第2話 最後に残ったのはネクロマンサー
空中に浮かぶ五つの職業名を見た瞬間、俺は自分の考えが間違っていないことを悟った。
戦士、魔術師、精霊使い、武闘家、ネクロマンサー。
『エンド・オブ・エルディア』に登場する職業と完全に一致している。
しかし、喜ぶ気にはなれなかった。
画面の向こうにある設定資料を見ているのと、正体不明の空間で得体の知れない存在から選択を迫られるのとでは、まるで意味が違う。
『選択を開始する』
黒衣の案内人が繰り返した。
「待ってくれ。まず説明が必要だろう」
最初に声を上げたのは、体格のいい男だった。
「ここはどこだ? 俺たちをどうやって連れてきた? 職業を選べと言われても、何の話かさっぱりわからない」
『質問への回答は、選択の完了後に行う』
「ふざけるな。答えになっていない」
男は案内人へ近づこうとした。
その瞬間、床の紋様が光った。
男の足元に、半透明の板が出現する。そこには『戦士』という文字が浮かんでいた。
「……これは?」
『選択可能な職業を提示している』
「戦士、か」
男はしばらく表示を見つめたあと、周囲を振り返った。
「他に選べるものがあるなら、比較したいところだが……」
言葉とは裏腹に、彼の目はすでに決まっているように見えた。
頑丈そうな体格。周囲の人間を気にかけながら、自分が先に危険を引き受けようとする姿勢。少なくとも、前に出て戦う役割を嫌がる人間には見えない。
「戦士を選ぶ。名前はガレスだ」
ガレスが板に手を触れた。
光が弾けた。
戦士の文字が空中から消え、ガレスの身体を淡い光が包み込む。彼は驚いたように自分の手を見た。
「何だ、今の……」
残る職業は四つになった。
戦士が消えたのだ。
単にガレスが選択したという表示ではない。最初からそこに存在しなかったかのように、選択肢そのものが消失している。
「一度選んだら、他の人間は選べない仕組みか」
若い女性が呟いた。
彼女は床の紋様と、職業が消えた位置を交互に見ていた。
「だったら、迷っている時間はないわね」
彼女の前に、魔術師の文字が浮かび上がる。
「魔術師を選択する。名前はリゼ」
彼女は迷いなく指先を伸ばした。
魔術師が消えた。
次に、長い髪の女性が動いた。
「精霊使い……」
彼女は浮かび上がった文字を見つめ、何かを確かめるように目を細めた。
「私はエルネア。精霊使いを選びます」
選択が完了すると、彼女の周囲を淡い緑色の光が巡った。
最後の女性は、肩を回してから短く息を吐いた。
「じゃあ、私は武闘家。ミナでいい」
彼女が選択した瞬間、武闘家の文字も消える。
残された職業は、一つ。
ネクロマンサー。
俺は思わず目を閉じた。
知っている。
この職業の特徴も、能力も、弱点も。
死体を操り、アンデッドを使役する特殊職。死体がなければ戦力を確保しづらく、本人の直接戦闘能力も低い。序盤は特に苦労する。
ゲームでは、使い方次第で強力になる職業だった。
しかし、それは何度でもやり直せるゲームの話だ。
ここで死体を操ることに失敗したら?
自分の身体を傷つけられたら?
その痛みが現実と同じだったら?
「待てよ。俺にも選択肢を見せてくれ」
目の前に板が出現した。
そこに記された文字は、やはりネクロマンサーだけだった。
「他にはないのか?」
『選択可能な職業は、ネクロマンサーのみ』
「いや、だから! 選べる職業が一つしかないのはおかしいだろ!」
『先行する選別者によって、他の職業は選択済みである』
「そんなの、最初から順番を決めておけばよかっただけじゃないか!」
怒鳴っても、案内人は沈黙したままだった。
ガレスが気まずそうに俺を見る。
「悪い。俺たちも、選んだら消えるとは思わなかった」
「謝らなくていい。あんたたちは、自分の判断で選んだんだろ」
そうだ。
誰かを責めても仕方がない。
俺だって、最初に選択できていたら戦士か魔術師を選んだかもしれない。
問題は、選択肢が一つしか残っていないことだ。
「職業を変える方法は?」
『変更は認められない』
「転職は?」
『認められない』
「選び直しは?」
『認められない』
「……最悪だ」
ゲームなら、ここでセーブデータをロードする。
だが、そんな機能はどこにもなかった。
黒衣の案内人が、ゆっくりとこちらを向いた。
『選択を完了しなければ、次の段階へ進めない』
俺はネクロマンサーの文字を見つめた。
受け入れたくない。
だが、ここで拒否し続けても何も変わらない。
生き残るためには、使えるものを使うしかない。
それがゲーム攻略で、今は現実の問題になっている。
「……わかった。選ぶよ」
俺は手を伸ばした。
「ネクロマンサー。名前はノアだ」
指先が文字に触れる。
冷たい感触が、腕を伝って胸の奥へ入り込んだ。
息が詰まる。
何かが頭の中へ流れ込んできた。
死体。骨。暗闇。土の下から伸びる無数の手。
知らないはずの光景が、瞬きの間に消えていく。
「ぐっ……!」
膝をついた俺を、ミナが驚いた顔で見下ろした。
「大丈夫?」
「……ああ。たぶん」
嘘だった。
胸の奥に、冷たいものが残っている。
案内人が告げた。
『五つが揃わなければ、道は開かれない』
「五つ? どういう意味だ」
問い返したが、返答はなかった。
代わりに、祭壇の奥で五本の光が走った。
ガレス、リゼ、エルネア、ミナ、そして俺。
光がそれぞれ別の方向へ伸び、石壁の一部が音もなく開いていく。
「おい、待て! 説明は終わっていないぞ!」
ガレスが声を上げる。
黒衣の案内人は、最後に一言だけ残した。
『選択者には、それぞれの道が与えられる』
次の瞬間、足元の紋様が輝いた。
身体が引っ張られる。
俺は咄嗟に石床へ手を伸ばしたが、指先は何もつかめなかった。
「おい、みんな――!」
視界が白く弾ける。
声が遠ざかる。
誰かが何かを叫んでいた。
そして俺は、たった一人で別の場所へ放り出された。
◇◆◇
草の匂いがした。
目を開けると、青い空が広がっていた。
俺は土の上に倒れていた。身体を起こすと、遠くに森が見える。その向こうには木造の建物が並ぶ小さな村があった。
見覚えのある風景だった。
ゲーム序盤に登場する、辺境の村に似ている。
「……本当に、ゲームの世界なのか?」
立ち上がり、服についた土を払う。
腰の袋を調べると、乾いたパンが一つと、小さな水袋が入っていた。武器らしいものはない。
ネクロマンサーとしての能力も、使い方がわからない。
ひとまず村へ行こう。
そう考えて歩き出したときだった。
村の方から、鐘の音が響いた。
カン、カン、カン、カン。
一定の間隔で鳴るはずの鐘が、途中から乱れ始める。
まるで、誰かが恐怖に駆られて力任せに叩いているかのように。
続いて、悲鳴が聞こえた。
俺は足を止めた。
村の入り口から、黒い煙が上がっている。
そして森の中から、何かがこちらを見ていた。
四本の脚。
低い姿勢。
血に濡れた牙。
狼だった。
ただし、普通の狼ではない。
その身体には、黒い筋のようなものが走り、目は不気味な赤色に染まっていた。
狼が口を開く。
唸り声が、静かな草原に響いた。
俺は一歩、後ずさった。
鐘が鳴り続ける。
そして、狼が地面を蹴った。




