表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/20

第14話 政宗様、人が売られています

「もう一人」


紬が言った。


「私と一緒に売られた子。まだ、生きてるかもしれない」


その言葉を聞いて。


俺はすぐに、


「助けよう」


と言いかけた。


でも。


言えなかった。


いや。


正確には。


喉まで出た言葉を、飲み込んだ。


助ける。


簡単な言葉だ。


ものすごく簡単だ。


だが、どこにいる?


誰に売られた?


まだ生きているのか?


そもそも、俺に何ができる?


刀も使えない。


馬にもまともに乗れない。


水路に入れば転ぶ。


伊達家での役職すらよく分からない。


そんな俺が。


何も考えず。


助ける。


そう言っていいのか。


紬は俺を見ていた。


何も言わない。


期待もしていないような顔だった。


むしろ。


俺が黙ったことで、


――やっぱり。


そう思ったように見えた。


それが。


嫌だった。


「紬」


「何」


「その子の名前は?」


少し間があった。


「……千代」


「千代」


「たぶん、本当の名前じゃない」


「そうなんですか」


「人買いがそう呼んでた」


腹の奥が。


嫌な感じに重くなる。


人買い。


二〇二六年の日本にいた俺には。


本の中にある言葉だった。


歴史の中の話。


テレビの時代劇に出てくる悪役。


現実感なんてなかった。


でも。


今は違う。


目の前に。


実際に売られた少女がいる。


「どんな子です?」


「私より少し年下」


「それだけ?」


「……」


紬が黙る。


「言いたくないなら」


「よく泣く」


「え?」


「すぐ泣く。歩けないって泣く。腹が減ったって泣く。帰りたいって泣く。夜になると怖いって泣く」


紬は。


少しだけ。


不機嫌そうに言った。


でも。


その声は。


いつもの尖ったものではなかった。


「面倒くさい子ですね」


俺が言うと。


紬が俺を睨んだ。


「何」


「いや」


「千代は悪くない」


「分かってますよ」


「じゃあ言うな」


「だって紬がすごく面倒くさそうに説明するから」


「面倒だった」


「やっぱり」


「でも」


紬が。


言葉を止めた。


長い沈黙。


それから。


「私より、弱かった」


と。


小さく言った。


その一言で。


大体分かった。


だから。


気になるのだ。


紬は。


自分より弱かった千代を。


置いてきてしまった。


きっと。


ずっと。


気にしている。


「屋敷へ戻りましょう」


小十郎さんが言った。


俺は顔を上げる。


「政宗様に?」


「はい」


「今すぐ?」


「今すぐです」


声が静かだった。


静かすぎて。


逆に怖い。


新八さんも何も言わない。


俺は頷いた。


「分かりました」


それから。


紬を見る。


「帰りましょう」


「……うん」


珍しく。


素直に頷いた。


     ◇


屋敷へ戻ったのは。


日が傾き始めた頃だった。


俺は疲れていた。


尻が。


特に。


尻が。


「もう馬嫌だ……」


馬から降りた俺は、本気で呟いた。


隣で紬が言う。


「下手だから」


「うるさい」


「馬にも嫌われてた」


「見てたんですか」


「ずっと斜めに進んでた」


「俺のせいじゃない!」


「じゃあ馬のせい?」


「……たぶん」


「最低」


「馬を庇うな!」


小十郎さんが振り返る。


「お二人とも」


「はい」


「元気ですね」


「どこがです!」


「うるさい」


「紬はどっちの味方なんですか!」


「自分」


即答だった。


強い。


この子。


戦国時代を生き抜くだけはある。


「殿がお待ちです」


小十郎さんが言う。


俺の胃が。


少し痛くなった。


政宗。


報告。


人買い。


水番役人。


少女たちが売られた。


どんな顔をするだろう。


笑う?


いや。


さすがに笑わない。


でも。


あの人は。


俺の感覚とは違う。


戦国時代の大名だ。


俺が許せないことを。


仕方ないと言うかもしれない。


戦国の世だから。


そういうものだ。


そう言われたら。


俺は。


どうする?


「拓真」


紬が呼んだ。


「何です」


「顔、変」


「元からです」


「そうじゃなくて」


珍しい。


紬が俺の顔色を気にした。


「怖いの?」


「少し」


「伊達政宗が?」


「それもあります」


「それも?」


俺は答えなかった。


紬も。


それ以上聞かなかった。


     ◇


「人が売られております」


小十郎さんの報告が終わるまで。


政宗は。


一度も口を挟まなかった。


それが。


妙だった。


いつもなら。


途中で聞く。


『なぜだ』


『誰が』


『面白い』


だが。


今日は。


黙っていた。


部屋には。


政宗。


小十郎さん。


新八さん。


俺。


そして紬。


紬は俺の少し後ろに座っている。


政宗が聞いた。


「確かなのか」


「紬の証言だけです」


俺が答えた。


小十郎さんが俺を見る。


あ。


言い方まずかったか?


でも。


事実だ。


「水番役人が米を要求し、それを出せぬ村から人を出させた。紬は、そう言っています。ただ」


一度。


言葉を切る。


「証拠は、まだありません」


政宗は紬を見る。


「そなた」


「何」


新八さんの顔が引きつった。


まだ。


その口の利き方に慣れていないらしい。


俺はもう慣れた。


悲しいことに。


「人買いへ売られたのだな」


「そう」


「誰に売られた」


「水番」


「名は」


「知らない」


「顔は」


「覚えてる」


「今、見れば分かるか」


「分かる」


政宗は頷いた。


それから。


俺を見る。


「拓真」


「はい」


「お前は、どうしたい」


予想していなかった。


「俺?」


「そうだ」


「いや、どうしたいって」


「その娘」


政宗は紬を見る。


「そして、千代という娘を」


俺は黙った。


どうしたい。


そんなの。


「助けたいです」


答えた。


考える前に。


口から出た。


「千代が生きてるなら、助けたい」


「なぜだ」


「なぜって」


詰まった。


なぜ。


知り合いでもない。


会ったことすらない。


千代。


名前しか知らない。


それなのに。


「……後味が悪いからです」


新八さんが俺を見る。


小十郎さんも。


紬も。


「立派なこと言えればいいんですけど」


俺は続けた。


「正義とか。未来人として許せないとか。でも、違います」


政宗は黙っている。


「俺が嫌なんです。紬から話を聞いたのに、何もしなくて。後で、その子が死んでいたと知るのが」


「自分のためか」


「そうです」


「随分と勝手だな」


「はい」


正直に答えた。


すると。


政宗が。


ほんの少し。


笑った。


今日。


初めてだった。


「気に入った」


「え?」


「人は皆、己のために動く」


政宗は言う。


「忠義も。情けも。仇討ちも。天下取りもな」


一瞬。


その言葉が。


妙に重く聞こえた。


「だが拓真」


政宗が俺を見る。


片方の目。


まっすぐ。


「助けると言うなら、その後まで考えろ」


「その後?」


「人買いから助けた。終わり。ではない」


黙った。


「その娘はどこで暮らす」


「……」


「誰が食わせる」


「……」


「誰が守る」


「……」


「お前が救ったと言って手を放せば、また誰かに売られるかもしれぬぞ」


言い返せなかった。


俺は。


助けることしか。


考えていなかった。


助けた後。


その子がどう生きるか。


そこまで。


考えていなかった。


「政宗様」


「何だ」


「そういうところ」


「何だ」


「二十歳に見えないですよね」


「斬るぞ」


「すみません!」


紬が。


ふっ、と笑った。


空気が。


ほんの少し。


緩んだ。


「で」


政宗が言う。


「どうする」


俺は考えた。


もし。


千代を助けたら。


行く場所がないなら。


「俺が」


言った。


「俺が面倒見ます」


紬が顔を上げる。


小十郎さんも。


政宗は。


意外そうな顔をしなかった。


まるで。


そう言うと分かっていたように。


「飯も。寝る場所も。仕事も」


「お前に何がある」


「何もないです」


「ないのか」


「ないです」


「ではどうする」


「政宗様に頼みます」


「俺か!」


初めて。


政宗が大きな声を出した。


ちょっと気持ちいい。


「何で俺が!」


「俺を拾ったの政宗様でしょう!」


「拾っておらぬ!」


「同じようなもんですよ!」


「俺がいつお前を道端から拾った!」


「山で捕まって連れてこられました!」


「それは新八だ!」


全員が新八さんを見る。


「なぜ私を!」


可哀想。


でも。


面白い。


紬まで笑っている。


さっきまでの重い空気が。


少しだけ。


変わった。


政宗はため息をついた。


「よかろう」


「え?」


「ただし」


来た。


嫌な言葉。


「何です」


「見つけた後は、お前の家来とせよ」


「またですか!」


「紬一人も二人も同じだ」


「全然違いますよ!」


紬が言う。


「私は一月だけ」


「ほら!」


「まだ十日も経っておらぬ」


政宗が言った。


「数えてるんですか?」


「面白いからな」


「暇なの?」


「紬!」


俺と新八さんが同時に叫んだ。


政宗は。


しばらく黙って。


それから。


大笑いした。


本当に。


この人は。


よく分からない。


「小十郎」


「はっ」


笑いが止まる。


政宗の声が変わった。


「水番を洗え」


「承知」


「本人だけではない」


「と申しますと」


「一人で長くやれることではなかろう」


小十郎さんの目が細くなる。


「背後に誰かいる、と?」


「あるいは、黙っている者がいる」


政宗は地図を見た。


「役人。村役。商人。人買い。どこまで腐っているか分からぬ」


俺は。


ぞっとした。


俺は一人の悪い役人を想像していた。


でも。


そうじゃない可能性がある。


仕組み。


関係。


誰かが売る。


誰かが買う。


誰かが運ぶ。


誰かが見て見ぬふりをする。


人間は。


面倒だ。


本当に。


一人の悪人を倒せば終わるなら。


どれだけ楽だろう。


「拓真」


「はい」


「お前は千代という娘を探せ」


「え?」


「やるのだろう」


「……はい」


「ならばやれ」


「簡単に言いますね」


「いつものことだ」


「開き直った!」


政宗は笑った。


「ただし勝手に動くな。新八をつける」


「え」


新八さんが嫌そうな顔をした。


俺も。


「何です、その顔」


「いや」


「嫌なんですか」


「お前といると疲れる」


「俺もですよ!」


「ならばお互い様だな」


「よかったですね」


紬が言った。


「よくない!」


俺と新八さんの声が重なる。


政宗が笑う。


小十郎さんは。


また目を閉じた。


この人。


最近。


本当に心を無にすることが増えた。


「明朝」


政宗が言った。


「まず水番役人の居所を押さえる」


俺は頷いた。


「そこから」


政宗は続ける。


「人買いの行方を吐かせろ」


紬の顔が。


少しだけ。


強張った。


俺は。


彼女を見る。


「紬」


「何」


「千代」


一度。


息を吸う。


「探しましょう」


紬は。


すぐには答えなかった。


俺を見て。


政宗を見て。


新八さんを見て。


小十郎さんを見て。


そして。


小さく。


「……うん」


と答えた。


それだけだった。


でも。


たぶん。


初めて。


紬が。


俺たちを。


ほんの少し。


信じた気がした。


その夜。


俺は眠れなかった。


明日。


役人を捕らえる。


人買いを探す。


千代を探す。


怖い。


正直。


すごく怖い。


でも。


それ以上に。


思った。


どうか。


生きていてくれ。


会ったこともない。


顔も知らない少女に。


俺は。


何度も。


そう願った。


そして。


翌朝。


俺たちが水番役人の屋敷へ踏み込んだ時。


そこには。


誰もいなかった。


代わりに。


庭には。


まだ温かい。


大量の灰だけが残されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ