第9話 ネクロマンサーお断り
冒険者たちが集まる酒場は、朝から騒がしかった。
壁には依頼書が並び、テーブルでは数人の男女が地図を広げている。革鎧を身につけた男が剣の手入れをし、魔術師らしい女性が小さな石板に文字を書き込んでいた。
俺は入口で立ち止まり、室内を見渡した。
ここなら、仕事が見つかるかもしれない。
村の窓口で紹介される仕事は、報酬が少ないものばかりだった。薬草採取で稼げる金額では、治療費と宿代を払うだけで精一杯だ。
もう少し効率よく稼ぐには、危険な仕事にも挑戦する必要がある。
もちろん、無謀な討伐をするつもりはない。
誰かと組めれば、前衛を任せられる。俺は死霊を囮や偵察に使い、敵の位置や習性を調べる。正面から戦うより、役割を分担したほうが生存率は高いはずだ。
俺は受付へ向かった。
「仕事を探しているんですが。臨時の仲間を募集している人はいませんか?」
受付の男は、俺の肩の包帯を見た。
「職業は?」
「ネクロマンサーです」
男の表情が固まった。
周囲の話し声が、少しだけ小さくなった気がした。
「……ネクロマンサー?」
「はい。死体を操る能力があります。偵察や囮なら、役に立てると思います」
男は返事をしなかった。
代わりに、近くのテーブルにいた冒険者がこちらを向いた。
「おい、今、ネクロマンサーと言ったか?」
短い髪の戦士だった。隣には弓を持った男と、革袋を抱えた女性が座っている。
「そうです。臨時の仲間を探しているなら、話を聞かせてもらえませんか」
俺はできるだけ落ち着いた声で答えた。
戦士は俺の顔を見てから、腰の袋へ視線を落とした。
「死体を連れて歩くつもりか?」
「必要なら、です。普段から勝手に動かしているわけではありません」
「必要なら、ね」
戦士は不快そうに鼻を鳴らした。
「戦場で何が起こるかわからないのは知っているだろう。こっちが怪我をして倒れたとき、お前は俺たちの死体まで操るのか?」
「そんなことはしません」
「どうやって信用しろと?」
俺は言葉に詰まった。
契約書を書けばいいのか。
口約束をすればいいのか。
そもそも、俺が信用できる人間だと示す材料が何もない。
戦士の言葉には、偏見だけではない警戒心があった。
この世界では、死体は魔物に変化することがある。死者を適切に処理することは、村や旅人の安全に直結している。
そんな世界で、死体を操る人間が警戒されるのは当然なのかもしれない。
だからといって、受け入れられるわけではなかった。
「俺は、戦闘で役に立つために能力を使いたいんです」
「なら、まずはその能力が安全だと証明してみろ」
戦士は椅子を引いた。
「悪いが、俺たちは組めない。仲間の死体を勝手に使われる危険を背負うつもりはない」
隣の弓使いも、気まずそうに視線をそらした。
「俺も遠慮しておくよ」
女性は何も言わず、荷物をまとめ始めた。
話は終わりだった。
◇◆◇
俺は別の冒険者たちにも声をかけた。
結果は変わらなかった。
死体を操る能力が気味悪い。
仲間として信用できない。
そもそも、ネクロマンサーを連れていくくらいなら、もう一人荷物持ちを雇ったほうがいい。
言い方は違っても、結論は同じだった。
俺は必要とされていない。
魔物を倒せるほど強くないうえに、職業のせいで仲間も見つからない。
最悪の組み合わせだった。
酒場を出ると、冷たい風が頬を撫でた。
「……くそ」
悔しかった。
自分の能力を理解してもらえないことも、まともに話を聞いてもらえないことも。
だが、彼らの立場ならどうだろう。
仲間の命を預ける相手を選ぶとき、得体の知れないネクロマンサーを選ぶだろうか。
答えは、簡単には出せなかった。
俺は一度、深く息を吐いた。
認めてもらうために、無理に人と組む必要はない。
今の俺にできることは、限られている。
単独で完遂できる仕事を探す。
自分の能力が役に立つ状況を見つける。
そして、実績を積み重ねる。
信用は、言葉だけでは手に入らない。
◇◆◇
村の外れにある掲示板へ戻ると、薬草採取の依頼書が目に入った。
同じ仕事を続けることもできる。
だが、報酬は少なく、肩の傷が悪化すれば治療費がかさむ。
もっと効率よく稼ぐ必要がある。
俺は掲示板の隅に貼られた、古い依頼書を見つけた。
『墓地周辺の見回り。死体の異常がないか確認すること。異常を発見した場合は、決して単独で接触せず、管理人へ報告すること』
報酬はわずかだった。
だが、死体に関わる仕事だ。
ネクロマンサーの能力を理解する手掛かりになるかもしれない。
俺は依頼書を持ち、窓口へ向かった。
「これを受けたいんですが」
受付の男は依頼書を見て、少し驚いた。
「墓地の見回りか。最近、墓地の管理人が人手を探していたな。ただし、異常があっても勝手に触るなよ。あそこは教会の管理下にある」
「わかりました」
「死者の扱いには厳しい決まりがある。お前の職業なら、なおさら気をつけろ」
その言葉を胸に刻み、俺は依頼書を受け取った。
◇◆◇
夕方、墓地へ続く石畳の道を歩いた。
村の喧騒が遠ざかり、周囲は静かになっていく。
古い石壁の向こうに、墓標がいくつも並んでいた。入口には小さな礼拝所があり、扉の横に葬送を示す紋章が刻まれている。
俺は足を止めた。
死体を操る者は忌み嫌われる。
それでも、この世界では死体を管理しなければならない。
魔物に変わる危険があるからだ。
ならば、ネクロマンサーの力は、本当にすべてが忌むべきものなのだろうか。
その答えを知るためにも、ここで働く人間と話す必要がある。
俺は墓地の門を押し開けた。
その奥で、誰かが箒を動かしている音がした。
小柄な人影が、墓標の間を歩いていた。
俺は声をかけようとした。
しかし、その人物が振り返るより先に、墓地の奥から乾いた音が響いた。
コツン。
まるで、土の下から何かが墓石を叩いたような音だった。
箒を持った人物が、ぴたりと動きを止めた。
俺も息を潜めた。
もう一度、音がする。
コツン。
墓地の奥で、何かが動いている。




