11.先生
あの日から数日経ったある日。僕は本社に出勤し、自身のデスクに向けて歩を進める。僕のデスクは大人数の部屋にある訳ではなく、僕とセラサイトの2人だけの部屋にある。
部屋の前に着き、扉を開けようとノブに手を掛けた時、中からセラサイトと誰かが話している声が聞こえた。
「ありがとう。この論文話題になってたから読んでみたくって」
「構わない。俺も読んでみたが、あまり話題になるようなことは書いていなかった」
「そっか。でも知識として頭に入れておきたいから」
僕はここだ!と思い、勢い良くノブを回し扉を開けた。
部屋の中には想像していた通りセラサイトと、男性が立っていた。アダマスの制服を着ていないため、会社の人間ではないのだろう。
それにしても、どこかで見たような顔をしている。
そんなことを考えていると、セラサイトが僕のことに気付き男性の横に立った。
「来たんですね。ご紹介します。彼が『先生』、ビオン・オーディ先生です」
その時僕は思い出した。ビオン・オーディ。何度かテレビやラジオで聞いたことがある。この国で一番大きな病院であるヴィグリード大学病院の医師であり、学会の学者でもある人だ。
でも、何故そんな凄い人がここに居るんだろう?って、そうではない。まずは挨拶。
「は、初めまして。僕は新幸翠です。セラサイトとはビジネスパートナーで……」
「君か。彼女が言っていた新しいパートナーというのは」
「え、えっと……はい」
僕がそう答えると、ビオンさんの纏う空気が一回り冷たくなったような気がした。僕は彼にあまり歓迎されていないようだ。
「セラ、君の決定に俺は口出ししたくはないが、会社の意向だからと何でも受けるのは、君にとって良い結果だとは思えない。現に……」
ビオンさんが僕を見つめる。人工的で達観しているようなそんな瞳、まるでセラサイトのような。
「彼は、ビオンが思う程頭は悪くない。あまりそういうことを他人に言わないで」
「だが、事実だろう。現に彼との仕事で君は怪我が増えた。ベリルと仕事をしていた時には起こらなかったことだ。セラ、俺から会社に再度ベリルとパートナーになるよう──」
「言わなくていい!」
ビオンさんの言葉を遮るようにセラサイトがそう叫んだ。そして、僕の元へと歩いてくると僕の手を掴む。
僕の手を引いて、セラサイトはビオンさんの前に立つ。
「私が決めたの。だから、ビオンは何もしなくていい。怪我が増えても、それだって経験だから。私にとっても、彼にとっても」
セラサイトがそう言うと、ビオンさんは呆れたようにため息をつき、僕を見つめた。まるでお前のせいだと言わんばかりの瞳で。
そして、ビオンさんはコツコツと足音を立てながら、部屋から出ていった。
「え、えっと、ビオンさんは会社の人なの?」
「彼は会社の人間ではない。けれど会社側から医術顧問として迎えている人ですよ」
「会社に言うって言ってたけど、そんなに顔が広いの?」
「まぁ、彼欲しさに会社が彼の執務室を本社に作ったくらいですから、会社が彼の言葉を無下に出来ないのは本当でしょうね」
セラサイトは目を瞑り1つため息をつくと、自身のデスクに向かって歩いていった。僕も自身のデスクに着くと、セラサイトの方を見て口を開いた。
「僕、嫌われてるみたい…」
「まぁ、そうでしょうね。彼は頭の悪い人間が嫌いですから。ですが、大丈夫ですよ。貴方が頭の悪くない人間だと証明出来ればいいんです。どんな方法でも……」
「それって意外と難しくない?」
僕の問いにセラサイトは手を顎に当てて考えていたが、ふと僕の方を見て微笑んだ。あの人工的で達観した笑みで。
「まぁ、貴方なら何とかなるでしょう」




