第8話 治療薬は高すぎる
傷口が赤く腫れていた。
朝には腕を動かすと痛む程度だったのに、昼過ぎには何もしなくても熱を持つようになっていた。肩から首にかけて鈍い痛みが広がり、身体を動かすたびに傷口が引きつる。
薬草採取から戻った俺は、治療所の扉を叩いた。
「すみません。傷を診てもらいたいんですが」
中から出てきたのは、白い前掛けをつけた中年の女性だった。
「昨日も来た人ね。包帯を外して、そこに座りなさい」
俺は椅子に腰かけ、肩を覆っていた布を外した。
女性は傷を見て、眉をひそめた。
「傷口が汚れているわ。昨日、無理に動いたでしょう」
「少し仕事をしました」
「少し、ね……」
女性は傷口を洗い、薬を塗った。
鋭い痛みが走り、俺は歯を食いしばる。
「うっ……!」
「我慢して。傷を塞いでも、内部に汚れが残っていたら悪化することがあるの」
処置が終わると、女性は小さな瓶を取り出した。
「この薬を使いなさい。炎症を抑えるためのものよ。一度に使い切らず、指示した量だけ塗ること。熱が続くようなら、もう一度診せに来て」
俺は瓶を受け取り、値段を尋ねた。
告げられた金額を聞いて、言葉を失った。
「……そんなにするんですか?」
「材料の採取にも危険があるし、調合にも手間がかかる。安くはできないわ」
「もう少し安い薬はありませんか?」
「傷を悪化させたいなら、薬を使わずに様子を見る方法もあるわよ」
女性の声は淡々としていた。
脅しているわけではない。
治療には材料も技術も必要で、無料ではない。それだけの話だ。
俺は手元の硬貨を数えた。
薬を買えば、宿代が足りなくなる。
宿代を優先すれば、傷が悪化するかもしれない。
どちらを選んでも、問題が残る。
「……買います」
俺は硬貨を差し出した。
女性は薬を袋に入れ、使い方をもう一度説明した。
「それと、回復魔法を使えばすべて元通りになると思わないこと。傷を塞ぐ魔法があっても、失った血や傷ついた組織まで完全に戻せるわけではないの。無理をすれば、治るまでに時間がかかる」
「わかりました」
「本当にわかっている人は、傷が治る前に危険な仕事をしないものだけどね」
俺は返す言葉がなかった。
◇◆◇
治療所を出ると、手元に残った硬貨はわずかだった。
薬草採取で稼いだ金の大半が、治療薬に消えた。
これでは、宿代を払うどころか、次の食事にも困る。
「……効率が悪すぎる」
ゲームなら、回復アイテムを一つ使って終わりだ。
ここでは、傷を負うたびに金が減る。金がなければ治療を受けられず、治療を受けられなければ働けなくなる。
悪循環だ。
次の仕事を探さなければならない。
しかし、今の状態で危険な討伐依頼を受けるのは無謀だった。
俺は広場の掲示板を眺めた。
高い報酬の依頼もある。
だが、どれも複数人での討伐や、一定以上の戦闘経験を必要としていた。
俺には、その条件を満たす力がない。
仮に無理をして受けても、失敗すれば装備や道具を失い、借金を抱えることになる。
生き残るために稼ぐつもりが、死ぬ危険を増やしてどうする。
俺は掲示板から目を離した。
戦う前に、準備を整える必要がある。
◇◆◇
村の道具屋には、古びた罠やロープ、丈夫な布、木製の杭などが並んでいた。
俺は店主に声をかけた。
「魔物を捕まえるための道具が欲しいんですが」
「どんな魔物だ?」
「まだ決まっていません。小型の獣や、トカゲのような魔物を想定しています」
「相手が決まっていないのに、罠を買うのか?」
店主は呆れたように笑った。
「罠は、仕掛ける場所と相手に合わせて選ぶものだ。どんな相手にも使える道具なんてないぞ」
「……ですよね」
ゲームなら、道具の性能を確認し、適切なものを選べばいい。
だが、実物には重さがあり、壊れることもある。設置するには時間がかかり、使い方を間違えれば自分が怪我をする。
俺は安価なロープと、丈夫な布、それに木製の杭を数本選んだ。
「これだけでいいのか?」
「まずは使い方を覚えたいので」
「なら、無理に罠を仕掛けるな。道具は使い方を間違えると、敵より先に自分を傷つける」
店主は代金を受け取ると、短いロープの結び方を教えてくれた。
俺はその手順を何度も確認した。
高価な武器を買う余裕はない。
ならば、手元にある道具を使いこなすしかない。
敵を倒すためではなく、敵の動きを制限するために。
狭い場所へ誘導するために。
逃げる時間を稼ぐために。
今の俺に必要なのは、派手な攻撃手段ではなかった。
◇◆◇
夕方、俺は村外れの空き地でロープの扱いを練習した。
杭を地面に打ち込み、ロープを張る。何度か試すうちに、結び目が緩んだり、杭が抜けたりした。
簡単そうに見えて、思いどおりにはいかない。
それでも、繰り返すうちに少しずつ手順が安定してきた。
俺は試した方法と失敗した原因を、依頼書の裏に書き留めた。
ゲーム攻略でも同じことをしていた。
失敗した原因を記録し、次の挑戦で修正する。
ただし、今回は失敗しても、画面の前でやり直せるわけではない。
だからこそ、失敗する前に考える必要がある。
俺はロープを巻き取り、肩の傷を確かめた。
まだ痛む。
薬は買えたが、これ以上悪化させるわけにはいかない。
今夜の宿代も必要だ。
明日は、仕事の選び方を変えよう。
報酬の高さだけを見るのではなく、成功する可能性と、失敗したときの損失を考える。
生き残ることを最優先にする。
そう決めたとき、村の墓地へ続く道が目に入った。
昨日、女性が話していた場所だ。
墓地の管理人なら、死体の扱いについて何か知っているかもしれない。
ネクロマンサーとしての能力を理解できれば、危険な仕事を減らせる可能性もある。
俺はロープを袋へしまった。
明日は、あの墓地を訪ねてみよう。
金を稼ぐ方法だけでなく、自分の能力を生き残るための技術に変える方法を探すために。




