えぴそーど 〜にじゅうはち〜
「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
こころに秘める こころを察する
どちらも とても大事なことです
でも それが行きすぎると 誤解を生むこともあるんです
少しだけでも こころを開く
時には そんなことも大切ですよね
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
~3年目の秘め事~
「100匹のビションフリーゼが一堂に会する、このフェス!さぁ、皆さんで全体集合写真を撮って、クライマックスを盛り上げましょう!私が、“ビション”と言ったら“フリーゼ”と言ってくださいね!それでは参りましょう。ビショ──ン」
「フリ────ゼ──!!!」
カシャッ!!!
「みなさん!ありがとうございました!またお会いしましょう!!」
***
ユー「は~い!保!姫子!」
保「あ、ユーさんとミーさん!」
姫子「お疲れさまでした」
ミー「今回も楽しかったわねぇ」
保「あ、マインちゃん」
ユー「ああだめだめ、マイン、そんなに追いかけまわしちゃ。モッフーくんが困っているわよ」
姫子「あはは、大丈夫ですよ。モッフー、遊んでもらってよかったねぇ」
ユー&ミー「本当困ったマインちゃんだわねぇ」
ユーとミーは顔を見合わせながら、同時に同じことを言いあいました。
保「おふたり、相変わらず息ぴったりですね」
ユー&ミー「そう?そんなことないわよねぇ」
また同時に同じことを言います。
ユー&ミー「あらやだ」
姫子「ふふ、打合せでもしているんですか?」
ユー&ミー「してないわよぉ」
保「ほんと仲良いですよねぇ。何か、秘訣でもあるんですか?」
ユー「強いて言えば、オープンマインドかしら!でも、少し前までは結構喧嘩してたのよぉ。私達こう見えて男同士だから、それこそ喧嘩になると、声が野太くなって取っ組み合いになって激しくなっちゃうのよ。ほんと醜くて見せられないくらい。でも、いつからだったか、言い争うこともなくなったわよねぇ」
ミー「そう言えば、あの店に行った時からだわ。えっと、なんてお店だったかしら」
ユー「あらやだ、あなたもう忘れたの?ほんわか堂よぉ」
姫子「ほんわか堂?」
ミー「そう!そこのお茶が絶品なの!」
保「へぇ。そうなんですねぇ」
ユー「そうなのよぉ!不思議なんだけど、そのお店に行った後から、私達全く喧嘩しなくなったの」
ミー「そうだったわねぇ。そういえば、あなたたち夫婦は喧嘩するの?」
保「いえ、僕たちは全く……なぁ」
姫子「ええ」
ユー「それは仲良くてよろしいけれど、たまには発散しなきゃだめよ!でも、私達みたいに喧嘩しちゃだめよ!怪我するから」
ミー「あらやだ、こんな時間だわ。そろそろ行かなくちゃ」
ユー「またイベントでお会いしましょうね~」
ユーとミーはそのイベントで出会った同性のカップルです。ふたりが声をかけてくれ、保と姫子はイベントごとに顔を合わせるようになり、仲良くしてもらっていました。
***
保と姫子は結婚3年目。お互いに対する悩みを抱えていましたが、なかなか言い出せずにいました。人前では明るく振舞い、仲が良いように見せていますが、ふたりきりになるとすぐ無言になってしまいます。それでも今日は、飼っている犬のビションフリーゼフェスに参加したので、まだましな方でした。
──オープンマインドかぁ。
ふたりは色々と思いを巡らして歩いていました。ある商店街に入ったところで、ふたりが意を決して話をしようと道端で止まった瞬間に、お互い顔を見合わせるとふと、お茶の良い香りが鼻をくすぐりました。そして目の前には、ほんわか堂の看板が現れました。
保「ほんわか堂……これって、ユーさんとミーさんが言ってた店だ」
***
ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。
やさしい雰囲気の女性が出迎えます。
ほとり「いらっしゃいませ」
保「ペットがいるんですが、入っても大丈夫ですか?あ、クレートに入っているんで」
ほとり「ええ大丈夫ですよ!どうぞお好きなお席へ」
姫子「ありがとうございます」
ほとり「わぁ、ビションフリーゼですね。ふわふわでかわいいですね」
保「あ、お好きですか?モッフーくんっていいます」
ほとり「ええ、とっても好きです。いつも動画を見て癒されています」
保・姫子「……」
ほとり「あれ?どうしましたか?……急に黙ってしまって」
姫子「あ、いえ……なんでも」
ほとり「おふたりとも、何か悩みを抱えていますね?話してくれますか?」
保「……いや、話すほどのことでは」
ほとり「看板見ましたか?」
姫子「“あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?“って書いてありました」
ほとり「このお店は、お悩みをそっとこぼしてもらうお店なんです」
保「いや、少し言いにくくて」
姫子「私も」
ほとり「それでは、個別にお聞きしましょうか?」
保「……それなら」
姫子「……ええ」
ほとり「それでは、おひとりずつ、個室でお話を聞きますね」
***
まずは、保から。
「僕は保、妻は姫子といいます」
「私はほとりと申します」
「僕たち、結婚して3年になります。結婚してから専業主婦になってもらったんですが、最近、何か様子がおかしく感じるんです。目を向けると“ぷい”っと目を背けられてしまう。もしかして何か隠し事をしているのではないか、どこかで出会った男と不倫でもしているのではないかって」
「そんな素振りを見せたんですか?」
「いえ、ただの直感で」
「聞いてみましたか?」
「いえ、そんなこと聞けません」
「ちなみに、保さんは浮気していますか?」
「ええ?!なんてこと聞くんですか!僕は妻一筋です」
「ふふ、わかりました」
ほとりは、静かにうなずきました。
***
次に、姫子。
「最近、夫は笑わなくなったんです。元々しかめっ面が多く、誤解されやすいんですが、付き合っている頃は、それでも私の前では笑ってくれた。でも……」
「全く笑わないんですか?」
「笑う時もあるにはあるんですが、何か作っているような、無理して笑っているような気がして」
「そうなんですか」
「ええ、それで私、夫が何か隠し事でもしているのではないかと思って……例えば浮気とか」
「聞いてみましたか?」
「そんなこと聞けません!」
「あのぉ、姫子さんは、不倫していますか?」
「なんてことをおっしゃるんですか!私は夫一筋です!」
「ふふ、わかりました」
ほとりはやさしくうなずきました。
***
それぞれの話を聞き終わり、ふたりが並んで座ると、ほとりはお茶を淹れました。
ほとり「おふたりに出すお茶は、“開くお茶”です。モッフーくんはお水ね」
ふたりは、一口飲んでみました。
保「何だか、こころがスッと開くようなお茶ですね」
姫子「ほんとね。心が軽くなるような」
ほとりは、奥の冷蔵庫から、ケーキボックスを出してきました。
ほとり「おふたりに、このおくり物をさしあげます」
姫子「おくり物?なんでしょう」
保「いいんですか?」
保は、ケーキボックスを開けてみました。中に入っていたのは、特大のスイートポテトでした。
姫子「わぁ、おっきい」
保「甘い良い香りですね」
ほとり「お家で、ふたり仲良く食べてくださいね」
保「あの……お代は?」
ほとり「いりませんよ。私が趣味で作ったものですから。あ、でも、お帰りの際にこのありがとう帳にお名前を記入してくださいね」
ケーキボックスには、メッセージカードが添えられていました。
『相手を思う気持ちが、時に誤解を生むことだってあるんです』
***
帰宅後、ふたりは早速スイートポテトをはんぶんこして食べてみました。
保「うん。美味しい」
姫子「いくらでも食べられそうなやさしいお味」
姫子はスイートポテトが大好きなので、どんどん食べて完食してしまいました。
とその時……
ぷぅっっっ
姫子が大きいおならをしました。
姫子「きゃっ……恥ずかしい」
保「あはははははは」
保は思わず大笑いしました。
姫子「ひどい」
保「あ、ごめんごめん。姫子、今まで僕の前でおならしたことなかったから。何か音もかわいくて、思わず笑ってしまったよ」
姫子「保さん、あんな風に笑うのね。初めてみた。……ねぇおならして嫌いにならない?出てったりしない?他の女のところとか」
保「え?僕は逆に嬉しい。今までそんな姿見たことなかったから。それに“他の女”って誰?僕は姫子一筋だよ。何言ってんの!」
姫子「でも、結婚してから、あなたあまり笑わなくなったし、最近は私が見ると顔が強張るし、何か隠しているんだろうって疑ってた。浮気とか」
保「まさか悩みってそれだったの?僕が笑わなかったのは、仕事のストレスとかで余裕がなかったからだよ。元々あまり笑わないし」
姫子「そうだったの。そういえば、保さんはほとりさんに何を話したの?」
保「姫子が何か隠し事してないか?って悩んでるって。いつも様子を伺うような顔で僕を見てくるから……って、あれ?今はそんな表情じゃないね。とても晴れやかだ。不倫なんかするわけないか」
姫子「不倫!?そんな事疑っていたの?あははは、そんなことあるわけないじゃない!」
保「ぼくたち夫婦、まだまだ半人前の夫婦だったんだね。もっとお互いを見つめて話をしなきゃだね。姫子、改めてよろしく」
姫子「うん。保さん」
保「秘め事は、保たないようにしようね」
ふたりの悩みは杞憂に過ぎなかったのです。
***
後日、ふたりはまたビションフリーゼフェスに参加し、ユーとミーに会いました。
ユー&ミー「あら?どうしたの?前は手なんか繋がなかったのに。それにふたりとも、自然な笑顔になったわね。何があったの?」
保と姫子は顔を見合わせ、照れくさそうに笑いました。
保と姫子「オープンマインドのコツ、やっと分かったんです」
***
その後、ほんわか堂では──
保と姫子が記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。
『おならが僕たちの扉を開いてくれました。これからは秘め事を保ちません。 半人前夫婦 姫子と保』
ほとりが、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。
「いつもだれかの心が、やさしく開かれますように」
【おくり物】
特大のスイートポテト
メッセージ:
『相手を思う気持ちが、時に誤解を生むことだってあるんです』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**




