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神砕きの残光  作者: 爽夏=sayaka=
第一章:藤の刀
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013.午段瑪

陽が傾き、空が茜色に染まる。虫の鳴き声は賑やかで、様々な音色を奏でていた。

僅かに口角を上げ、穏やかな表情を保ったまま、真太は自分が死んだような眼をしているだろうなと虚ろに思う。

(隠せって言ったよな? 隠す気ねぇだろ?)

部屋の中はとても和やかだった。佳晴と貞宣が楽し気に談笑している。

話の内容は古典文学の話だ。

さて、一つ常識の話をしよう。一般に書物というのは高価なものである。まず、ある程度流通しているとはいえ、紙そのものが安くはない代物なのだ。年貢として納めたり、献上品として上納したり、褒美として下賜したりと金銭と同等に扱われている。

基本、紙に書かれるものは報告書だったり目録だったりと、記録として残さなければならないものが主だ。権利や金銭が絡むものは、後々揉めることが多く、シッカリとした記録があれば、その揉め事の数が減るため、紙の消費は其方に回されることが常だった。

その紙を何枚も使って糸で閉じた書物、もしくは長い紙を巻いて出来た巻物というのは、それだけでかなり価値があるというのは分かるだろう。

つまり、娯楽として書物にまとめられた物を集めたり、読んだりという行為は、かなり裕福な層でしか出来ないことなのだ。

正直、それなりに学があると自負している真太ですら、二人の話にはついて行けなかった。高尚過ぎるのだ。

高名な物語の題名や著者、大まかなあらすじだったら教養の範囲だろう。真太とて、有名どころならば、そのくらいは知っている。

だが、異説諸説等々網羅し、一家言あるなどと正気の沙汰じゃない。

それを非常に楽し気に論説しあうのだ。話している二人は楽しかろうが、ずっと聞いてるこっちの身になれば死んだ目になろうというもの。

目の前のお目付け奴的な爺やサマの反応はとチラリと見てみれば、好々爺の笑みの向こうで、油断のならない眼差しで佳晴を観察していた。

これはもう詰みというやつである。

(これで、本人、庶民に擬態してるつもりなんだからな……)

若様は若様であるという証左ではなかろうかと諦めつつ、無駄な足掻きをするかと、佳晴を主人、自分を従者とした設定を考えながら、目の前の二人の話を右から左へと聞き流していた。

さて、夕餉の支度が出来たと別室に案内され、食事が終わった後である。

案内された部屋を見て、改めて真太は終わったと認識した。

穏やかな香の薫りが漂う室内。畳のい草の色が若々しく、(ふち)には光の加減で市松模様が見える織飾りまである。畳縁(たたみへり)は無地でなかった。模様が入っていることに気付き、その格式の高さに愕然とする。

床の間に目を向ければ、見事な掛け軸がかけられ、花瓶には桔梗と萩の花が活けられていた。

「おや? この掛け軸は()の書聖の手ではあるまいか? こちらの花瓶も見事なものだな」

「よくご存じで。若様ご自慢の一品と伺っております」

部屋まで案内してくれた女中が和やかに佳晴に応える。その立ち振る舞いを見るに行儀見習いの上女中だろう。佳晴を客人として丁重に遇しているのがよくわかる。

値踏みするまでもなく、最初に通された部屋とは雲泥の差がある調度品の数々。上を見れば欄間の細工も見事なもので、真太は和やかな表情の下で、どうしてくれようと頭を抱えていた。

そう、欄間である。(ふすま)の上の木工細工のアレである。つまりは、続き部屋なのだ。

真太としては、佳晴の格の見積もりがどれほど高くなったのか想像したくもない気持ちでいっぱいだった。

従者設定が効いたのか、はたまた佳晴と貞宣の話に早々についていけなくなったことが読まれてたのか、側仕え用の小部屋まで貸し与えられている。

もう乾いた笑いしか出てこない。

そんな真太の心もつゆ知らず、佳晴は「貞宣殿に礼を伝えて欲しい」などと上女中に言付けを頼んでいた。

上女中が部屋を出て、二人きりになる。

なお、屋敷に入ってから感じていた監視の目は緩んでいない。

(だろうなぁ……どう考えても怪しいもんな)

正直、自分が屋敷側だとしても、目は離せないと思うと真太は溜息一つついて、切り替えた。

「若様」

丁寧に声をかけると、酷く嫌そうな表情を浮かべる佳晴。思わず笑みが深くなる。

此方を注視する佳晴に向って、声を出さず口だけゆっくり動かす。『遮蔽』と分かるように、ワザとらしく大きく口を動かした。

理解したのだろう、袖の中に両手を隠した佳晴が「『遮蔽』」と一言告げる。

やはり、昼間のようにキーンと耳鳴りに似た音が辺りに響いて、薄い膜が部屋を覆ったのが感じられた。

一拍置いて、余所行きの作った顔を崩した。

「馬鹿かオマエ?」

「開口一番それなのか?」

ヒクリと佳晴の口元が歪む。

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪ぃんだよ」

ガシガシと頭を掻きむしって真太は静かに吠えた。

「オレ言ったよな? 素性を隠せって」

佳晴は真太が言いたいことが、あまりよく分かってないのだろう。キョトンとした表情で告げる。

「姓は伝えていない」

「違げぇよ。この部屋見ても何も気付かないのか?」

「かなり立派な部屋に通されたな。この掛け軸は百余年も前の有名な書聖の手で……」

嬉々として話し始めた佳晴の声をワザとらしい咳払いで止める。

「若様は腐っても若様でしかあり得ねぇってことを改めて理解した」

「何故だろう? とても失礼なことを言われてる気がするのだが?」

「理解していただけて何よりだよ」

ケッと吐き捨てると、一つ息を吐いて切り替えた。

「どんくらいもつ? この『遮蔽』って奴」

真顔の真太に佳晴は軽く目を伏せて「妨害が入っているな」と呟いた。

「この程度なら問題ないが、私の心力の残量が危ういな。本嶺山でのアレがまだ尾を引いている……多めに見て一刻。半刻ならまず問題ない」

「なら、さっさと済ませようぜ」

ドカリと畳の上に座り込むと、懐から小銭を出してピンピンピンと弾いて畳に並べた。

「これが今いる午段瑪、こっちが穏波羅。で、この辺に富志箸があるはずだ」

西と東に午段瑪と穏波羅で小銭が並ぶ。午段瑪を示す小銭の上、北西方面に富志箸を示す小銭が飛んだ。

本嶺山を下山する際に貞宣から聞きだした情報を思い出して、佳晴も頷いた。

「鍛冶集落『富志箸』の噂は聞いたことがない。黒兄(くろにぃ)からも、だ」

佳晴は穏波羅で世話になった黒鋼屋の夫妻を思い出す。東西大小さまざまな鍛冶集落との取引をしていると自慢げに十数種類の割符を見せてもらったのも記憶に新しい。

その際、この割符が鍛冶集落との信頼の証で、持っているといないとでは、取引のしやすさに格段の違いがある事も教えてもらったのだ。これから進む西にある鍛冶集落の名を割符とともに教えてくれたのだが、富志箸の名は無かった。

「鉄や刀を作っているのに知られてねぇってことは、多分、藤関連のお抱えだった可能性が高い。面倒事の臭いしかしねぇんだよな」

唸る真太に佳晴は「あぁ」と夕餉の会食の席でのことを思い出す。

「そういえば夕餉の時に誘われていたな」

「あぁ、恩人だかなんだかで領主様と面会をって奴だろ? かなり怪しいんだよな」

「だが、貞宣殿から是非にと乞われてしまっている」

「断れねぇじゃん」

そう呟くと、小銭を取り出して、午段瑪を示す小銭よりもかなり西側に置く。

「戦の気配がしてるって言ってた国賀田(くにかだ)ってさ、西の藤彪(ふじとら)が潰れてガタついてるから色気を出した可能性が高い」

「となると茅魏(かやぎ)も危ないか」

佳晴も小銭を取り出して、午段瑪と国賀田の小銭の間に置いた。

「茅魏は藤彪(ふじとら)家と友誼を結んでいたはずだ。だが、その藤彪家が既にない」

「茅魏の動きが読めねぇから、出来れば通りたくねぇな」

富志箸を示す小銭の西を指さす。

「回り道でも箸喜納経由でやり過ごすのが最善なんだけどよ……」

「箸喜納に行くとなると富志箸行きが都合がいいな」

「すげぇ厄介事の臭いがする。こういうのは当たるんだ」

佳晴の言葉に真太が呻いた。

その真太の言葉が翌日には現実のものとなる。


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