えぴそーど 〜にじゅうなな〜
「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
光をあてれば モノはみえるようになりますよね?
あたりまえのことです
はんたいにかんがえると
モノがみえないということは そこには光があたっていない
だから あらわれないから じぶんをせめるのではなくて
そこには 光そのものがないって考えれば 気が楽になりませんか?
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
~消えたマッチ~
【強制退会】
「……またかよ」
***
幸雄(47歳)は8年付き合った彼女と別れて1年。元カノに対する想いを振り払うように、がむしゃらに働いていました。周りを見渡すと元カノとの思い出ばかりがフラッシュバックしてきます。
街を歩いていても「あの店に一緒に入ったよな」「あの夜のイルミネーション綺麗だったよな」とか、家にいても「あの時、こんな事してくれたよなぁ」とか。その度に「いかんいかん」と頭を振って想いを振り切ろうとしますが、なかなか出来ませんでした。
「このままじゃだめだ。何か行動しなきゃ……でもどうすれば」
幸雄は、同僚と話していたことを思い出しました。
「幸雄さん、僕、結婚するんです」
「え?いつの間に?!お、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「そんな素振り見せなかったじゃん。で、どこで出会ったの?」
「このマッチングアプリです。すごくおすすめです」
「俺もやってみるかな……」
***
幸雄は、マッチングアプリを始めました。でも、「いいね」してもスルー。たまにマッチングしても、メッセージが返ってこない、返ってきても投資誘導系の業者や外部サイトへの勧誘……そんなことの繰り返しでした。
半年ほど経ったある日、1人の女性に目が留まりました。
「ドストライクだ。めちゃ人気会員だな……でも、ダメ元で“いいね”してみるか」
【マッチング成立!おめでとうございます!】
【はじめましてのメッセージを送りましょう!】
「え?!マジで?!」
幸雄は天にも昇る思いでした。
そこから、その女性とのやり取りが始まりました。今までのアプリの経験から、思いがけなく業者を見抜く眼力が養われた幸雄でしたが、その女性はそんな怪しい素振りを見せずにやり取りは続き、何日か経ちました。
「よし、そろそろ、ランチに誘うか!」
その日はちょうどお休みの日。幸雄は、ネットに出ていたお薦めのお店を下見するため、街を歩いていました。そんな矢先……
S 28歳 東京 【強制退会(規約違反)】
「……え?!マジかよ」
【このユーザーにはアクセスできません】
「……またかよ。業者だったのか……はぁ……結局俺はいつもこうなるんだ。そうだよな。47歳のおじさんを、こんな若い子が好きになるわけないよな。まるで、心の灯りが消えたみたいだ」
その時、やわらかい風が幸雄の頬をなでました。
風が吹いた方を見てみると、「ほんわか堂」の看板の文字が、幸雄の目に入りました。
「ほんわか堂かぁ……こんな店、マップに載ってたっけ?」
***
ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。
やさしい雰囲気の女性が出迎えます。
「いらっしゃいませ。奥のお席へどうぞ」
「あのぉ、このお店って、ランチやってますか?」
「いえ、やってませんけど……どうしてですか?」
「あ、いや、ごめんなさい。ここの近くのお店にランチを食べに来たんですが、その必要がなくなってしまって」
「何かあったんですか?」
「あはは、大したしたことではなくて…話すほどでもなくて」
「どんな、お話でもお聞きしますよ」
「見ず知らずの人に聞いてもらうのはちょっと恥ずかしくて……」
「あら、逆に、見ず知らずだから良いんではないですか?」
「あ……それもそうですね」
幸雄は話し始めました。最初はマッチングアプリの事だけを話すつもりでしたが、8年付き合った元カノの事。フラッシュバックでなかなか立ち直れなかったことなど、事細かに打ち明けました。
「すみません。余計な事まで話してしまって」
「いえいえ、良いんですよ」
「いつもこんな感じなんです。すぐ相手に期待してしまって、自分の良いように解釈して妄想してしまって」
「ふふ、幸雄さん。期待すること自体は悪くないですよ。でも、確定していないことを現実だと思い込んでしまうことが、余計な苦しみを生んだりするんです」
「あは……そうですよね」
「あ、ちょっと待ってくださいね」
ほとりは、お茶を淹れました。
「幸雄さんにお出しするお茶は、“足もとのお茶”です」
「え、飲んで良いんですか?」
「はい。どうぞ」
幸雄は、ひと口飲んでみました。
「ふぅ。何か、目の前の靄が晴れるような味ですね」
「ふふ……少し晴れやかなお顔になって来ましたね」
ほとりは、奥の棚から木箱を持ってきました。
「あなたに、このおくり物を差し上げます」
「おくり物?……え?もらっていいんですか?」
「はい」
幸雄は木箱を開けてみました。そこには、小さなスタンドライトが入っていました。
「なぜ、これを?」
「幸雄さん、影絵をやったことありますか?」
「ええ、幼い頃に……手で犬とか鳩とかを作ったりとかして」
「ライトを消すとどうなりましたか?」
「そりゃもちろん見えなくなります」
「そして、またライトを付けると、新しい形を作ることが出来ますよね?」
「はい……あれ?何か似たような童話があったような」
スタンドライトには、メッセージカードが添えられていました。
『認識すれば現実になります。でも、認識しなければ幻想に過ぎないんです』
幸雄は、不思議な気持ちを抱きながら、お店をあとにしました。
***
その夜、幸雄はスタンドライトを灯して、影絵をやってみました。ほんのり暖かい色合いのライトは、影絵のまわりを映しだします。
「確かこうすれば、犬に。こうすれば、鳩に。ああ、なつかしいなぁ」
その時突然、スマホのライトが光りました。
「あ、影をかき消して、形が崩れて……っ?!……そ、そういうことか、ほとりさんが言いたかったのは。俺は、起きてもいない幻想に振り回されていたんだな。幻想を映していたのは、光ではなく俺の期待だった──もっと足元を見て、現実と向きあえってことだったんだ」
幸雄はそれから、マッチングアプリはほどほどにしました。そして、目の前の出来事と向かい合い、今まで蓋をしていた元カノへの感情を感じ切り、思い出を昇華して、何気ない現実の小さな光に目を向けました。
すると、元カノと別れて以来ぼやけていたあらゆる輪郭が、心の中にある”マッチの灯り”でやわらかく色づきはじめたのでした。
***
その後、ほんわか堂では──
幸雄が記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。
『実はあの後、マッチングアプリで彼女ができました。消えたと思っていたマッチの灯りは、くすぶっていましたが僅かに残っていたようです。ありがとうございました。 マッチなしのおじさん 幸雄』
「あら、幸雄さん、おめでとうございます!灯り、ちゃんと残っていましたね」
ほとりは、いつものように棚を片付けながら、ぽつりとつぶやきました。
「いつもだれかの心に、光が灯り続けますように」
【おくり物】
小さなスタンドライト
メッセージ:
『認識すれば現実になります。でも、認識しなければ幻想に過ぎないんです』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**




