俺を睨んだ。


俺は目を逸らした。


人間、できない約束はしない方がいい。


やがて。


室内から声がした。


「入れ」


若い。


思ったより若い声だった。


新八さんが俺を見る。


「行け」


「一緒に来ないんですか?」


「なぜ俺が行く」


「だって怖いじゃないですか」


「殿に対して何を申す!」


「まだ会ってないからセーフでしょう」


「聞こえておるぞ」


部屋の中から声がした。


俺は固まった。


新八さんも固まった。


沈黙。


俺は小声で聞いた。


「今の、殿?」


新八さんは黙って頷いた。


帰りたい。


帰る場所ないけど帰りたい。


「早く入れ」


もう一度、声がした。


仕方なく。


俺は部屋へ入った。


そして。


初めて。


伊達政宗を見た。


若い。


まず、そう思った。


当たり前だ。


この時代の政宗は二十歳ほど。


俺より八歳も年下だ。


俺が想像していたのは、有名な甲冑姿の独眼竜だった。


黒い鎧。


三日月の兜。


鋭い隻眼。


しかし、目の前にいる政宗は鎧を着ていなかった。


濃い色の小袖姿。


若い。


細身。


だが、弱そうには見えない。


背筋が真っ直ぐだ。


何より。


目。


片方の目。


それが。


真っ直ぐ俺を見ていた。


怖い。


人を斬る目、というわけではない。


もっと嫌な目だ。


全部見ようとする目。


俺の服。


靴。


顔。


髪。


手。


持ち物。


表情。


何一つ見逃さない。


そんな目だった。


「お前が、山中で捕らえられた妙な男か」


第一声がそれだった。


俺は少し傷ついた。


「神谷拓真です」


「それは名か」


「はい」


「姓は」


「神谷です」


「名は」


「拓真」


「妙な名だな」


「あなたに言われたくないです」


言ってから。


しまった。


と思った。


部屋の空気が止まった。


俺の後ろにいた新八さんが息を呑んだ。


政宗も黙った。


俺は慌てた。


「いや、すみません! 悪い意味じゃなくてですね!」


「では、どういう意味だ」


「その、伊達藤次郎政宗って結構長いなと」


「俺は伊達藤次郎政宗だ」


「分かってます」


「ならば長くない」


理屈がおかしい。


でも言えない。


さすがに二回目は命が危ない。


ところが。


政宗は。


ふっ、と笑った。


「新八」


「はっ」


「こやつ、面白いな」


「私はそうは思いませぬ」


即答だった。


ひどい。


俺は振り返った。


「さっき水くれたじゃないですか」


「黙れ」


「はい」


政宗がますます笑う。


「お前、俺が怖くないのか」


「怖いですよ」


俺は正直に言った。


政宗が少し意外そうな顔をした。


「そうは見えぬ」


「緊張すると喋るんです。黙ってる時の方が危険です」


「なぜだ」


「本当に怖すぎて何も言えない時だからです」


「では今は」


「怖いけどまだ喋れる程度です」


政宗は声を上げて笑った。


若い笑い声だった。


歴史上の英雄ではない。


普通の若者のように。


そこだけ見れば。


だが。


笑いが止まった瞬間。


政宗の目が変わった。


「さて」


来た。


俺は背筋を伸ばした。


「お前は何者だ」


「神谷拓真です」


「それは聞いた」


「元会社員です」


「かいしゃいん?」


「そうなりますよね」


分かるわけがない。


「ええと、商人に近いです」


「商人か」


「いや、でも物を直接売るわけでもなくて」


「では何を売る」


「説明すると長いです」


「暇だ。話せ」


暇なのかよ。


俺は困った。


現代の営業職を戦国武将にどう説明すればいい。


「お客様のところへ行ってですね」


「客か」


「はい。それで、うちの商品を使いませんかと勧めて」


「商人ではないか」


「いや、まあ、そうなんですけど、俺が商品を作るわけではなくて」


「作らぬのか」


「はい」


「売るだけか」


「そう言われると腹立つな」


思わず本音が出た。


新八さんが、


「貴様!」


と怒鳴った。


だが政宗は手を上げて止めた。


「よい」


そして俺を見る。


「続けろ」


「続けるんですか?」


「面白い」


嫌な言葉だ。


面白い。


上司がこの言葉を使う時、だいたい面倒なことが起きる。


俺は六年間で学んでいる。


「それで、客が怒ったら謝って」


「なぜ謝る」


「仕事なので」


「お前が悪くなくてもか」


「俺が悪くなくてもです」


政宗は眉を寄せた。


「馬鹿なのか」


「そういう仕組みだったんですよ!」


思わず大声が出た。


「俺だって好きで謝ってたわけじゃないですよ! 朝から晩まで頭下げて、上司には無茶振りされて、客には怒られて、休日にも電話かかってきて!」


政宗は黙って聞いている。


「それでようやく会社を辞めて、自由になったと思ったら、雷に打たれて、目を覚ましたら山の中で、刀持った人たちに囲まれて、今こうしてあなたの前にいるんです!」


言い切った。


息が上がっていた。


またやった。


初対面の伊達政宗に、会社の愚痴をぶちまけた。


俺は何をしている。


「すみません」


頭を下げた。


「ちょっと感情的になりました」


「いや」


政宗は言った。


「お前の元の主は、よほど無能だったのだな」


俺は顔を上げた。


一瞬。


ものすごく嬉しかった。


人生で初めて。


誰かが佐々木部長を真正面から無能と言ってくれた。


「……分かります?」


「ああ」


「ですよね?」


「ああ」


「やっぱりそうですよね?」


「しつこい」


怒られた。


でも少し嬉しかった。


すると政宗が言う。


「だが」


嫌な予感。


「雷に打たれ、山で目覚めたという話は信じられぬ」


ですよね。


「でしょうね」


「そしてお前の衣も、靴も、持ち物も、この辺りでは見たことがない」


「そうでしょうね」


「それに」


政宗の目が細くなった。


「お前は俺の名を聞いた時、驚いたそうだな」


俺の心臓が跳ねた。


誰だ。


誰が報告した。


いや、全員だろう。


「まるで、俺を以前から知っていたように」


「いや、それは」


「新八から聞いた。お前は道中で『未来では』と口にしたそうだな」


新八さん!


俺は振り返った。


新八さんは目を逸らした。


この野郎。


水をくれたから、ちょっといい人かと思っていたのに。


政宗が聞く。


「神谷拓真」


初めて。


俺の名をまともに呼んだ。


「お前はどこから来た」


部屋が静かになった。


逃げ道がない。


俺は唾を飲み込んだ。


嘘をつく?


夢だと言う?


記憶喪失?


だが。


この男に。


通じるのか。


俺は政宗の目を見た。


向こうも俺を見ている。


長い沈黙の後。


俺は。


大きく息を吐いた。


「……未来から来たって言ったら」


政宗の眉が動いた。


「信じます?」


また沈黙。


そして。


伊達政宗は。


驚くどころか。


笑った。


それも。


ものすごく楽しそうに。


「面白い」


その瞬間。


俺は確信した。


ああ。


駄目だ。


この人。


絶対に面倒くさい。


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