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神砕きの残光  作者: 爽夏=sayaka=
第一章:藤の刀
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012.午段瑪

秋空が青く澄み渡っていた。太陽の日差しは温もりを感じ、吹く風に涼しさを覚える。

午段瑪(ごだんば)は、これから嶺山に向う者と、越えて来た者とで人通りが多く、目抜き通りには様々な店舗が並んでいた。また、旅人たちを目当てに広場では露天商たちが店を広げ、それを見るために人が集まり、祭りのような賑わいだった。

「屋敷に案内しよう。礼の一つもせずに帰したとあらば一門の名折れとなる」

そう貞宣が告げた時だった。

「坊ちゃま!」

皺だらけの顔に何処か悲壮さを滲ませて、貞宣に縋りついたのは一人の翁。

「無頼の輩と屋敷を出て行ったと聞き、どれだけ心配したかと思っていらっしゃるのですか。爺は、爺は……」

「爺。丁度良い、この少年らに世話になってな……」

心配で仕方がなかったと全身で告げる翁とは対照的に、貞宣の言葉は平時と変わらず、その二人の温度差は歴然としていた。

爺と呼ばれた翁はギロリと此方を鋭い目で見た。佳晴と真太、二人の少年の素性を計るかのような値踏みする眼差しに、佳晴が口を開こうとした瞬間、真太が前に出た。

「佳晴と真太にございます。山の中で難儀していたところを助けられたのは、私共とて同じことにございます。若様の存在は、大変心強うございました」

「貞宣様が世話になったようですな。当家の町屋敷が近くにありますので、お立ち寄り召されよ」

断るわけないよなと言わんばかりの言葉尻の強さに、少年二人は頷くしかなかった。

そして、連れてこられた町屋敷は、とても立派な門扉を構えた御屋敷だった。

案内された部屋に続く廊下から見える庭は砂利が敷き詰められていた。試し切りをするためだろうか、藁人形が数体立てられており、その向こうには、目隠しのように低木の木々が植えられている。葉の間から見える萩や水引の赤紫の花が彩を添えていた。山と違い麓では紅葉の時期がゆっくりなのだろう。微かに葉の先が色付いた(もみじ)が風に揺られて、その足元で桔梗や竜胆の青紫が並んでいた。

「此方でしばし休まれよ」

武骨な使用人に畳敷きの部屋へと通される。庭にも部屋にも人気(ひとけ)はない。調度品を眺めれば、高級ではないが丁寧に誂えた物で揃えられていた。

佳晴の後ろから部屋に入った真太は、障子を閉めると庭を背に唇を動かす。声に出さずに何かを唱えているようだ。その唇の動きに、佳晴は不可解なものを感じてジッと見つめる。

「『言の葉は揺蕩い、惑う音にて曖昧に』」

真太の口から零れた古語に佳晴は驚きを隠せなかった。

「若様、表情を変えるな。雑談してるように見せろ。監視が付いてる」

聞こえる言葉に心力が纏わりついている。声に心力を載せているのだ。つまりさっきの古語は、発動するための呪文(まじないぶん)といったところか。効果は、呪文から推測するに発する言葉の意味を他者に(さと)られないあたりだろうか。

「器用な……」

監視の事実よりも其方に驚く佳晴に、真太は眉根を寄せた。外からは表情が見えないと分かっているからだろう、遠慮がない。その見慣れた表情に安心している自分がいることを佳晴は感じていた。

「これ、めちゃ繊細で大変なんだからな」

恨めしそうな眼差しに、そんな面倒なことしなくてもと佳晴は両手を袖の中に隠して印を結ぶ。

「『遮蔽』」

ぐんっと小太刀に心力が喰われ、パッと周囲に散っていく。キーンと耳鳴りに似た音が辺りに響いて、部屋を覆った。

「わざわざ声に乗せなくても、こうすれば外からは中の会話を聞くことができない」

「は?」

真太の目が丸くなる。

きょろきょろと辺りを見回して、ぐるりと何かを確かめて、ガックリとその場に膝をついた。

「オレの苦労は……っていうか、そんなことできるなら最初からやれよ」

「無茶なこと言うな。ついでに言えば、相手方に陰陽師がいるな。術式を崩そうと頑張っている」

無理だろうけどなと言わんばかりに呟いた佳晴は、腰を下ろそうと上座に向かった。自身が社にて学び、彼女から賜った小太刀を仲介しているのだ。いくら心力を研究し尽くしているという陰陽師でも解除することは叶うまい。

「とはいえ、異変を受けて人を寄こされてるのも困るな」

ポツリと佳晴は呟く。その言葉と部屋を守る心力の強さを感じ、この場所が安心できる場所だと納得した真太は、佳晴の肩を掴んで引き留めた。

「若様、駄目……座るならこっち」

真太は下座を指差す。自分は出入り口に近い場所を陣取った。部屋の外を窺いながら短く告げる。

「若様、姓を名乗るなよ?」

薄々感づいてはいた。名乗ろうと口を開いた際に、横から口出ししてきたのだ。名乗らせない何か理由があるのだろうと思っていたが、実際に耳にすると不可解極まりない。

素直に指示された場所に座ると、真太に問いかける。

「答え合わせが必要だと思うよ」

「わーてるよ……何から話せばいいかなぁ」

胡坐をかいて膝に肘を乗せる。そのまま頬杖をついて頭をガシガシと掻いた。

その姿を気を抜いているようで、シッカリと廊下の気配を探っているのは流石だと褒めれば良いのか、小器用なと呆れれば良いのか判断に悩む。

真太は続ける。

「『藤の御三家』は、それぞれ本嶺山を中心に北と西と東に別れてて、東の藤咲家は早い段階で力を無くしてた。だから、東国は鍛冶集落のような自治領や小国が乱立してて、(かばね)の扱いが緩かったんだ。でも北と西は違う」

「姓の扱い?」

「姓ってのは、役職なんだよ。勝手に名乗ると罰せられる」

「そんな馬鹿な」

信じられないと鼻で笑う佳晴に対して、真太はため息をついて首を振る。

「ついでに言えば、姓持ちなんざ、この町屋敷にはいても一人か二人。あっちの若様、貞宣サマだって、姓は持ってなかったろ?」

「単に名乗らなかっただけじゃないのか?」

「お前なぁ……」

当たり前に継ぐべき姓を持つ佳晴に、真太は疲れたように声を吐いた。

「家名の持てない部屋住みの気持ちなんてわかんねぇか……若様だもんな」

真剣な眼差しで、真太は佳晴を見る。その射るような視線に思わず背筋が伸びた。

「みじめなもんだよ。元服して名を与えられても、姓は持てねぇ。後継者と認められた兄弟が名乗るのを指くわえて見てるしかないんだ」

家名とは家の名だ。『家』に付随する『名』なのだ。名乗れるのは当主と後継者に限る。そのほかの者は、名乗ることが出来ないのだ。

「部屋住みってのは、あくまでも家の予備だ。もしものための備えなんだ……だから、簡単に放逐しねぇし、予備の為に役職(姓)なんざ用意しねぇ」

いくら自身の働きぶりで評価されたとしても、その功績は家に紐づく。己の功が己のものではなくなり、それに恨みを燻らせて立ち上がる次男三男の話などありふれた話で、己の兄弟を御せないのであれば嫡男の資格なしとされ、嫡男交代するなどもありふれた話だ。

「だからな、此処では姓を名乗らず、ただの佳晴として無難に過ごせ」

厄介事はごめんだろう?と言外に言い放ちつつ、廊下を探る。遠くで下女の笑い声が聞こえてきた。

「まっ、町人向けの部屋に通されてるんだ。今更、姓を名乗った所で鼻で嗤われるのがオチだけどな」

あっけらかんと真太は笑う。

「確かに調度品は高級ではないが、品よくまとまってると思うが?」

「姓持ち相手なら、最高級品でオモテナシするのが、基本中の基本なんだよ。庭も魅せる為に整えてお迎えするんだ。そこの庭みてぇに実用的な奴じゃない」

そういってグルリと部屋の中を見廻した。

「この部屋なら御用商人か、それより一寸上くらいじゃねぇかな」

「なかなかに面倒なものだね」

「格式ってのはそんなもんだろ」

そう言った真太はニヤリと笑う。

「とはいっても、鷹嘴(たかのはし)サマになって、変わってるかもしれねぇけどな」

そこまで言ったところで、真太はスッと胡坐から正座へと座り方を変える。纏う雰囲気も硬質なものに変え、姿勢を正した。その切り替えは鮮やかで、分かっていても佳晴は呆気にとられてしまう。

真太の目線に促されて、佳晴も姿勢を正した。とはいえ、此方はもとより崩していない。誰かが入ってくるかもしれないという心構えを……

「佳晴、心力を消せ」

平伏した真太が低い声で囁いた。ハッとして、展開していた術式を解除したところで、障子が開いた。

「待たせたな」

衣装を改めた貞宣は、典雅な雰囲気を纏っていた。山で出会った時も草臥れた衣服ながら育ちの良さを醸し出していたが、装いを改めるとその違いは一目瞭然だった。

後ろに控えているのは街で出会った翁だ。鋭い眼差しで半ば睨みつけられたところで、佳晴は自身の過ちに気付いた。

「爺、そう目くじらを立てるな。私の恩人であるぞ?」

「坊ちゃまがそうおっしゃるなら」

ギリリと睨まれる。真太の方からは呆れたような馬鹿にしているような気配も感じた。

そう。町人であれば、真太のように平伏して貴人の入室を待つのが礼儀なのだ。それを知ってはいても実践したことなど生まれてこの方ないわけで……

「失礼致しました」

改めて頭を下げるしかなかった。

「そう固くなるな。(おもて)を上げても構わぬ。其方らは恩人故、無礼講を許そう」

そうは言われても、はいそうですかと素直に従っていいのか悪いのかすら判別つかない佳晴は、内心真太に助けを求めてしまうのであった。


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