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えぴそーど 〜にじゅうきゅう〜


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。

そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。


べんりすぎるのも かんがえものですよね

知りたくない情報でも

あらぬところから ふいに降ってくる

たまには あたまを空っぽにして

“ほんわか”するのも大事だとおもいます


「ほんわか堂」

今日も ふわっと あいています。

あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?


~ネタバレデトックス~


***


 【4-0でサッカー日本代表完封勝利!】


(な、なんでここに表示されるんだよ!?)


スマホに表示された速報を見て、柊人(しゅうと)は愕然とし、心の中で割れんばかりに叫びました。


(あと10分で自宅だったのに……ライブで観られないから、情報遮断したのに……甘かった。まさか編集アプリに表示されるとは)


柊人は、土日祝日も仕事のアパレルショップの店員をしています。今日はサッカー日本代表戦の試合経過を気にしながらも、業務に集中していました。幸いお店には、テレビモニターはなく、BGMも洋楽を流しているだけなので、スマホを観なければサッカーの情報に触れなくて済む環境でした。

見逃し配信でライブのように観るつもりだったので、帰宅中の電車内でも、SNSの情報を見ないようにしていましたが、ふとした時に画面を見た瞬間に、通知を目にしてしまったのでした。


(ああ、点数を見るだけに留まったし、勝ったから良かったけど……スマホ自体を見なきゃ良かった)


柊人は、ネタバレを極力嫌います。この前もボクシングの世界タイトルマッチの結果を帰宅中にSNSで知ってしまって後悔した事があり、それ以来ネタバレには最善の注意を払っていたのでした。


(今後は、スマホ自体を見ないようにしよう。でも仕事の連絡もあったりするしなぁ。そうでなくてもつい画面を見てしまうけど)


あれこれ考えて街を歩いていた柊人の目の前に、見知らぬ商店街の夕景が目に入りました。


「あれ?ここどこだ?」


見回した彼の視界に“ほんわか堂”の文字が入りました。


「ほんわか堂?なんかレトロで良い雰囲気のお店だ。さすがにここはサッカーの速報なんて流れないよな。少し寄ってみるか」


***


 ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。

やさしい雰囲気の女性が出迎えます。


「いらっしゃいませ」

「あの、ここってスポーツの情報とか発信されてないですよね?」

「え?あ、はい、店内にはテレビモニターは置いてないですよ」

「良かった」

「では、お好きなお席へどうぞ」

「なんか不思議なお店ですね。妙に落ち着きます」

「そうですか?ふふ、ごゆっくりどうぞ」


店を見渡しながら席に座った柊人は、おもむろにスマホを眺めてしまいます。


「あ、やべ、またやってしまった」

「どうかしたんですか?」

「いや、なんでも」

「ふふ、お顔に現れてますよ」

「え?何が?」

「なにかを気にしているような、イライラしているような」

「やっぱりわかりますかね。落ち着くためにお店に入ったのに、結局スマホを気にしてしまいました」

「今街を歩いていると、みんな下を向いてスマホを見ながら歩いているのを見かけますよね」

「ええ。自分は極力見ないようにしていますが、癖なのかついスマホを見てしまうんです」

「そのイライラは、それだけの事ではありませんね?」

「え?!」

「お話頂けますか?」


***


 柊人は話しました。いつもスポーツの結果やはたまたドラマのあらすじまで、オンタイムで見ないと気が済まない性分と、それが出来ない場合は、情報を遮断して帰ろうとするがどうしてもスマホを見てしまい、結果や結末を知ってしまうことを事細かに伝えました。


「そうだったんですか」

「ええ、いつもタイミング悪く目にしてしまって。工夫しているんですが、どうしてもうまくいかなくて……」

「ちょっとお待ちくださいね」


ほとりは、お茶を淹れました。


「あなたにお出しするお茶は、“覚めるお茶”です」


柊人は、ひと口飲んでみました。


「はぁ、なんかスーッと視界がクリアになるような味ですね」


ほとりは、奥の棚から木箱を取り出してきました。


「あなたに、このおくり物を差し上げます」

「おくり物?」


ほとりは木箱を手渡します。柊人は蓋を開けてみました。


「……あれ?何も入ってない」

「あは、すみません。言い忘れてました。この木箱自体を差し上げます」

「これ自体を?」

「ええ」

「少し小ぶりで、奥行きはそれほどないけど、木のぬくもりが感じられて暖かい箱ですね」

「何かの形に似てませんか?」


柊人はしばし木箱を眺めます。するとその形にピンときました。


「あ、スマホの形と一緒ですね!」

「正解です!」

「でも、なぜこれを?」

「デジタルデトックスって知ってますか?」

「ええ、一定の時間スマホを隔離すると、生活面や精神面などで凄い効果が期待できるっていうあれですか?」

「はい。一日の中で少しの時間でも、スマホをその木箱に入れてみて下さい。特に“生放送のスポーツ中継がある日の帰り道”などは特に!」

「お!それは良いですね。強制的に観ないで済む。あの、これ貰ってもいいんですか?」

「はい!どうぞ!大切に使ってくださいね」


木箱の中には、小さなメッセージカードがそっと添えられていました。


『振り回されるのは、いつも余裕がない人ですよね』


***


 それから柊人は、スマホの余計なアプリを整理し、普段からデジタルデトックスを実践していきました。もちろん仕事中にスポーツ中継やドラマ放映がある日は、スマホを木箱に入れて情報を遮断します。そしてその行為に名前をつけました。


『ネタバレデトックス』


そんなある日、思わぬ効果が現れます。普段から表情にも余裕が出て、アパレルショップでの個人の業績が向上していきました。さらにネタバレの心配もなくなり、逆に結果を先に知ってしまっても、イライラしなくなりました。


「さぁ!今日は生でサッカー日本代表戦を観るぞ!木箱を使えないのは残念だけど!」


***


 その後、ほんわか堂では──

柊人が記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。


『イライラの原因は自分の中にありました。ネタバレデトックスで逆にネタバレを気にしなくなりました。 ネタバレキニシックス 柊人』


「今日はサッカー日本代表戦だわ!にわかファンのわたしも応援しなくっちゃ!」


ほとりが、サッカー中継を観ながら、ぽつりとつぶやいていました。


「いつもだれかの心が、今を眺められますように」


【おくり物】

木箱のスマホケース

メッセージ:

『振り回されるのは、いつも余裕がない人ですよね』


**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**

        

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