表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第12話 紬、お前その村を知ってるのか

朝。


俺は飯を食っていた。


白い米。


味噌汁。


漬物。


昨日までは、それだけだった。


今日からは違う。


目の前に。


敵がいる。


「……」


俺は見る。


紬も見る。


俺。


紬。


そして。


間に置かれた焼き魚。


昨日。


俺はこいつに魚を奪われた。


忘れてはいない。


恨んでもいない。


でも忘れてはいない。


人間というものは、食べ物の恨みだけは案外長く覚えている。


「紬」


「何」


「先に言っておきます」


「うん」


「それ、俺のです」


紬が焼き魚を見る。


「名前書いてない」


「魚に名前書く人いないでしょう!」


「じゃあ誰のか分からない」


「俺の前に置いてある!」


「たまたま」


「そんな偶然あります!?」


紬は黙って魚に箸を伸ばした。


俺も伸ばす。


箸と箸がぶつかった。


「……」


「……」


睨み合う。


その横で。


新八さんが味噌汁を飲んでいた。


「朝から元気だな」


「助けてくださいよ!」


「嫌だ」


「即答!」


「犬も食わぬ何とやらだ」


「どういう意味です?」


「自分で考えろ」


「絶対ろくな意味じゃないでしょう!」


紬が隙をついて魚を取った。


「あっ!」


一口。


食べた。


「……美味しい」


「俺の魚!」


「美味しい」


「感想は聞いてない!」


俺が叫ぶと。


少し離れた場所で食事をしていた小十郎さんが静かに目を閉じた。


最近よく見る。


あれはたぶん。


何も聞こえないことにしている顔だ。


「小十郎さん!」


「何でしょう」


「この侍女、俺の魚食べました!」


「家来です」


紬が訂正した。


「そこは今どうでもいい!」


小十郎さんが言う。


「もう一尾、用意させましょうか」


「そういう問題じゃないんですよ!」


「では、どのような問題です」


俺は口を開いた。


閉じた。


何だろう。


改めて聞かれると分からない。


「……心の問題です」


「難しいですね」


「絶対面倒くさくなって投げましたよね?」


紬が笑った。


昨日より。


少し。


笑うようになった。


本当に少しだけど。


それでまあ。


魚くらい。


いいか。


とは。


思わない。


次は絶対守る。


     ◇


食事の後。


俺たちは上流の村へ向かう準備をしていた。


俺。


小十郎さん。


新八さん。


護衛が三人。


そして。


「何で紬もいるんです?」


俺が聞くと。


紬は俺を見る。


「家来だから」


「一月限定でしょう」


「そう」


「しかも俺たち、遊びに行くわけじゃないですよ」


「知ってる」


「村同士で死人まで出てるんです。危ないんですよ」


「だから?」


「だから、屋敷で待っててください」


「嫌」


「どうして!」


「暇だから」


「そんな理由で危険地帯について来ないで!」


紬は俺を無視して歩き始めた。


「あっ、ちょっと!」


追いかける。


その時だった。


小十郎さんが。


何気なく。


言った。


「これから向かう村は、山ノ瀬というそうです」


紬の足が止まった。


本当に。


一瞬だった。


でも。


俺は見た。


止まった。


「紬?」


「何」


「今」


「何」


「いや」


俺は首を傾げた。


気のせいか?


だが。


紬の顔から。


さっきまでの面倒くさそうな表情が消えていた。


「山ノ瀬って」


俺は言った。


「知ってるんですか」


「知らない」


早い。


答えが。


早すぎる。


俺は営業マンだった。


六年間。


客の嘘も。


上司の誤魔化しも。


後輩の、


『ほぼ終わってます』


が実際には半分も終わっていないことも。


何度も経験してきた。


だから分かる。


今のは。


怪しい。


「本当に?」


「本当」


「じゃあ何で止まったんです」


「止まってない」


「止まりました」


「止まってない」


「いや、止まった」


「しつこい」


「仕事なので」


「何の」


「あなたの主」


「一月だけ」


「今は主です!」


紬が睨む。


俺も見る。


睨み合い。


まただ。


最近こればっかりだ。


すると新八さんが言った。


「置いていけばよい」


俺と紬が同時に振り返る。


「何?」


「何です?」


新八さんが少し怯んだ。


「い、いや。危険なら置いていけばよかろうと」


「私は行く」


「何で?」


「勝手」


「理由になってない!」


紬は黙った。


俺は。


もう一度聞いた。


今度は。


少し声を落として。


「紬」


「……」


「その村、知ってるんですか」


「知らない」


「じゃあ、どうして行きたいんです」


返事はない。


「危ないかもしれないんですよ」


「知ってる」


「何で知ってるんです?」


しまった。


紬の顔が固まった。


俺も気づいた。


新八さんも。


小十郎さんも。


今。


紬は。


知っている、と言った。


「……」


沈黙。


人間は。


隠したいことを聞かれると。


怒ることがある。


俺もそうだ。


答えたくないのに。


答えろと言われて。


逃げ道がなくなると。


腹が立つ。


紬も。


そうだった。


「うるさい!」


突然。


怒鳴った。


俺は黙った。


「何であんたに言わなきゃいけないの!」


声が震えていた。


「私は一月だけここにいる! あんたの家来でも、本当の家来じゃない! 飯と寝る場所の代わりに働くだけ!」


「紬」


「家のことも、親のことも、どこにいたかも! あんたには関係ない!」


分かっている。


分かってる。


正論だ。


出会ってまだ何日だ。


家来。


侍女。


そんな名前をつけても。


俺と紬は。


ほとんど他人だ。


「……そうですね」


俺が言うと。


紬が黙った。


たぶん。


言い返されると思っていたのだろう。


「紬の言うとおりです」


「……」


「言いたくないなら、言わなくていい」


小十郎さんが俺を見る。


新八さんも。


でも。


続けた。


「ただし、今日は屋敷に残ってください」


「嫌」


「それは駄目です」


「何で!」


「知ってることを話せとは言いません。でも、危ないと知ってる場所に、理由も分からないまま連れていけません」


「子供扱いしないで!」


「子供でしょう!」


紬が俺を睨む。


しまった。


年齢。


聞いてなかった。


「ちなみに何歳です?」


「十七」


「子供じゃないですか!」


「二十八のじじいに言われたくない!」


「じじい!?」


人生で初めて。


二十八歳で。


じじいと言われた。


傷ついた。


ものすごく。


「俺、まだ二十代ですよ!」


「もうすぐ三十」


「まだ二年ある!」


「じじい」


「やめて!」


新八さんが笑った。


「笑わないでくださいよ!」


だが。


その笑いのおかげで。


少しだけ。


張り詰めていた空気が緩んだ。


本当に。


少しだけ。


紬が顔を逸らした。


そして。


ぽつりと。


言った。


「……いたから」


「え?」


「前に」


声が小さい。


聞き返したくなった。


でも。


待った。


「山ノ瀬に」


紬が言った。


「いたから」


誰も。


すぐには口を開かなかった。


「暮らしてたんですか」


俺が聞く。


紬は首を振った。


「少しだけ」


「どのくらい」


「分からない」


「そこで何かあった?」


答えない。


やっぱり。


そこから先は駄目らしい。


俺は聞くのをやめた。


すると。


小十郎さんが。


静かに尋ねた。


「水路について、何か知っていますか」


紬の肩が。


わずかに動いた。


「……知ってる」


俺たちは顔を見合わせた。


「何を」


小十郎さんが聞く。


紬は唇を噛んだ。


言いたくない。


でも。


言わなければいけない。


そんな顔だった。


「水が足りないんじゃない」


「え?」


俺が聞き返す。


紬は言った。


「上の村が、水を全部使ってるわけでもない」


「じゃあ何で下に流れないんです」


「止めてるから」


「それは聞きました」


「違う」


紬が俺を見る。


「村の人たちじゃない」


風が吹いた。


木の葉が揺れる。


誰も笑わない。


「誰が止めてるんです」


俺が聞いた。


紬は答えた。


「水番」


「みずばん?」


「水路を見る役人」


小十郎さんの表情が変わった。


「名は」


「知らない」


「顔は?」


「知ってる」


「なぜ水を止める」


紬が黙る。


それから。


小さく。


「米を出さない村には、水を流さないから」


と言った。


俺は。


一瞬。


意味が分からなかった。


「……米?」


「役人に米を渡すの」


紬は言う。


「渡した村に水を流す。渡さない村には流さない」


「賄賂?」


思わず。


現代の言葉が出た。


小十郎さんが眉を寄せる。


「わいろ?」


「ああ、いや。袖の下。個人的に物を渡して便宜を図ってもらうことです」


「なるほど」


その声。


怖かった。


穏やか。


静か。


なのに。


ものすごく怒っている。


「紬」


俺が聞く。


「それ、本当ですか」


「知らない」


「でも」


「私は見ただけ」


「何を」


「米を運んでるところ」


紬は顔を逸らした。


「それだけ」


たぶん。


それだけじゃない。


もっと知っている。


でも。


今は聞かない。


「小十郎さん」


「はい」


「これ、思ったより面倒ですね」


「そうですね」


「政宗様に報告します?」


「まだです」


珍しかった。


俺は小十郎さんを見る。


「証がない」


彼は言った。


「紬殿の話を疑うわけではありません。ですが、誰かを罰するなら確かな証が要る」


「なるほど」


正しい。


たぶん。


俺なら。


聞いた瞬間に怒って。


あいつが悪い。


捕まえろ。


そう言いそうだ。


でも。


人間は嘘をつく。


勘違いもする。


見えているものが全てではない。


だから。


確かめる。


面倒だ。


本当に。


「じゃあ」


俺は言った。


「見に行きましょう」


紬が顔を上げる。


「山ノ瀬に」


「……」


「嫌なら、紬は待ってても」


「行く」


即答だった。


「いいんですか」


「行く」


「怖くない?」


「怖くない」


嘘だ。


分かった。


でも。


言わなかった。


俺だって。


怖い時ほど。


平気なふりをする。


「じゃあ」


俺は笑った。


「一緒に行きましょう」


紬は。


少しだけ。


嫌そうな顔をして。


「勝手に決めないで」


と言った。


「今、行くって言ったでしょう!」


「それとこれとは別」


「何が違うんです!」


「うるさい」


「理不尽!」


小十郎さんが小さく笑った。


新八さんも。


紬まで。


ほんの少し。


笑っていた。


こうして。


俺たちは山ノ瀬村へ向かった。


水を巡る争い。


死人。


役人の腐敗。


そして。


紬の過去。


どう考えても。


面倒なことしか待っていない。


でも。


この時の俺は。


まだ知らなかった。


山ノ瀬村で。


紬を見た一人の男が。


顔色を変えて。


こう叫ぶことを。


「お前、生きていたのか」


そして。


その一言で。


紬が。


俺の後ろへ隠れることも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ