第22話 水路の泥から、燃やされたはずの帳簿が出てきました
「先に言っておきます」
村へ向かう道すがら。
俺は振り返った。
紬。
千代。
楓。
三人がいる。
「今日は遊びじゃないですからね」
紬が言った。
「知ってる」
千代が言った。
「うん」
楓は。
「誰が遊びだと思ってるの」
と言った。
「いや、ほら。念のためですよ」
「一番役に立たなそうな人が言ってる」
楓が真顔で言う。
「会ってまだ二日ですよね!?」
「二日あれば分かることもある」
「早すぎません?」
横で紬が頷く。
「分かる」
「お前は味方だろ!」
「一月だけ」
「まだそれ言う!?」
千代が。
小さく笑った。
最近。
少しずつ。
本当に少しずつだが。
笑うようになった。
それはいい。
ものすごくいい。
ただ。
笑われている対象が。
ほぼ俺なのが気に入らない。
「それで」
楓が聞いた。
「水路を直すって、何するの」
「泥を掻き出します」
「それだけ?」
「今のところは」
「未来の知恵は?」
「ありません」
「ないの?」
「ないです」
「未来人なのに?」
俺は立ち止まった。
「みんな未来人を何だと思ってるんですか!」
「何でも知ってる人」
千代が答える。
「違います!」
「じゃあ何を知ってるの」
「え」
聞かれる。
考える。
「……コンビニの便利さとか」
「こんびに?」
「ですよね!」
この時代では何の役にも立たない。
俺は頭を抱えた。
楓がぼそっと言った。
「本当に役に立たなそう」
「聞こえてますからね!」
◇
村へ着くと。
平助さんが。
俺たちを見て固まった。
正確には。
俺ではない。
後ろの三人を見ていた。
「……何だ」
「何って」
「なぜ増えた」
「俺に聞かないでください」
「お前が連れてきたのだろう」
「まあ、そうなんですけど」
平助さんの視線が。
紬へ。
千代へ。
楓へ。
そして。
また俺へ戻る。
「未来では、娘を拾い集める習わしでもあるのか」
「あるわけないでしょう!」
紬が言った。
「こいつが勝手に拾うだけ」
「お前まで何言ってるんです!」
楓も。
「間違ってはない」
「楓さん!?」
千代まで笑っている。
四面楚歌。
俺。
主のはずなのに。
誰も敬ってくれない。
「まあよい」
平助さんが言った。
「人手が増えるのは助かる」
「ほら」
俺は言った。
「ちゃんと役に立ちますよ」
平助さんが俺を見る。
「お前以外はな」
「俺も働く!」
◇
水路掃除が始まった。
最初。
俺は思っていた。
紬は力仕事。
楓は料理。
千代は。
まあ。
応援?
そんな感じだろうと。
間違っていた。
人間というものは。
外から見ただけでは分からない。
まず紬。
強い。
思っていた以上に。
泥を掻き出す。
石を運ぶ。
草の根を抜く。
俺が二人がかりで持ち上げようとした石を。
「どいて」
と言って。
一人で動かした。
「……俺、男として自信なくすんですけど」
「最初からないでしょ」
「ひどい!」
次に楓。
楓は泥に入らなかった。
代わりに。
村人たちへ聞き始めた。
「ここの水、いつから流れが悪いの」
「三年ほど前からだ」
「雨が降った時は」
「上から一気に来る」
「その時、どこの田が最初に溢れる?」
「東の三枚だな」
「じゃあ、そっちの畦も直した方がいい」
俺は。
少し離れたところから見ていた。
普通に。
俺より有能だった。
「何ですか、あれ」
平助さんに聞く。
「知らん」
「俺、未来人なのに負けてません?」
「何に勝つつもりだった」
「分かりません」
そして千代。
一番意外だった。
作業が始まってしばらくすると。
村の子供たちが集まってきた。
以前もいた。
俺を珍しそうに見ていた子たちだ。
その子供たちが。
千代のところに集まった。
最初は。
千代の方が。
怯えていた。
「どうしよう」
俺に聞いてくる。
「何がです」
「子供がいる」
「見れば分かります」
「いっぱい」
「それも分かります」
「どうしよう」
「何で俺に聞くんです!」
すると。
一人の男の子が。
千代の袖を引っ張った。
「姉ちゃん」
千代が。
びくっとする。
「何」
「これ、どうするの」
小さな籠。
泥を運ぶためのもの。
千代は。
困った顔で。
俺を見る。
俺も分からない。
平助さんを見る。
平助さんが、
「それくらい自分で考えろ」
という顔をしている。
嫌な大人だ。
結局。
千代は。
子供たちと一緒に。
小さな石や草を運ぶことになった。
そして。
一刻もしないうちに。
完全に馴染んでいた。
「走らないで!」
「姉ちゃん遅い!」
「転ぶから!」
「姉ちゃんも転んだ!」
「言わないで!」
俺は。
少し笑った。
千代がこちらに気づく。
「何ですか」
「いや」
「笑った」
「笑ってません」
「笑った!」
「気のせいです!」
紬が横から言った。
「拓真はいつも人の失敗を笑う」
「お前が言うな!」
俺が何回転んだと思ってる。
ほぼ全部。
笑ってたじゃないか。
◇
昼を過ぎた頃。
俺は。
水路の中で。
完全に後悔していた。
「腰痛い……」
泥。
重い。
臭い。
終わらない。
どれだけ掻き出しても。
また泥。
「未来人」
平助さんが呼ぶ。
「はい」
「もう休むのか」
「休んでません!」
「座っておるぞ」
「これは戦略的休憩です!」
「何だ、それは」
「疲れる前に休むことで効率を保つんです」
「今思いついたでしょ」
楓が言った。
「はい」
「正直だな」
平助さんが笑う。
俺は。
水路の壁へ背中を預けた。
空を見る。
青い。
こうしていると。
少しだけ。
平和だ。
つい数日前まで。
人買い。
燃える砦。
刀。
そんなことばかりだった。
今は。
泥。
水路。
村人。
子供たちの笑い声。
悪くない。
こういう日が。
続けばいい。
本気で。
そう思った。
「拓真!」
紬の声。
「何です」
「これ」
見る。
紬が。
水路の泥の中から。
何かを引っ張り出していた。
黒い。
汚れている。
布?
いや。
違う。
「油紙?」
俺は近づいた。
何重にも巻かれている。
泥の中。
しかも。
かなり深い場所に埋まっていた。
「誰かが捨てた?」
楓が聞く。
平助さんの顔が変わった。
「待て」
低い声。
「そこは」
「何です」
「前に、水番の役人が来た場所だ」
全員。
黙った。
俺の背中が。
少し冷えた。
「紬」
呼ぶ。
紬も。
顔が変わっていた。
水番。
自分を売った男。
その記憶。
「開けます?」
俺が聞く。
誰もすぐには答えなかった。
やがて。
楓が言った。
「開けなきゃ意味ないでしょ」
強い。
この人。
「そうですね」
俺たちは。
油紙を広げた。
中から出てきたのは。
濡れているが。
形を保った。
紙の束。
帳簿。
だった。
「これ」
俺は言う。
「燃やされたはずの?」
平助さんが首を振る。
「分からん」
「読めます?」
「少しなら」
紙を広げる。
米。
村。
日付。
名前。
数字。
俺には。
全部は読めない。
でも。
小十郎さんに見せるべきものだ。
それくらいは分かった。
その時。
紬が言った。
「ここ」
「何です」
指差す。
一つの文字。
俺には読めない。
「何て書いてあるんです」
「伊達」
空気が。
止まった。
「伊達?」
「うん」
平助さんが。
帳簿を覗き込む。
顔色が変わった。
「これは……」
「何です?」
「兵の数だ」
「え?」
「この村ではない。伊達家の兵」
俺は。
意味が分からなかった。
いや。
少しして。
理解した。
米。
水。
村。
少女たち。
それだけじゃない。
帳簿には。
伊達家の兵数。
いつ。
どこへ動くか。
誰が何人連れるか。
そんなことまで。
記されていた。
「何で」
俺は呟いた。
「水番役人が、こんなこと知ってるんです?」
誰も答えない。
答えられない。
でも。
一つだけ。
分かった。
これは。
村の悪役人一人で終わる話じゃない。
もっと大きい。
もっと深い。
伊達家の中に。
誰かいる。
情報を。
外へ流している人間が。
俺は。
帳簿を見た。
そして。
嫌なことに気づいた。
一番新しい記録。
そこに。
書かれていた日。
それは。
俺が。
伊達政宗と初めて会った。
あの日だった。
そして。
その横には。
もう一つ。
名前があった。
「小十郎さん……?」
俺が呟く。
そこに書かれていたのは。
片倉小十郎景綱。
その名だった。




