第33話 俺より先に、もう一人の未来人が奥州に来ていました
「あなた様より先に」
老人は言った。
「この奥州には、もう一人」
俺を見る。
「未来から来た者がおります」
俺は。
何も言えなかった。
いや。
正確には。
頭の中では。
色々な言葉が出ていた。
嘘だろ。
何で。
誰。
いつから。
男?
女?
何歳?
どこから来た?
何年から?
スマホ持ってる?
充電ある?
いや。
そこか?
そこじゃない。
でも。
最初に口から出たのは。
「……俺だけじゃなかったんだ」
それだった。
紬が。
俺を見る。
「何」
「いや」
「何、その顔」
「どんな顔です?」
「ちょっと悔しそう」
俺は。
即座に否定した。
「悔しくないです!」
「嘘」
「嘘じゃない!」
「じゃあ何」
「……」
答えられない。
実際。
少しだけ。
悔しかった。
ものすごく。
みっともない話だけど。
俺は。
未来から来た。
この時代で。
何もできない。
刀も使えない。
馬も下手。
農業も知らない。
水路だって。
最初は何も分からなかった。
でも。
それでも。
未来人。
ということだけは。
俺にしかないものだと思っていた。
それすら。
俺だけじゃなかった。
「最低ですね、俺」
呟く。
紬が言う。
「今さら」
「少しは否定してくださいよ!」
老人が。
困った顔をしていた。
新八さんも。
かなり嫌そうな顔。
楓は。
呆れている。
千代だけが。
本気で心配そうに俺を見ている。
「拓真さん」
「はい」
「大丈夫?」
「千代だけですよ、優しいの」
紬が言う。
「じゃあ私は帰る」
「そういう意味じゃない!」
老人が。
おそるおそる。
「あの」
俺たちは。
一斉に老人を見る。
老人が。
びくっとした。
しまった。
「すみません」
俺は頭を下げる。
「どうぞ、続けてください」
老人は。
少し迷ってから。
話し始めた。
◇
その未来人が。
奥州に現れたのは。
俺より。
およそ一年ほど前。
ただし。
どこから来たのか。
誰なのか。
誰も。
はっきりとは知らない。
「男ですか?」
老人が首を振る。
「分かりませぬ」
「女?」
「分かりませぬ」
「年齢は?」
「分かりませぬ」
「顔」
「分かりませぬ」
俺は。
だんだん。
苛立ってきた。
「何なら分かるんです!?」
老人が縮こまった。
「あ」
俺は。
すぐ謝る。
「すみません。怒鳴るつもりじゃ」
新八さんが言う。
「十分怒鳴っておる」
「分かってます!」
老人は。
それでも。
話してくれた。
その者は。
自ら姿を見せない。
商人。
僧。
旅人。
時には。
古参の家臣。
そういう人間を通じ。
少しずつ。
未来の話を流した。
「何を」
俺は聞く。
老人は。
俺を見る。
「織田信長は」
心臓が。
少し鳴った。
「天下を目前にして死ぬ」
俺は。
黙った。
「豊臣秀吉が」
老人は続ける。
「その後、天下を統べる」
紬が。
俺を見る。
俺は。
何も言わない。
「そして」
老人が。
さらに。
言う。
「徳川家康が、最後に天下を取る」
俺の喉が。
乾いた。
合っている。
俺が知っている歴史と。
同じ。
「伊達政宗は?」
俺は聞いた。
老人の顔が。
少し曇った。
「天下を取れぬ」
その一言が。
妙に。
重かった。
「豊臣に屈し」
老人が続ける。
「徳川にも従い」
少し。
間を置く。
「最後まで、天下人にはなれぬ」
俺は。
黙っていた。
知っている。
史実では。
そうだ。
伊達政宗は。
天下を取らない。
天下人にならない。
でも。
実際に。
政宗に会った。
あの。
二十歳の。
無茶振りばかりする男に。
まだ。
何も決まっていない。
目の前で。
笑う男に。
――お前は天下を取れない。
そう。
言われた気がして。
腹が立った。
「誰が」
気づけば。
言っていた。
「そんなこと決めたんです?」
老人が。
俺を見る。
「未来人が」
「違います」
「え?」
「未来を知ってる人間が言っただけでしょう」
自分でも。
少し。
熱くなっていた。
「未来がそうだったからって」
言う。
「これからも絶対そうなるとは限らない」
新八さんが。
俺を見る。
紬も。
「だって俺がいる」
言ってから。
少し恥ずかしくなる。
何か。
格好つけすぎた。
「いや」
慌てて。
付け足す。
「俺がいるから勝てるって意味じゃなくて! むしろ何もできないんですけど!」
新八さんが言う。
「知っておる」
「そこは少しくらい否定して!」
紬も。
「走れば転ぶし」
「今は関係ない!」
千代が。
小さく笑った。
老人も。
ほんの少し。
笑った。
俺は。
少しだけ。
落ち着いた。
「でも」
俺は言う。
「もう変わってる」
「何がです」
楓が聞く。
「俺がいること」
答えた。
「本来の歴史に、俺はいなかった」
「たぶん?」
紬が言う。
「たぶんじゃないですよ!」
「でも四百年以上前なんでしょ。覚えてないだけかも」
「俺が歴史上の人物だった可能性!?」
ちょっと。
怖くなる。
いや。
ない。
ないはずだ。
たぶん。
でも。
「そういう話じゃなくて」
俺は続ける。
「俺がここに来て、水路を見て、紬を拾って」
「拾われてない」
「今そこ否定する!?」
「自分でついてきた」
「倒れてたでしょう!」
「助けてなんて頼んでない」
「まだ言う!」
いつもの言い争い。
でも。
俺は続けた。
「千代を助けた。小鈴も。ほかのみんなも」
千代が。
俺を見る。
「これだって」
言った。
「元の歴史にあったか分からない」
静かになった。
「だったら」
俺は老人を見る。
「これからも変わるかもしれない」
老人は。
黙っていた。
長い。
沈黙。
それから。
「だからこそ」
と。
言った。
「恐ろしいのです」
俺は。
少し。
言葉に詰まった。
「若殿を」
老人は続ける。
「あなた様が変えてしまうのではないかと」
その言葉。
痛かった。
「良く?」
俺は聞く。
老人は。
首を振らなかった。
「悪く、かもしれませぬ」
俺は。
黙った。
そうだ。
当たり前だ。
変わる。
それが。
いい方向とは限らない。
俺がいるせいで。
政宗が。
本来より早く死ぬかもしれない。
国が滅ぶかもしれない。
誰かが。
余計に死ぬかもしれない。
「……嫌なこと言いますね」
俺は。
少し笑った。
老人が頭を下げる。
「申し訳ございませぬ」
「いや」
首を振る。
「正しいです」
そう。
正しい。
正しいから。
嫌なんだ。
◇
老人は。
もう一つ。
教えてくれた。
もう一人の未来人は。
こうも言ったらしい。
――伊達政宗に天下を取らせようとする者が現れる。
俺のこと?
「それ、いつ言ったんです」
「半年ほど前と」
俺は。
息を止めた。
半年。
俺が来る前。
「じゃあ」
千代が。
小さく言う。
「拓真さんが来ること、知ってたの?」
誰も。
答えられなかった。
俺も。
「そんなわけ」
言いかけて。
止まる。
未来人なら。
知っている?
俺が来ることを?
でも。
俺は。
歴史の教科書に載っていない。
少なくとも。
俺の知る未来では。
神谷拓真なんて。
戦国時代の伊達政宗の側近として。
載ってなかった。
「気持ち悪い」
紬が言った。
俺も。
同じことを思っていた。
「ですよね」
「拓真のことじゃない」
「今それ言う!?」
「もう一人の未来人」
「あ」
そっち。
ちょっと安心。
いや。
安心してる場合じゃない。
◇
老人を。
そのまま帰すことはできなかった。
新八さんの判断で。
寺の別の部屋に。
休んでもらった。
俺たちは。
残った。
俺。
新八さん。
紬。
千代。
楓。
誰も。
すぐに喋らない。
最初に口を開いたのは。
紬だった。
「拓真」
「何です」
「負けた?」
「何が」
「未来人として」
俺は。
本気で。
嫌な顔をした。
「言わないでくださいよ!」
「気にしてたから」
「気にしてません!」
「嘘」
「少しだけです!」
認めた。
もう。
無理だ。
楓が言う。
「別に二人いてもいいでしょ」
「簡単に言いますね」
「拓真より役に立つなら」
「比べるな!」
千代が。
「でも」
と。
言った。
「私は、拓真さんの方がいい」
俺は。
固まった。
「……え?」
千代が。
少し恥ずかしそうに。
「もう一人の人、知らないし」
「ああ」
そりゃそうだ。
一瞬。
期待した自分が。
悲しい。
紬が笑っている。
「何です」
「別に」
「絶対今笑った!」
「気のせい」
「くそっ!」
でも。
俺も。
少し笑った。
その時だった。
寺の外から。
馬の音。
一頭。
二頭。
複数。
新八さんが。
すぐに立った。
「動くな」
「誰です?」
「知らん」
刀へ手をやる。
俺の心臓が。
また。
速くなる。
戸が開いた。
現れたのは。
小十郎さんだった。
「拓真殿」
「小十郎さん!」
俺は。
本気で安心した。
「政宗様に報告を!」
「そのために参りました」
「もう一人の未来人が!」
「聞きました」
「早い!」
「老人から話を聞きましたので」
なるほど。
「で」
小十郎さんの後ろ。
人影。
「殿も来ております」
俺は。
嫌な予感がした。
「え」
次の瞬間。
政宗が。
普通に入ってきた。
「面白い」
第一声。
俺は。
頭を抱えた。
「やっぱりそれか!」
政宗は。
笑っている。
「もう一人の未来人」
「はい」
「そやつは、俺が天下を取れぬと申したのだな」
「らしいです」
「ならば」
にやり。
嫌だ。
もう。
絶対。
嫌なこと言う。
「競わせよう」
「何を?」
「未来人同士で」
政宗は。
楽しそうに。
言った。
「どちらの未来が正しいか」
俺は。
思い切り叫んだ。
「人の人生を競馬みたいに言うな!」
政宗が笑う。
「拓真」
「何です!」
「そやつは、俺が天下を取れぬと言った」
「はい」
「お前は?」
俺は。
言葉を止めた。
政宗が。
俺を見る。
真っ直ぐ。
「お前は、俺が天下を取れると思うか」
難しい。
知っている歴史では。
取れない。
でも。
今。
俺は。
この人の前にいる。
「分かりません」
正直に。
答えた。
政宗の眉が。
少し動く。
「でも」
続けた。
「取らせたいとは思ってます」
言ってから。
少し。
恥ずかしくなった。
政宗は。
黙った。
笑わない。
数秒。
そして。
「よし」
と言った。
「何がです」
「決まった」
「何が!」
「天下を取るぞ」
俺は。
頭を抱えた。
「軽い!」
「何がだ」
「そんな今日の夕飯決めるみたいに!」
「では重々しく言えばよいのか」
「そういう話じゃない!」
政宗は。
笑った。
でも。
その目だけは。
本気だった。
「拓真」
「はい」
「未来人が二人いるなら」
言う。
「片方は、俺が天下を取れぬ未来を知る」
「はい」
「ならばお前は」
俺を指差す。
「俺が天下を取る未来を作れ」
俺は。
しばらく。
何も言えなかった。
無茶振り。
史上最大。
電気より。
兵より。
水路より。
全部より。
大きい。
「……政宗様」
「何だ」
「未来人を万能だと思うな!」
俺が叫ぶ。
政宗は。
満面の笑みで。
答えた。
「知っておる」
そして。
少しだけ。
声を落とした。
「だから面白い」
俺は。
ため息をついた。
本当に。
最悪の主だ。
でも。
その時。
寺の外から。
一人の兵が駆け込んできた。
息を切らして。
政宗へ。
書状を差し出す。
「殿!」
「何だ」
「城下に」
兵は。
顔を青くしていた。
「未来を知る者から、触れが撒かれております!」
俺は。
嫌な予感がした。
「何て?」
兵が。
俺を見る。
そして。
言った。
「七日後」
静か。
「伊達政宗は、最愛の者に裏切られる、と」
誰も。
笑わなかった。
政宗だけが。
小さく。
「面白い」
と。
呟いた。




