第32話 「未来人は災いだ」という遺書が残されました
「今度は、お前が餌だ」
政宗が言った。
俺は。
一瞬。
言葉を失った。
それから。
叫んだ。
「だから何で毎回そうなるんですか!」
廊下に声が響いた。
政宗は平然としている。
小十郎さんもいる。
新八さんもいる。
そして。
なぜか少し離れたところに紬までいる。
「餌って!」
俺は続けた。
「もっと他に言い方ありません!?」
「囮」
「同じですよ!」
「撒き餌」
「悪化した!」
政宗が笑う。
本当に。
この男。
俺の命を何だと思っているのか。
「安心せよ、拓真」
「その言葉、最近全然安心できないんですよ!」
「死なぬようにはする」
「本当ですか」
「たぶん」
「たぶん!?」
紬が。
ぼそっと言う。
「よかったね」
「どこが!」
新八さんが腕を組んだ。
「お前は自分から餌になろうとするくせに、他人に言われると怒るのだな」
「自分で決めるのと強制されるのは違うでしょう!」
「同じだ」
「違う!」
「面倒な男だ」
「新八さんにだけは言われたくない!」
「なぜだ」
「何となくです!」
我ながら。
酷い反論だった。
でも。
それくらいしか出てこなかった。
◇
死んだ古参家臣。
名を。
長谷川宗直といった。
五十を越えた男。
先代から伊達家に仕え。
政宗が幼い頃から。
その成長を見てきた。
俺は。
ほとんど知らない。
会ったことも。
たぶん。
二度くらい。
顔も。
はっきり思い出せない。
でも。
その人は死んだ。
遺書を残して。
――伊達政宗を、未来人の災いから守るために死ぬ。
俺のことだ。
「俺が来なかったら」
気づけば。
口から出ていた。
「その人、死ななかったんですかね」
政宗が俺を見る。
小十郎さんも。
「拓真殿」
「分かってます」
俺は言った。
「俺が殺したわけじゃないって言いたいんでしょう」
小十郎さんは。
すぐには答えなかった。
その沈黙が。
逆に。
ありがたかった。
簡単に。
あなたは悪くありません。
そう言われたくなかった。
「でも」
俺は続ける。
「俺が来て。未来人だとか言って。携帯見せて。電気作れないって叫んで」
新八さんが言う。
「最後は必要か?」
「俺にとっては大事なんです!」
紬が。
少し笑う。
俺も。
ほんの少しだけ。
息を吐いた。
でも。
すぐに。
戻る。
「俺がいなかったら」
言った。
「少なくとも、あの遺書は書かれなかった」
政宗が。
静かに答えた。
「そうだな」
俺は。
顔を上げた。
優しい嘘。
言わないんだ。
この人は。
「だが」
政宗は続ける。
「お前が来なければ、水番の不正も、人買いも、あの娘たちも、俺は見落としていたかもしれぬ」
俺は黙る。
「一つ変われば、他も変わる」
「……」
「都合の悪いものだけを拾って、自分の罪にするな」
胸に。
刺さった。
優しくない。
でも。
少しだけ。
救われた。
「その言い方」
俺は言う。
「ずるいですね」
「またか」
「反論できない」
「なら俺の勝ちだ」
「すぐ勝ち負けにするな!」
政宗が笑った。
◇
「それで」
俺は聞いた。
「俺を餌にするって、具体的に何を」
政宗が答える。
「お前を追放する」
「はい?」
聞き間違いかと思った。
「何て?」
「伊達家から追い出す」
「待って待って待って!」
俺は立ち上がった。
「話が大きすぎません!?」
「座れ」
「今座ってる場合じゃない!」
「表向きだ」
「最初に言ってくださいよ!」
心臓に悪い。
本当に。
「俺が、お前を災いと判断したことにする」
政宗が言う。
「長谷川の死を受け、未来人を遠ざけた」
「はい」
「そう噂を流す」
小十郎さんが続けた。
「そして、拓真殿が伊達家を離れた時、誰が近づくかを見るのです」
「誰が?」
「敵」
「いや、それは分かります」
「あるいは」
小十郎さんの顔が。
少し硬くなる。
「拓真殿を排除したことで安心する者」
俺は。
嫌な感じがした。
「つまり」
「長谷川殿と同じ考えを持つ者は、一人とは限りません」
そうか。
遺書。
未来人は災い。
それは。
一人だけの考え?
違うかもしれない。
「でも」
俺は言った。
「長谷川さん、本当に内通者だったんですか」
誰も。
答えない。
「敵に情報を流した?」
「分からぬ」
政宗が言った。
「殺された可能性は?」
「ある」
「遺書を書かされた?」
「ある」
「自分で死んだ可能性も」
「ある」
全部。
ある。
何も。
分からない。
「最悪ですね」
「うむ」
「何で少し楽しそうなんです?」
「面白いからだ」
「人が死んでるんですよ!」
声が。
強くなった。
政宗の笑みが。
消えた。
しまった。
と思った。
でも。
言葉は。
もう出ていた。
「何でも面白がればいいってものじゃないでしょう」
空気が。
静かになった。
新八さんが。
俺を見る。
紬も。
俺は。
少し怖くなった。
でも。
撤回したくなかった。
「長谷川さんが」
続ける。
「本当にあなたを守ろうとして死んだなら」
政宗は。
黙っている。
「面白い話じゃない」
長い沈黙。
そして。
政宗が言った。
「そうだな」
俺は。
少し驚いた。
「え?」
「面白くない」
その声。
静かだった。
「俺のために勝手に死ぬ者がいる」
片目が。
冷たくなる。
「俺に何も言わずにな」
俺は。
初めて。
気づいた。
政宗も。
怒っている。
長谷川に?
敵に?
自分に?
たぶん。
全部に。
人間は。
本当に。
面倒だ。
◇
その日の午後。
追放の話が。
紬たちに伝わった。
大変だった。
「じゃあ私も行く」
紬。
即答。
「私も」
千代。
即答。
「飯は?」
楓。
そこ?
「待ってください!」
俺は頭を抱えた。
「これは表向きの追放なんです!」
紬が言う。
「知ってる」
「じゃあ何でついてくるんです!」
「家来だから」
俺は。
一瞬。
黙った。
嬉しい。
いや。
違う。
今はそこじゃない。
「でも一月だけでしょう!」
「あと十四日」
「また数えてる!」
千代が。
小さく言う。
「紬が行くなら、私も」
「危ないですよ」
「分かってる」
「本当に?」
「……あまり」
「正直!」
楓が。
ため息をつく。
「この三人だけ行かせたら、絶対まともに食べない」
「俺もいるんですけど!」
「だから」
「どういう意味です!?」
「拓真、料理できる?」
「……目玉焼き」
「めだまやき?」
「そうですよね!」
この時代には。
説明から始めないといけない。
俺は。
がっくりした。
そこへ。
小鈴が顔を出した。
「私も」
「駄目です」
即答した。
小鈴の顔が。
少し曇る。
「何で」
「体調戻ってないでしょう」
「でも」
「駄目」
「……」
「怒りました?」
「別に」
紬と同じだ。
嫌な予感。
「小鈴さん」
「何」
「別にって言う時、大体怒ってません?」
「知らない」
怒ってる。
絶対。
でも。
譲れない。
「元気になったら」
俺は言った。
「仕事頼みます」
小鈴が。
少しだけ。
顔を上げる。
「何」
「俺の部屋を勝手に探る人がいないか見張る」
新八さんが。
噴き出した。
小鈴は。
一瞬。
固まって。
それから。
ほんの少し笑った。
「分かった」
よし。
◇
翌朝。
俺は。
本当に屋敷を出た。
荷物。
少し。
紬。
千代。
楓。
そして。
新八さん。
「何で新八さんも?」
「護衛だ」
「表向き追放なのに、武将つけたら怪しまれません?」
「だから」
新八さんが。
ものすごく嫌そうな顔をした。
「俺も追放されたことになっておる」
俺は。
目を丸くした。
「何したんです?」
「お前の肩を持った」
「嘘でも申し訳ない!」
「本当だ」
「え?」
「お前を斬れと言われて断った」
俺は。
足を止めた。
「……嘘ですよね」
「表向きはな」
「びっくりさせないでくださいよ!」
新八さんが鼻で笑う。
でも。
俺は。
少し。
嬉しかった。
それを言うと。
絶対笑われるから。
黙った。
「拓真」
紬が呼ぶ。
「何です」
「顔」
「何」
「気持ち悪い」
「普通に嬉しかっただけですよ!」
「やっぱり気持ち悪い」
「ひどい!」
千代が笑う。
楓も。
少しだけ。
新八さんまで。
「何で全員笑うんです!」
俺たちは。
伊達家を追い出された。
表向きは。
未来人は災い。
政宗を惑わす。
伊達家を危うくする。
そういう理由で。
そして。
屋敷を出て。
半日。
何も起きなかった。
一日。
何も。
二日。
何も。
三日目。
泊まっていた古い寺に。
一人の老人が来た。
武士ではない。
僧でもない。
痩せた。
普通の老人。
俺を見るなり。
頭を下げた。
「神谷拓真殿」
「はい」
「少し、お話がございます」
新八さんが。
すぐに前へ出た。
「誰だ」
老人は。
答えなかった。
代わりに。
俺を見る。
「伊達政宗公から離れてくだされ」
俺の背中が。
冷えた。
「なぜです」
「あなた様が、おそばにおれば」
老人は。
震える声で言った。
「若殿は死にます」
俺は。
息を止めた。
「誰に聞いたんです」
老人は。
泣いた。
本当に。
泣いた。
「未来を知る者から」
俺の心臓が。
大きく鳴った。
未来を知る者。
俺以外に?
まさか。
そんな。
老人は。
続けた。
「あなた様より先に」
顔を上げる。
「この奥州には、もう一人」
俺を見た。
「未来から来た者がおります」
誰も。
すぐには。
何も言えなかった。
俺も。
ただ。
立っていた。
そして。
頭の中で。
一つだけ。
思った。
嘘だろ。
俺だけじゃ。
なかったのか。




