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『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第27話 紬は、人を殺したことがあると言いました

「私、たぶん、人を殺したことがある」


紬が言った。


俺は。


返事ができなかった。


部屋は静かだった。


夜。


灯り。


外では虫の声。


遠くで。


誰かが歩いている音。


なのに。


その一言だけが。


やけに大きく残っていた。


「……たぶん?」


やっと。


俺は聞いた。


紬が俺を見る。


「何」


「いや」


言葉を選ぶ。


ものすごく。


選ぶ。


こういう時。


何を言えば正解なんだ。


大丈夫。


君は悪くない。


仕方なかった。


そんな言葉が。


頭に浮かんだ。


でも。


全部。


軽い気がした。


「人を殺したことがある、じゃなくて」


俺は言う。


「たぶん、なんですね」


紬は。


少し黙って。


頷いた。


「死んだところを見てないから」


「……何があったんです」


「聞きたい?」


「聞いてほしくて来たんじゃないですか」


「別に」


「じゃあ帰ります?」


紬が俺を睨んだ。


「追い出すの?」


「いや、どっちなんですか!」


面倒くさい。


本当に。


でも。


少しだけ。


いつもの紬に戻った気がして。


安心した。


紬は。


膝を抱えた。


それから。


ぽつりと。


話し始めた。


「まだ、美緒だった頃」


俺は。


何も言わなかった。


その名前を。


俺から呼ぶのは違う気がした。


「父親が死んで」


紬は続ける。


「母親も、その後すぐ死んだ」


「病気?」


「分からない」


「そうですか」


「何で死んだかなんて、どうでもよかった」


その言葉。


冷たい。


でも。


たぶん。


冷たく言わないと。


話せないのだと思った。


「親戚の家に行った」


「はい」


「邪魔だった」


「……」


「飯が一人分増えるから」


俺は。


言葉を飲み込んだ。


かわいそう。


なんて。


言いたくなかった。


紬は。


そんな言葉を聞くために来たんじゃない。


「それで?」


「売られた」


あっさり。


言った。


本当に。


あっさり。


「最初は奉公だって言われた」


「……はい」


「飯を食べさせてもらえる。寝る場所もある。働けばいいって」


紬が。


少しだけ笑った。


嫌な笑いだった。


「嘘だった」


俺は。


拳を握った。


「志乃がいた?」


「いた」


「水番役人も?」


「たまに」


「じゃあ」


「質問ばっかり」


「すみません」


「別に」


また。


沈黙。


俺は。


待った。


急がせない。


そう決めた。


「何人かいた」


紬が言う。


「私みたいな子」


千代。


小鈴。


砦にいた少女たち。


俺の頭に。


顔が浮かんだ。


「逃げようとした子もいた」


「どうなったんです」


「知らない」


「……」


「次の日には、いなくなってた」


聞かない方がよかったかもしれない。


でも。


聞いた。


紬は。


話した。


「私も逃げた」


「はい」


「一回目は捕まった」


その声が。


少しだけ。


震えた。


「殴られた?」


紬は答えない。


答えないということが。


答えだった。


俺は。


腹が立った。


誰に。


もう。


名前も知らない誰かに。


「二回目」


紬が続ける。


「男に連れていかれた」


「どこへ」


「山の向こう」


「一人で?」


「うん」


「何のために」


紬が。


俺を見た。


その目で。


俺は。


聞いたことを後悔した。


「……すみません」


「謝るなら聞かないで」


「はい」


「でも」


紬が。


目を逸らす。


「売るためだったと思う」


俺は。


何も言わなかった。


言えなかった。


「途中で」


紬は続ける。


「崖があった」


「はい」


「雨の後で。道がぬかるんでて」


声が。


だんだん。


遠くなるようだった。


まるで。


今ここにいる紬ではなく。


昔の美緒が。


話しているみたいに。


「男が私の腕を掴んでた」


「……」


「痛くて」


「はい」


「離してって言った」


「……」


「でも離さなかった」


紬の指が。


自分の手首を掴む。


「だから」


そこで。


止まった。


俺は。


待った。


長かった。


本当に。


長かった。


「押した」


紬が言った。


「男を」


俺は息を止める。


「押したら」


「はい」


「落ちた」


「崖から?」


頷いた。


「声がした」


「……」


「すぐ、聞こえなくなった」


俺は。


何も言えなかった。


「下を見た?」


「見てない」


「戻った?」


「戻ってない」


「誰かに話した?」


「話してない」


「じゃあ」


俺は。


ゆっくり。


「死んだかどうかは分からないんですね」


紬の顔が。


変わった。


「そういうこと言わないで」


「え?」


「死んでないかもしれないって?」


声が。


鋭くなる。


「そう言いたいの?」


「いや」


「私を楽にしたい?」


「違います」


「じゃあ何」


「分からないことは、分からないって言ってるだけです」


紬が。


俺を睨んだ。


「ずるい」


「何がです」


「拓真はずるい」


「いや、何で」


「普通こういう時」


声が震える。


「悪くないって言うでしょう」


俺は。


黙った。


「仕方なかったって」


紬が言う。


「生きるためだったって」


「……」


「何で言わないの」


俺は。


困った。


本当に。


困った。


「俺には」


言った。


「紬が悪かったかどうかなんて、決められません」


紬の顔が。


固まった。


そして。


すぐに。


怒った。


「じゃあ何で聞いたの!」


声が。


部屋に響いた。


「何で聞いたの!」


「紬が話し始めたからでしょう!」


「じゃあ途中で止めればよかった!」


「止められますか!」


俺も。


声を上げた。


「こんな顔で来られて! 人を殺したかもしれないって言われて! はいそうですか、もう寝ますってできますか!」


「できるでしょ!」


「できませんよ!」


「何で!」


「後味悪いからです!」


言ってから。


しまったと思った。


でも。


もう遅い。


紬が。


俺を見る。


「自分のため?」


「そうです!」


もう。


開き直った。


「紬が苦しんでるの知って、そのまま寝られるほど俺は図太くないんですよ!」


「優しいふり」


「違います!」


「じゃあ何!」


「俺が嫌なんです!」


声が。


出た。


「自分が嫌な気持ちになるから! 紬が一人で抱えてるの知ってて、知らないふりする自分が嫌なんです!」


静かになった。


俺も。


息が荒い。


紬も。


黙っている。


「だから」


俺は。


少し声を落とした。


「正義じゃないです」


「……」


「俺は別に立派じゃない」


「知ってる」


「そこは否定してくださいよ」


「無理」


「本当にそういうところ!」


紬の口元が。


少しだけ動いた。


笑ったのか。


泣きそうなのか。


分からない。


「じゃあ」


紬が言う。


「私が人殺しでも?」


俺は。


すぐには答えなかった。


それが。


たぶん。


紬には気に入らなかった。


「ほら」


「待ってください」


「もういい」


「待ってって!」


立ち上がろうとした紬の袖を。


俺は掴んだ。


紬が睨む。


「離して」


「嫌です」


「離せ」


「嫌です!」


「何で!」


「話の途中だから!」


「終わった!」


「俺は終わってません!」


紬が。


本気で怒っている。


俺も。


腹が立っている。


でも。


離さなかった。


「俺は」


言った。


「もし紬が、本当に人を殺してたとしても」


喉が。


少し乾く。


「今すぐ嫌いにはなれません」


紬が。


黙った。


「だって」


俺は続ける。


「今の紬を知ってるから」


「何を知ってるの」


「口が悪い」


「……」


「人の魚を食べる」


「……」


「荷物を勝手に捨てようとする」


「それ今いる?」


「大事です」


「いらない」


「でも」


少し。


笑った。


「千代を助けに走った」


紬の目が。


揺れた。


「小鈴が苦しんでたら人を呼びに行った」


「……」


「村で泥まみれになって働いた」


「……」


「夜に飯を隠す」


「それ言うな」


「まだ隠してます?」


「黙って」


「ほら」


俺は。


少しだけ。


笑った。


「そういう紬を知ってる」


紬は。


何も言わない。


「だから」


俺は言う。


「昔の一つだけで、全部決めたくないです」


「でも」


「はい」


「死んでたら?」


「分かりません」


「またそれ」


「分からないんだから仕方ないでしょう!」


紬が。


少しだけ。


笑った。


本当に。


ほんの少し。


「馬鹿」


「はい」


「慰めるの下手」


「知ってます」


「普通、もっと優しいこと言う」


「俺に期待しすぎです」


「してない」


「傷つくなあ」


しばらく。


二人とも。


黙った。


その沈黙は。


さっきまでより。


少しだけ。


苦しくなかった。


「拓真」


「何です」


「私」


紬が。


ゆっくり言う。


「逃げた時、千代を置いていった」


「はい」


「男を押した」


「はい」


「その後も、何度も嘘をついた」


「はい」


「だから」


声が。


また。


小さくなる。


「いい人じゃない」


俺は。


少し考えた。


「俺もです」


「何が」


「いい人じゃない」


「知ってる」


「だからそこは!」


紬が。


今度こそ。


笑った。


声を出して。


少しだけ。


俺も笑った。


夜。


静かな部屋。


二人。


何も解決していない。


男が死んだかもしれない。


死んでいないかもしれない。


紬の罪悪感も。


消えていない。


でも。


それでいいのかもしれない。


全部。


一晩で。


綺麗になるわけがない。


人間は。


そんなに簡単じゃない。


「もう帰ります?」


俺が聞く。


紬は。


少し考えて。


「もう少しいる」


「そうですか」


「何」


「いや」


「気持ち悪い顔」


「普通にしてます!」


「気持ち悪い」


「ひどいな!」


その時だった。


廊下の向こうから。


足音。


新八さんの声。


「拓真。起きているか」


「起きてます」


戸が開く。


新八さんが。


俺と紬を見る。


そして。


ものすごく。


嫌な顔をした。


「……何だ」


「何って?」


「なぜ夜中に二人でいる」


俺と紬が。


同時に言った。


「違います!」


「違う」


新八さんが。


さらに嫌そうな顔をした。


「俺は何も聞いておらぬ」


「その顔やめてください!」


紬が。


俺の横で。


吹き出した。


俺は。


頭を抱えた。


「それで何です?」


新八さんの表情が。


変わった。


真面目になる。


「今」


手に持っていた。


小さな紙を。


俺へ渡す。


「門前に置かれていた」


「何です、これ」


「紬宛てだ」


紬の笑いが。


消えた。


「私?」


俺は。


紙を見る。


読めない。


新八さんが。


低い声で言った。


「こう書かれている」


紬が。


息を止めた。


俺も。


「――美緒へ」


その昔の名。


そして。


次の言葉。


「お前が崖から落とした男は」


新八さんが。


一度。


言葉を止めた。


「まだ生きている」


紬の顔から。


血の気が引いた。


紙には。


続きがあった。


「会いたければ」


新八さんが読む。


「明日の夜、一人で来い」


俺は。


紬を見る。


紬は。


震えていた。


ほんの少し。


でも。


確かに。


そして。


最後には。


たった一文字。


名前が書かれていた。


――志乃。


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