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『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第3話 よりによって、この人かよ

「殿のもとだ」


そう言われて。


俺の胃が、きゅうっと縮んだ。


いや。


待て。


殿って誰だ。


ここは米沢近く。


天正十四年。


西暦に直せば一五八六年。


となれば、可能性はかなり絞られる。


絞られてしまう。


俺は、それ以上考えるのをやめた。


考えたところでろくな答えにならない気がしたからだ。


「歩け」


「いや、歩けと言われてもですね」


「何だ」


「手、縛られてるんですよ」


「だから?」


「転んだら顔面からいくんです」


「転ぶな」


「その解決法がありなら世の中から事故はなくなるんですよ!」


先頭を歩く男が、ちらりと俺を振り返った。


何とも言えない顔をしている。


たぶん、こいつうるさいな、と思っている。


安心してほしい。


俺も自分で思っている。


だが怖いのだ。


怖いと、人間は黙る者と喋る者に分かれる。


俺は後者だった。


営業職時代にも、重要な商談の前ほどどうでもいいことを喋り続けて、同期の田中から、


『お前、緊張すると口数三倍になるよな』


と笑われたものだ。


今なら三倍どころじゃない。


だって相手が刀を持っている。


しかも本物っぽい。


笑えない。


「そういえば」


俺は前を歩く男に話しかけた。


無視された。


「そういえば」


もう一度言った。


「何だ」


返事が来た。


よし。


「お名前を聞いても?」


「なぜだ」


「いや、ずっとあなたとか、そこの人とか呼ぶのも不便なので」


男が怪訝そうな顔をした。


しばらく黙っていたが、やがて短く答える。


「新八」


「新八さん」


「呼ぶな」


「えっ」


「馴れ馴れしい」


「名前聞いた意味ないじゃないですか!」


後ろで誰かが吹き出した。


俺は振り返った。


若い男だ。


たぶん二十歳前後。


さっきから俺を面白そうに見ている。


俺と目が合うと、慌てて口元を引き締めた。


「今、笑いましたよね?」


「笑っておらぬ」


「絶対笑った」


「笑っておらぬ」


「いや、笑いましたって」


「黙って歩け」


新八さんに怒られた。


俺は口を閉じた。


三十秒だけ。


「ところで」


「黙れ!」


早かった。


「まだ何も言ってないでしょうが!」


「どうせろくでもないことだ」


「失礼な。水が欲しいって言おうとしたんです」


新八さんが止まった。


俺も止まる。


後ろの男が俺の背中にぶつかった。


「いてっ」


「急に止まるな」


「俺じゃないですよ!」


新八さんは腰に下げていた竹筒を取り出した。


こちらへ放る。


だが俺の両手は縛られている。


当然。


受け取れない。


竹筒は地面に落ちた。


全員が黙った。


俺も黙った。


新八さんが俺を見る。


俺も見る。


「……どうしろと?」


「拾え」


「手が使えないんですけど」


「口で拾え」


「犬じゃないんだから!」


また、後ろの若者が吹き出した。


今度は隠しきれなかった。


「おい!」


俺が振り向くと、若者は腹を抱えて笑っていた。


「す、すまぬ……だが、お主、本当に妙な男だな」


「好きで妙な男になってるんじゃないですよ。目が覚めたら知らない山の中で、いきなり五人の武装集団に捕まったんです」


「ぶそうしゅうだん?」


「ああ、そこはいいです」


新八さんがため息をついた。


それから俺の前へ来て、縄を少しだけ緩めた。


「片手だけ使え」


「あ、ありがとうございます」


竹筒を拾う。


土がついていた。


一瞬迷った。


だが喉の渇きには勝てない。


蓋を開け、飲む。


ぬるい。


ちょっと木の匂いがする。


でも美味かった。


めちゃくちゃ美味かった。


「生き返る……」


「大袈裟な奴だ」


「いや、本当に。未来じゃ、水なんてどこでも買えたんですけどね」


言ってから。


止まった。


俺の足が。


口が。


時間が。


全部。


男たちも止まった。


新八さんがゆっくり振り返った。


「今、何と言った」


「水が美味しいって」


「その前だ」


「生き返るって」


「さらにその後だ」


「……聞き間違いじゃないですか?」


「未来、と言ったな」


聞かれていた。


完全に。


俺は空を見上げた。


青い。


今日もいい天気だ。


今のところ雷が落ちる気配はない。


誰も助けてくれそうにない。


「いやぁ」


俺は笑った。


「未来っていうのはですね。ほら、その、何ていうか」


「何だ」


「未来ですよ」


「それは分かる」


「ですよね」


「なぜ、お主が未来のことを、まるで見てきたように話す」


新八さんの目が鋭くなる。


他の男たちも、笑うのをやめた。


空気が変わった。


俺は唾を飲み込む。


ここで。


本当のことを言う?


未来から来ました、と?


信じるわけがない。


下手をすれば妖怪扱いだ。


魔物扱いかもしれない。


いや、日本の戦国時代で魔物は違うか。


化け物。


妖術使い。


どちらにしろ嫌だ。


「夢です」


俺は言った。


「夢?」


「はい。未来の夢を見たんです」


苦しい。


自分でも分かる。


新八さんは黙った。


俺は笑顔を保つ。


営業スマイル。


数々の修羅場をくぐり抜けてきた営業スマイル。


この笑顔で何度、


『確認して折り返します』


と言って時間を稼いだことか。


「どのような夢だ」


「え?」


「未来の夢だ。何を見た」


突っ込んでくるな。


そう思った。


客でもいる。


こちらが適当に話を合わせようとすると、妙に細かく聞いてくる人。


この新八さんは、そのタイプだ。


「そうですね。鉄の箱が走ったり」


「鉄の箱?」


「空を人が飛んだり」


「鳥のようにか」


「まあ、だいたいそんな感じです」


「他には」


「遠くの人と話せたり」


「狼煙で?」


「もっと簡単に」


「どうやって」


「だからそこまで聞かないでくださいよ!」


つい叫んでしまった。


新八さんの眉が動く。


俺はすぐに頭を下げた。


「あ、すみません。別に怒ってるわけじゃなくてですね。ちょっと今、俺自身も混乱してるんです」


「混乱?」


「だって考えてくださいよ」


俺は思わず本音を吐き出した。


「昨日まで俺は普通に会社で働いてたんですよ。いや、もう辞めましたけど。電車に乗って、スマホ使って、コンビニで飯買って、夜になれば電気がついて、蛇口をひねれば水が出る。そういう暮らしをしてたんです」


誰も口を挟まない。


「それがいきなりですよ。目が覚めたら山の中。圏外。コンビニなし。自販機なし。おまけに刀持った人たちに囲まれて縄で縛られてる。俺だって聞きたいですよ。何なんだよ、これって!」


最後は少し声が大きくなった。


感情が出た。


自分でも驚いた。


怖かったのだ。


ずっと。


雷に打たれてから。


知らない場所で目覚めて。


帰れるかどうかも分からない。


家族は?


友人は?


俺が消えたことになっているのか?


会社を辞めたばかりで、ろくに連絡もしていない。


スマホはある。


でも圏外だ。


誰にも繋がらない。


考えないようにしていたことが、一気に胸へ押し寄せてきた。


「……すみません」


俺は俯いた。


「怒鳴るつもりじゃなかったんです」


沈黙。


気まずい。


やってしまった。


こういう時、人は困る。


怒鳴られた方も困るし、怒鳴った方はもっと困る。


すると。


さっき俺を見て笑っていた若者が言った。


「お主、本当に帰る場所が分からぬのか」


俺は顔を上げた。


「はい」


「家族は」


「います」


「心配しておろうな」


その言葉が。


妙に刺さった。


俺は少し笑った。


「そうですね。たぶん」


母親は怒るだろう。


どこ行ってたの、と。


父親は黙って新聞を読むふりをする。


妹はたぶん、


『兄貴、また面倒なことしてんの?』


と呆れる。


帰りたい。


急に、そう思った。


ものすごく。


だが俺は笑った。


「まあ、帰る方法が分からないんで、今はどうしようもないですけど」


新八さんが俺を見ていた。


さっきまでほど険しい顔ではない。


「歩け」


結局、それだけ言った。


でも。


今度は縄をきつく縛り直さなかった。


     ◇


山を抜けると、景色が開けた。


俺は思わず息を呑んだ。


田んぼ。


畑。


粗末な家々。


土の道。


馬。


人。


どこにも車はない。


電柱もない。


看板もない。


本当に。


本当に戦国時代なんだ。


そう認めざるを得なかった。


「なあ、新八さん」


「呼ぶなと言った」


「じゃあ新八殿」


「気色が悪い」


「どうしろっていうんですか!」


若者がまた笑った。


俺はこいつと少し仲良くなれそうな気がした。


「それで」


俺は言った。


「これから会う殿って、どなたなんです?」


新八さんは答えなかった。


「偉い人ですよね?」


無視。


「怖いですか?」


無視。


「すぐ人を斬ったりします?」


新八さんが振り返った。


「お主は少し黙っていられぬのか」


「緊張すると喋るんです」


「迷惑な癖だな」


「自覚はあります」


後ろの若者が言った。


「我らが殿は、面白いお方だぞ」


「それ、怖い人に使う言い方ですよね」


「頭が切れる」


「もっと怖くなった」


「若い」


「へえ」


「お主と同じくらいではないか」


「本当に?」


少し意外だった。


俺はもっと年配の大名を想像していた。


「名は?」


尋ねた。


若者が答えようとした瞬間。


新八さんが先に口を開いた。


「伊達藤次郎政宗様」


足が止まった。


俺の。


完全に。


後ろの若者がぶつかった。


「おい、急に止まるな」


聞こえなかった。


伊達藤次郎政宗。


知っている。


知っているどころではない。


何冊も本を読んだ。


ゲームでも使った。


旅行までした。


ついさっき。


いや。


俺の感覚では、ついさっきまで。


そのゆかりの地を巡っていた。


独眼竜。


伊達政宗。


その名前が。


今。


目の前にある。


「……よりによって」


声が漏れた。


「何だ?」


新八さんが聞き返す。


俺は顔を上げた。


そして。


心の底から言った。


「よりによって、この人かよ……」


「何か言ったか?」


「何でもありません!」


そう答えたが。


心臓は。


とんでもない速さで鳴っていた。


俺はまだ知らなかった。


この時、会いに行こうとしている男が。


俺の知る伊達政宗より。


遥かに若く。


遥かに面倒で。


そして。


俺の人生を根こそぎ変えてしまう男だということを。


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