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第6話 宿代を払えないネクロマンサー

 朝になっても、肩の傷は痛んでいた。


 布を取り替えるたびに、傷口から滲む血が指先につく。村の女性が応急処置をしてくれたおかげで出血は止まっていたが、腕を動かすと皮膚の下に鋭い痛みが走った。


 このままでは、まともに働くこともできない。


 だが、働かなければ食べられない。


「治療代と宿泊代、それに薬代の一部だ」


 村の集会所で、年配の男が帳面を閉じた。


 男は村の生存者をまとめている人物らしい。疲れた顔をしていたが、俺に向ける視線は冷静だった。


「治療を受けたのは昨日の夕方だ。宿も一晩使った。請求をなかったことにはできん」


「それはわかっています。でも、俺はこの村に来たばかりで……」


「持ち合わせがないのだろう?」


 男の言葉に、俺は黙った。


 腰の袋を調べても、乾いたパンと水袋があるだけだ。現実世界から持ってきた財布も、スマートフォンもない。


 ゲームの世界に転移したのだから、所持金くらい初期装備として用意されていてもよさそうなものだが、そんな都合のいい仕組みはなかった。


「働いて返します」


「そのつもりなら、仕事を探すことだ。ただし、治療代は待てても、食事代まで無期限に立て替えることはできん」


「わかりました」


 頭を下げるしかなかった。


 魔王討伐。


 世界を救う。


 そんな大きな目的を考える前に、今夜の寝床を確保しなければならない。


 これが異世界生活の現実だった。


◇◆◇


 村の広場には、臨時の仕事を紹介する掲示板が置かれていた。


 村の襲撃で壊れた柵の修理、倒木の撤去、物資の運搬。報酬は少ないが、危険も比較的少ない仕事が並んでいる。


 俺は順番に依頼を確認した。


 柵の修理なら、肩が治っていなくても手伝えるかもしれない。


 そう思って近づくと、受付をしていた男が俺の顔を見て眉をひそめた。


「お前、昨日のネクロマンサーか?」


「……そうですが」


 男の表情が変わった。


「悪いが、ここでの仕事は紹介できない」


「どうしてですか? 力仕事なら、死体を操る必要もありません」


「そういう問題じゃない。村はまだ混乱している。余計な揉め事を起こしたくないんだ」


「俺は揉め事を起こすつもりなんてありません」


「なら、別の場所で仕事を探してくれ」


 取りつく島もなかった。


 俺は別の依頼主にも声をかけたが、反応は同じだった。


 事情を知らない者は、職業名を聞いて距離を取る。


 事情を知っている者は、俺が死体を操るところを見たわけでもないのに、嫌悪の目を向けてきた。


 この世界では、ネクロマンサーというだけで信用を失うらしい。


「……職業を選び直せるなら、今すぐ変えたいところだな」


 口に出してから、意味のない愚痴だと気づいた。


 選択は覆らない。


 ならば、今ある能力で生きるしかない。


◇◆◇


 広場の端に、冒険者向けの依頼を扱う小さな窓口があった。


 建物の看板には、剣と盾を組み合わせた印が描かれている。正式な冒険者ギルドの支部というより、村周辺の討伐依頼を仲介する場所のようだった。


 俺は受付に近づいた。


「魔物討伐の依頼を受けたいんですが」


 受付の男は、俺の肩の傷を見た。


「その状態でか?」


「簡単な依頼から始めるつもりです」


「職業は?」


「ネクロマンサーです」


 男の手が止まった。


 ほんの一瞬だったが、反応は明らかだった。


「死体を操る、あのネクロマンサーか」


「ほかに何があるんです?」


「冗談を言っている場合じゃない。討伐は遊びではないんだ。怪我をしたら治療費がかかるし、失敗すれば依頼主にも迷惑がかかる」


「それはわかっています」


「なら、今のお前に討伐は無理だ」


 男は帳面を閉じた。


「戦闘能力がどれくらいあるのかもわからん。アンデッドを一体動かせたとしても、それだけで魔物に勝てるとは限らない。うちで紹介できる仕事を探したほうがいい」


 正論だった。


 腹が立たないわけではない。


 だが、反論できるだけの実績が、俺にはなかった。


 森で狼を相手にしたとき、俺は正面から戦えなかった。死霊の狼を囮にして、地形を利用して、ようやく逃げ延びただけだ。


 あの戦いをもう一度やれと言われても、同じ結果になる保証はない。


 俺は掲示板に目を向けた。


 その片隅に、小さな依頼書が貼られていた。


『薬草採取。村外れの岩場に自生する治療用薬草を規定量採取すること。危険区域につき、採取者は周辺の魔物に注意。報酬は納品量に応じて支払う』


 討伐ではない。


 薬草を採るだけだ。


「この依頼は受けられますか?」


 受付の男が依頼書を見た。


「岩場の薬草か。最近、周辺で魔物が出ている。だから誰も行きたがらない」


「魔物を倒す必要はないんですね?」


「採取が目的だ。ただし、危険がないという意味ではない。魔物を見つけたら逃げろ。無理に戦うな」


「わかりました」


 男は俺をじっと見た。


「本当に行くのか?」


「行かなければ、今夜の宿代も払えませんから」


 男は小さく息を吐き、依頼書を差し出した。


「採取対象の見本と、簡単な地図を渡す。見本と違う草を持ってきても報酬は出ないぞ」


「ありがとうございます」


 依頼書を受け取った。


 報酬は決して多くない。それでも、今の俺にとっては必要な金だった。


 まずは治療代を返す。


 次に、薬を買う。


 そして、宿代を払う。


 魔王討伐のことは、その後で考えればいい。


◇◆◇


 村の外れで、俺は地図を広げた。


 目的地は、森を抜けた先にある岩場だった。道の途中には、昨日魔物に襲われた村の柵が続いている。


 壊れた場所を通り過ぎるとき、俺は思わず足を止めた。


 あの惨劇の記憶が蘇る。


 少女の声。


 伸ばした手。


 間に合わなかった自分。


 俺は目を閉じ、深く息を吸った。


 今度は、無謀に飛び込まない。


 敵を見たら、まず観察する。


 逃げ道を確認する。


 必要な道具を揃える。


 勝てないなら、戦わずに目的を達成する方法を考える。


 それができなければ、また同じことになる。


 俺は地図を畳み、森へ向かって歩き出した。


 今夜の宿代を稼ぐために。


 そして、生き残るための方法を学ぶために。

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