↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/20

第15話 人間の死体

 討伐隊の一件から二日後、俺はようやく報酬の一部を受け取った。


 全額ではない。逃げた隊長の責任をどこまで依頼主に負わせられるか、まだ調査が続いているらしい。それでも、怪我人を救った働きについては認められた。


 俺は受け取った硬貨を数えた。


 薬代と宿代を払えば、ほとんど残らない。


「……簡単には楽にならないな」


 生きるために働き、働くために治療を受け、治療費を払うためにまた働く。


 それでも、少しずつ前へ進んでいる。


 薬草採取だけだった頃と違い、俺には罠を使う知識ができた。死霊の狼を偵察や囮に使う方法も、少しずつ理解できている。


 失った狼は戻らない。


 だが、あの失敗から学んだことまで失うつもりはなかった。


 俺は道具屋でロープを買い足し、墓地へ向かった。


 フィアに、最近の仕事で起きたことを話しておきたかった。死霊術の使い方についても、もう一度考えたい。


◇◆◇


「人間の遺体を、アンデッドにするんですか?」


 話を聞いたフィアは、驚いたように目を見開いた。


「いや、まだ何もしていない。討伐の現場で遺体を見つけたんだ。戦力として使えるかもしれないと思っただけだ」


「その人が誰なのか、わかっているんですか?」


「それが、まだ……」


 フィアは眉を寄せた。


「だったら、先に調べるべきです」


 彼女の言葉に、俺は黙り込んだ。


 死霊術を使えば、狼だけでなく人間の死体も動かせる可能性がある。身体が大きく、道具を持てる人間なら、戦力として有用かもしれない。


 そう考えたことは事実だった。


 だが、あの遺体にも人生があったはずだ。


 誰かと暮らし、誰かを大切にし、何かを望んでいたかもしれない。


 俺は、その人間の人生を知らない。


「……そうだな。まずは身元を調べる」


 フィアは少し安心したように頷いた。


「管理人に聞いてみます。墓地の記録や、村に届いた行方不明者の届けが残っているかもしれません」


 俺たちは墓地の管理小屋へ向かった。


 古い帳面が何冊も棚に並び、埃をかぶった書類が木箱に詰められていた。フィアは手慣れた様子で帳面を取り出し、日付を確認していく。


 しばらくして、彼女の手が止まった。


「……これかもしれません」


 帳面には、数日前から行方がわからなくなっている旅人の記録があった。村の外へ荷物を運ぶ仕事をしていた男性で、家族は隣の集落に住んでいるという。


 記録には、男性が戻らなかった場合の連絡先も書かれていた。


「討伐現場で見つけた遺体が、この人だとは限らない。でも、確認する価値はある」


 俺は帳面を閉じた。


「家族のところへ行こう」


◇◆◇


 翌日、俺たちは隣の集落を訪ねた。


 家族の家は、集落の端にある小さな木造の建物だった。扉を開けた女性は、フィアが事情を説明する間、何度も手を握りしめていた。


「夫が……見つかったかもしれないんですか?」


「まだ、確定ではありません。遺体の特徴を確認したいんです」


 フィアが丁寧に答えた。


 女性はしばらく黙っていたが、やがて家の中へ戻り、一枚の布を持ってきた。


「夫は、右手の薬指に古い傷があります。若い頃に仕事で怪我をして、それからずっと跡が残っていました。それと、この布を首に巻いていました。私が縫ったものです」


 布には、何度も繕った跡があった。


 俺はそれを見つめた。


 もし、討伐現場で見つけた遺体がこの人の夫だったなら。


 俺が戦力として利用しようと考えたのは、誰かの夫であり、家族だった人間だ。


「……確認してきます」


 俺はそう答え、フィアとともに集落をあとにした。


◇◆◇


 討伐現場は、村から北へ進んだ森の外れにあった。


 俺たちは周囲を警戒しながら、遺体を見つけた場所へ向かった。


 そこには、壊れた荷車と、散乱した荷物が残っていた。


 そして、木の根元に、一体の人間の遺体が横たわっていた。


 右手の薬指には古い傷がある。


 衣服の一部には、布が引き裂かれた跡が残っていた。


 俺は女性から預かった布を取り出した。


 遺体の首元に残された繊維と、布の色が一致している。


「……この人だ」


 フィアが息を呑んだ。


 俺は遺体のそばに膝をついた。


 死体を動かせば、戦力になるかもしれない。


 その考えが、頭の片隅に浮かんだ。


 だが、今はもう、そう簡単には考えられなかった。


 この人には家族がいる。


 帰りを待っている人がいる。


 そして、遺族は遺体を返してほしいと願っている。


「この人を、アンデッドにはしない」


 俺は静かに言った。


「戦力として使うより、家族のもとへ返すほうが先だ」


 フィアは何も言わず、頷いた。


 俺たちは遺体を丁寧に布で包み、運搬の準備を始めた。


 しかし、帰り道へ向かおうとしたとき、森の奥から唸り声が響いた。


 一体ではない。


 複数の足音が、こちらへ近づいてくる。


 俺は遺体を守るように立ち、周囲を見回した。


 木々の間から、背中に硬い突起を持つ魔物が姿を現した。


 その数は三体。


 狼の死霊は、先日の討伐で失っている。


 毒草を使うには準備が足りず、罠を仕掛ける時間もない。


 俺の手元にあるのは、短いロープと数本の杭だけだった。


 しかも、背後には運ばなければならない人間の遺体がある。


 逃げるだけなら、できるかもしれない。


 だが、遺体を置いていけば、魔物に荒らされる可能性がある。


 俺は歯を食いしばった。


「……今度は、見捨てない」


 その言葉が、誰に向けたものなのか、自分でもわからなかった。


 魔物が一斉に動き出す。


 俺はロープを握りしめ、周囲の地形を必死に見渡した。


 正面から戦えば勝てない。


 死霊の狼もいない。


 それでも、遺体を守りながら生きて帰る方法を考えなければならない。


 俺は初めて、死体を動かすこと以外の理由で、死者を守るために戦おうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。