第36話 政宗の妻・愛姫が消えました
「愛姫様が、姿を消されました!」
兵の声が。
部屋に響いた。
俺は。
すぐに政宗を見た。
政宗は。
動かなかった。
いや。
正確には。
ほんの一瞬だけ。
目が変わった。
それだけ。
「いつだ」
声は。
静かだった。
「今朝までは、お部屋に」
「最後に姿を見たのは」
「侍女でございます」
「誰だ」
兵が。
言葉に詰まる。
嫌な予感。
ものすごく。
嫌な。
「申せ」
政宗の声が。
低くなった。
「先ほど姿を消した、侍女にございます」
志乃。
また。
あの女。
俺は。
思わず紬を見た。
紬は。
何も言わない。
ただ。
唇を強く噛んでいた。
「部屋を見ます」
俺が言った。
新八さんが。
ものすごく嫌そうな顔をした。
「なぜお前が決める」
「だって!」
「お前は追放中だ」
「まだ言うんですか!」
こんな時まで。
いや。
こんな時だからか。
表向きの設定は。
大事なんだろうけど。
でも。
今は。
「政宗様!」
俺は呼ぶ。
政宗が見る。
「愛姫様の部屋、調べさせてください」
「なぜだ」
「さらわれたのか、自分で出たのか。それくらいは分かるかもしれない」
小十郎さんが。
静かに言った。
「私も同意します」
新八さんが。
小十郎さんを見る。
「よろしいのですか」
「拓真殿は、戦う以外には時々役に立ちます」
「時々!?」
俺は傷ついた。
「もっとありますよね!?」
紬が。
「ない」
と。
即答した。
「お前は黙ってろ!」
こんな時なのに。
政宗が。
少しだけ。
笑った。
でも。
すぐに。
「行け」
と言った。
「はい」
「拓真」
「何です」
「何か見つけろ」
「無茶言わないでください!」
「見つけぬなら行く意味がない」
「それはそうだけど!」
本当に。
理不尽。
◇
愛姫様の部屋は。
綺麗だった。
綺麗すぎる。
俺の部屋とは。
全然違う。
「拓真」
紬が言う。
「何」
「比べた?」
「何と」
「自分の部屋」
「何で分かるんです!」
「顔」
また顔。
もう嫌だ。
「ちなみに」
俺は言う。
「俺の部屋が汚いんじゃなくて、ここが綺麗すぎるんです」
「言い訳」
「違う!」
「汚い」
「あなたが物を勝手に捨てるからでしょう!」
「いらない物」
「いるんです!」
後ろから。
小十郎さんの咳払い。
「お二人とも」
「はい」
「すみません」
怒られた。
俺たちは。
部屋を見る。
争った跡。
ない。
壊れた物。
ない。
布団。
整っている。
窓。
少し開いている。
「さらわれた感じじゃないですね」
俺が言う。
新八さんが。
「見ただけで分かるのか」
「分かりません」
「なら言うな」
「でも!」
俺は。
部屋を見回す。
「人を無理矢理連れていくなら、もっと何かありません?」
「口を塞ぎ、担げばよい」
「怖いこと普通に言わないで!」
この時代。
本当に。
何でもありだ。
「ただ」
小十郎さんが。
机を見る。
「愛姫様は、何も持たずに出たわけではなさそうです」
「何で分かるんです」
「小箱が一つありません」
「小箱?」
「手紙や印などを収めるものです」
俺は。
考える。
自分で。
必要な物を持った?
なら。
やっぱり。
「自分から出た?」
紬が言った。
小十郎さんは。
「可能性はあります」
と答えた。
「でも」
俺は。
少し。
嫌なことを考えた。
「脅されて、自分から行った可能性もありますよね」
部屋が。
静かになる。
そう。
選んで出た。
だから。
自由とは限らない。
誰かを守るため。
何かを隠すため。
一人で行くしかなかった。
そういうことも。
ある。
「紬」
俺が呼ぶ。
「何」
「何で俺を見るんです」
「見てない」
「今、絶対見た」
「自意識過剰」
「嘘だ!」
だって。
紬も。
一人で志乃に会いに行こうとした。
俺に黙って。
いや。
黙ってはいなかったか。
でも。
一人で行こうとした。
「言いたいことあるなら言ってください」
俺が言う。
紬は。
少し。
笑った。
「ほら」
「何が」
「あんたが嫌いなやつ」
「何です」
「誰にも言わず、一人で行く」
俺は。
黙った。
「……そうですね」
「怒る?」
「怒りますよ」
「愛姫様に?」
俺は。
少し考えた。
「会ったら」
答えた。
「たぶん」
「身分、分かってる?」
「分かってますよ!」
政宗の妻。
俺より。
ものすごく偉い。
「でも」
俺は続ける。
「一人で危ないことする人、多すぎるんですよ!」
新八さんが。
俺を見る。
小十郎さんも。
紬も。
「何です、その顔」
新八さんが言った。
「お前が言うな」
「俺は別です!」
「何が」
「俺は仕方なく!」
紬が言う。
「餌になろうとした」
「それは!」
小十郎さんまで。
「何度か」
「数えないで!」
本当に。
この陣営。
自分を囮にしたがる人が。
多すぎる。
俺。
政宗。
紬。
今度は愛姫様。
「もう」
俺は頭を抱えた。
「誰か普通に安全な場所から指示する人いないんですか!」
「殿」
小十郎さんが答える。
「政宗様が一番最初に自分を餌にしようとしたでしょう!」
駄目だ。
この家。
◇
その時。
紬が。
部屋の隅で止まった。
「拓真」
「何です」
「これ」
畳の端。
いや。
板の隙間。
細い。
紙。
挟まっている。
「落とした?」
「分からない」
紬が。
取る。
小十郎さんに渡す。
俺は。
読めないから。
顔を見る。
小十郎さんの。
表情が変わった。
「何て書いてあるんです」
答えない。
「小十郎さん」
「……殿を」
低い声。
「守りたければ、北の古堂へ来い」
俺の背中が。
冷える。
「誰宛て?」
「名はありません」
「でも」
紬が言う。
「愛姫様が読んだ?」
「その可能性は高いです」
俺は。
ため息を吐いた。
「やっぱり自分から行ったんだ」
「拓真殿」
小十郎さんが言う。
「まだ決まったわけでは」
「分かってます」
でも。
たぶん。
行った。
政宗を守るため。
一人で。
「馬鹿だ」
思わず。
口から出た。
新八さんが。
俺を見る。
「誰が」
「愛姫様」
小十郎さんが。
少し目を見開く。
「拓真殿」
「だって馬鹿でしょう!」
俺は。
止まらなかった。
「一人で行って! 捕まったら! 政宗様の弱点が増えるだけじゃないですか!」
「拓真」
紬が。
少し笑う。
「何です」
「本当に同じこと言う」
「誰と」
「私の時」
俺は。
黙った。
そうだ。
同じだ。
俺。
紬にも。
言った。
一人で行くな。
捕まったら。
どうする。
「……だから何です」
「別に」
「その笑い方やめて!」
◇
政宗に。
全部報告した。
愛姫様は。
自分から出た可能性が高い。
北の古堂。
呼び出し。
政宗は。
黙って聞いた。
そして。
「馬鹿だな」
と言った。
俺は。
政宗を見る。
「同じこと言いました?」
「何を」
「俺も言いました」
「愛に?」
「本人には言ってません!」
「なら言えばよい」
「言えるか!」
身分差。
考えてほしい。
でも。
政宗の顔。
怒っている。
間違いなく。
「殿」
小十郎さんが言う。
「すぐに兵を」
「駄目だ」
政宗が止めた。
俺は。
思わず。
「何で!」
と声を出した。
「相手は見ておる」
「誰かが?」
「当然だ」
政宗は。
机の上の紙を見る。
「大勢動けば、愛が危うくなる」
それは。
分かる。
「じゃあ」
俺は言う。
「少人数で」
「俺が行く」
俺は。
目を閉じた。
やっぱり。
「何でそうなるんですか!」
「愛を迎えに行く」
「あなたまで行ったら相手の思う壺でしょう!」
「では放っておけと?」
「そうじゃない!」
「ならどうする」
俺は。
言葉に詰まった。
難しい。
本当に。
小十郎さんが言う。
「殿はここに」
「小十郎」
「私が参ります」
「お前も駄目だ」
「なぜです」
「お前を狙っている可能性もある」
小十郎さんが黙る。
新八さんが。
「では俺が」
「駄目だ」
「なぜです」
「拓真の護衛」
俺は。
「そこは別の人でいいでしょう!」
と叫んだ。
新八さんが。
「傷ついた」
と言う。
「嘘つけ!」
紬が。
小さく笑う。
でも。
空気は。
重い。
どうする。
誰が行く。
誰を信じる。
誰を残す。
全部。
相手が。
そこまで考えて。
仕掛けている気がした。
「これ」
俺は言った。
「愛姫様を助けるだけじゃないですよね」
政宗が見る。
「何だ」
「誰を動かすか」
俺は。
一人ずつ見る。
「誰が城を出るか。誰が残るか。誰を疑うか」
小十郎さんの目が。
少し鋭くなる。
「相手は見てる」
「でしょうね」
「ならば」
政宗が言う。
「見せてやればよい」
嫌な顔。
また。
何か考えた。
「何を」
「俺が行くところを」
「だから駄目だって!」
「実際には行かぬ」
俺は。
止まる。
「あ」
「偽の一行を出す」
小十郎さんが。
すぐに理解する。
「殿が古堂へ向かったと見せる」
「うむ」
「相手が動けば」
「炙り出す」
俺は。
少し感心した。
悔しいけど。
この人。
やっぱり。
頭いい。
「拓真」
「はい」
「お前も行け」
「何で!?」
やっぱり!
感心した俺が馬鹿だった!
「未来人が同行していると見せれば、食いつくかもしれぬ」
「また餌じゃないですか!」
「安心せよ」
「その言葉嫌いです!」
「今回は」
政宗が。
笑う。
「紬もつける」
俺は。
紬を見る。
紬が。
「嫌」
と言った。
「即答するな!」
「拓真がうるさい」
「俺のせい!?」
新八さんが。
ため息をつく。
小十郎さんまで。
少し笑った。
でも。
その時だった。
一人の兵が。
また。
部屋へ飛び込んできた。
「殿!」
「今度は何だ」
兵は。
息を切らしていた。
「愛姫様のお部屋から」
手に。
一枚の紙。
「さらに書付が!」
小十郎さんが受け取る。
読む。
そして。
顔が変わる。
「何て」
俺が聞く。
小十郎さんは。
ゆっくり。
答えた。
「七日後を待つ必要はない」
俺の背中が。
冷える。
「裏切りは」
少し。
間。
「今夜、起きる」
誰も。
笑わなかった。
予言の日まで。
あと五日。
でも。
敵は。
待つ気なんて。
最初から。
なかった。




