第37話 裏切りは、今夜起きる
「七日後を待つ必要はない」
小十郎さんが。
紙を見ながら言った。
「裏切りは、今夜起きる」
俺は。
黙った。
政宗も。
紬も。
新八さんも。
誰も。
すぐには口を開かなかった。
俺は。
頭の中で。
数えた。
最初の予言。
七日後。
今は。
あと五日。
なのに。
今夜?
「……ずるくないですか」
俺が言った。
政宗が見る。
「何がだ」
「だって、七日後って言ったじゃないですか!」
全員が。
俺を見る。
「いや!」
俺は続ける。
「予言するなら約束守れよ!」
新八さんが。
本気で呆れた顔をした。
「敵に何を求めておる」
「だってそうでしょう! 七日後って言われたから、こっちは七日後を警戒するんですよ!」
小十郎さんの顔が。
変わった。
俺も。
言ってから。
気づいた。
「……あ」
政宗が。
少し笑う。
「気づいたか」
「最初から」
俺は。
紙を見る。
「七日後なんて、どうでもよかった?」
誰も。
否定しない。
俺は。
ゆっくり続けた。
「俺たちが七日後を気にする」
「うむ」
「誰が裏切るか考える」
「うむ」
「愛姫様、義姫様、紬、志乃……女を疑う」
紬が。
少し嫌そうな顔をした。
「それで」
俺は続ける。
「城の中がぐちゃぐちゃになったところで、本当にやりたいことを今夜やる」
小十郎さんが。
静かに頷いた。
「おそらく」
俺は。
腹が立った。
完全に。
踊らされている。
あの予言を見てから。
俺たちは。
ずっと。
誰だ。
誰が裏切る。
最愛とは誰だ。
女とは誰だ。
そんなことばかり。
「最悪だ」
俺は呟いた。
政宗が。
「そうだな」
と答えた。
珍しく。
本当に。
珍しく。
同意した。
「で」
俺は聞く。
「どうするんです」
政宗が。
笑った。
嫌な笑い。
「敵が見たいものを見せる」
「……またですか」
「まただ」
「もう嫌ですよ、この騙し合い」
「なら帰れ」
「追放されてるから帰る場所がないって何回言わせるんです!」
紬が。
少し笑った。
俺は。
この状況で笑えるなら。
まあ。
まだ大丈夫かもしれない。
少なくとも。
俺よりは。
◇
作戦は。
すぐ決まった。
表向き。
政宗は。
愛姫様を迎えに。
北の古堂へ向かう。
未来人である俺も。
一緒。
護衛は新八さん。
紬も。
なぜか。
ついてくる。
「なぜかって何」
紬が言った。
「だって」
「家来」
「あと何日でしたっけ」
「十三日」
「本当に数えてる!」
しかも。
正確。
たぶん。
俺より覚えている。
「でも」
俺は言う。
「危険ですよ」
「拓真も行く」
「俺は餌なんです!」
「知ってる」
「もっと心配して!」
「心配してる」
俺は。
黙った。
あまりにも。
普通に言われたから。
「……今、何て」
「もう言わない」
「ちょっと待って!」
「うるさい」
また。
逃げられた。
本当に。
この人。
ずるい。
新八さんが。
横から。
「行くぞ」
と言う。
「何です、その嫌そうな顔」
「お前たちを見ていると疲れる」
「まだ何もしてないでしょう!」
「しておる」
「何を!」
「知らん」
雑!
◇
夜。
偽の一行が。
先に城を出た。
政宗本人に似た体格の武士。
顔は。
暗くて見えない。
俺らしい服を着た男も。
乗っている。
「あれ」
俺は。
遠くから見て。
少し傷ついた。
「俺の役の人、俺より強そうじゃないです?」
新八さんが。
「当然だ」
と答えた。
「当然!?」
「お前より弱い兵を探す方が難しい」
「言い過ぎ!」
紬が言う。
「でも本当」
「お前まで!」
俺たちは。
その一行と。
別の道へ入った。
政宗は。
城に残る。
つまり。
今ここにいるのは。
俺。
紬。
新八さん。
それから。
数人の兵。
小十郎さんは。
別の場所。
城内の内通者を。
見張る。
「これ」
山道を歩きながら。
俺は言った。
「作戦、漏れたら終わりですよね」
新八さんが。
「ああ」
と答える。
「誰が知ってるんです?」
「殿。小十郎様。俺。お前。紬。あとは限られた兵」
俺は。
黙った。
多い?
少ない?
分からない。
でも。
また。
嫌な気持ちになった。
誰を。
疑う。
また。
それだ。
「拓真」
紬が呼ぶ。
「何です」
「顔」
「もう顔の話は禁止!」
「暗い」
「夜だからでしょう!」
「違う」
紬は。
俺を見る。
「誰を疑うか考えてた」
俺は。
答えなかった。
「やっぱり」
「……はい」
正直に。
言う。
「嫌になりますね」
「何が」
「誰かと話すたびに」
俺は。
少し笑った。
「この人が漏らしてるかもって考えるの」
紬が。
黙った。
「紬だって」
俺は言う。
「また疑われるかもしれない」
「慣れてる」
「そういうこと言うな」
少し。
強くなった。
紬が。
俺を見る。
「何で」
「嫌だからです」
「拓真が?」
「はい」
「また自分のため」
「そうですよ!」
もう。
開き直った。
「俺は自分が嫌な気分になるから、嫌なことは嫌って言います!」
紬が。
少し。
笑った。
「勝手」
「知ってます」
「面倒」
「知ってます!」
新八さんが。
前から。
「静かにしろ!」
と怒鳴った。
俺たちは。
黙った。
二人で。
少しだけ。
笑った。
◇
北の古堂。
着いた時。
俺は。
拍子抜けした。
敵。
いない。
火。
ない。
死体。
ない。
争った跡。
ない。
そして。
中に。
一人の女性が立っていた。
愛姫様。
俺は。
ほとんど直接話したことがない。
政宗の妻。
俺なんかより。
ずっと偉い。
その人が。
一人。
静かに。
立っていた。
拘束されていない。
怪我も。
見える範囲ではない。
「愛姫様」
新八さんが。
すぐに膝をつく。
俺も。
慌てて。
何となく。
真似した。
紬は。
少し遅れて。
頭を下げた。
愛姫様が。
俺たちを見る。
「殿は?」
最初の言葉。
俺は。
少し驚いた。
自分のことじゃない。
政宗。
最初に。
そこ。
「城です」
俺が答える。
新八さんが。
俺を見る。
「あ」
しまった。
俺が先に答えていいのか。
でも。
愛姫様は。
怒らなかった。
むしろ。
ほんの少し。
安心したように。
息を吐いた。
「よかった」
俺は。
立ち上がる。
「いや、よくないですよ!」
新八さんが。
「拓真」
と低く呼ぶ。
でも。
止まらなかった。
「一人で来たんですよね?」
愛姫様が。
俺を見る。
「ええ」
「何でです!」
「呼ばれたからです」
「それは知ってます!」
「ならば」
「そういうことじゃない!」
俺は。
頭を抱えた。
また。
偉い人に。
普通に怒ってる。
俺。
命。
大丈夫かな。
でも。
今さらだ。
「政宗様を守るためですか」
聞いた。
愛姫様は。
少し。
黙った。
「ええ」
やっぱり。
「だからって一人で来たら!」
「あなたも」
愛姫様が。
俺を見る。
「そうすると聞きました」
俺は。
黙った。
誰だ。
余計なこと。
言ったの。
紬が。
隣で。
小さく笑った。
「お前か!」
「私は言ってない」
「じゃあ誰!」
新八さんが。
「今はそこではない」
と怒る。
分かってる。
分かってるけど。
恥ずかしい。
愛姫様が。
少しだけ。
笑った。
その顔。
思ったより。
若い。
いや。
実際。
若い。
俺は。
勝手に。
政宗の奥方というだけで。
もっと。
何でも分かってる大人みたいに。
思っていた。
でも。
この人も。
まだ。
若い。
怖かったはずだ。
たぶん。
「志乃は?」
新八さんが聞く。
愛姫様の笑みが。
消えた。
「来ませんでした」
「では、誰が」
「誰も」
俺は。
嫌な感じがした。
「待ってください」
古堂を見る。
愛姫様。
一人。
誰もいない。
「じゃあ」
喉が。
少し乾く。
「何のために呼んだんです」
誰も答えない。
愛姫様が。
ゆっくり。
袖の中へ手を入れた。
新八さんが。
一瞬。
身構える。
出てきたのは。
紙。
いや。
書状。
かなり。
きちんとした。
「それ」
新八さんの顔が変わる。
「殿の軍議書では」
俺は。
愛姫様を見る。
愛姫様は。
否定しなかった。
「持ち出したんですか」
俺が聞く。
「ええ」
「誰にも言わず?」
「ええ」
新八さんの顔。
険しい。
紬も。
愛姫様を見る。
「何で」
俺は聞いた。
「これを持ち出したんです」
愛姫様は。
しばらく。
黙った。
それから。
「確かめるためです」
「何を」
「誰が」
愛姫様が。
軍議書を見る。
「私に、殿の軍議書を盗ませようとしているのか」
俺は。
分からなかった。
「どういう意味です」
「三日前から」
愛姫様は続けた。
「私の部屋に、紙が届いていました」
俺たち。
誰も。
知らない。
「何て」
「殿は」
声。
少し震えた。
初めて。
「あなたを信用していない、と」
俺は。
息を止めた。
「あなた?」
愛姫様が。
自分を指す。
「私です」
ああ。
そうか。
「殿は、あなたを最愛とは思っていない」
愛姫様が。
静かに続ける。
「いずれ捨てる」
「……」
「あなたは、殿の弱点にすぎない」
嫌な言葉。
本当に。
嫌な。
「そして」
愛姫様は。
軍議書を持ち上げる。
「信じられないなら、殿しか知らぬ情報を持ち出してみろ、と」
俺は。
腹が立った。
「で、持ち出したんですか」
声。
少し。
きつかった。
愛姫様が。
俺を見る。
「ええ」
「何で!」
新八さんが。
「拓真!」
と止める。
でも。
俺は。
止まれなかった。
「そんなの相手の思う壺でしょう!」
「分かっています」
「分かってて!」
「でも」
愛姫様の声が。
初めて。
少し強くなった。
「知りたかったのです」
俺は。
黙った。
「何を」
「私が」
愛姫様は。
軍議書を握る。
「本当に殿に信じられているのか」
静かになった。
俺は。
何も言えなかった。
ああ。
そっか。
簡単じゃない。
政宗の妻。
だから。
絶対。
信じ合ってる?
そんなわけ。
ない。
人間だ。
不安になる。
疑う。
怖くなる。
自分が。
大事なのか。
役に立つから置かれてるだけなのか。
俺だって。
同じだ。
政宗に。
面白いから。
使われてるだけなんじゃないか。
そう思うこと。
ある。
「それで」
俺は。
少し。
声を落とした。
「確かめられました?」
愛姫様は。
笑った。
弱く。
「いいえ」
その笑い。
少し。
痛かった。
「むしろ」
続ける。
「自分が何をしているのか、分からなくなりました」
新八さんが。
軍議書を見る。
「これは」
「一部だけです」
「外へ渡したのですか」
長い沈黙。
そして。
愛姫様は。
頷いた。
俺の背中が。
冷えた。
「誰に」
新八さんが聞く。
「分かりません」
「どこへ」
「指定された場所へ」
「いつ」
「今朝」
完全に。
やってることだけ見れば。
裏切りだ。
政宗の軍議書。
無断で持ち出し。
一部を。
城外へ。
誰にも言わず。
敵へ。
渡した。
「拓真」
紬が。
小さく呼ぶ。
「はい」
「これ」
分かってる。
裏切り?
違う?
目的は。
政宗を守るため?
でも。
情報は漏れた。
結果。
誰かが。
危険になるかもしれない。
人間の行動って。
本当に。
目的だけじゃ。
決められない。
俺は。
愛姫様を見る。
愛姫様も。
俺を見ていた。
そして。
静かに。
聞いた。
「あなたは」
「はい」
「未来を知っているのでしょう」
嫌な予感。
「では」
愛姫様の目が。
まっすぐ。
俺を見る。
「教えてください」
俺は。
息を止めた。
「私は」
少し。
震える声。
「殿を裏切る女ですか?」
俺は。
答えられなかった。
知っている。
歴史を。
少しだけ。
でも。
目の前の人間の。
心なんて。
未来人でも。
分からない。
俺は。
長い沈黙の末。
やっと。
口を開いた。
「分かりません」
愛姫様の顔が。
少し。
曇った。
「でも」
俺は続けた。
「今のあなたが、裏切ったかどうかなら」
軍議書を見る。
愛姫様を見る。
「それは」
一度。
息を吸った。
「政宗様に聞くしかないと思います」
その時。
古堂の外で。
足音がした。
一人。
ゆっくり。
近づいてくる。
新八さんが。
刀を抜いた。
紬が。
俺の袖を掴む。
俺も。
息を止めた。
そして。
戸の向こうから。
声がした。
「愛」
愛姫様の顔が。
変わった。
俺は。
その声を。
知っている。
伊達政宗だった。




