第14話 裏切りの報酬
「囮になれ。魔物を引きつけるのがお前の仕事だ」
討伐隊の隊長は、地図を広げたまま言った。
俺は顔を上げた。
「囮ですか?」
「お前はネクロマンサーだろう。死霊を使って魔物を誘導できると聞いた。なら、森の奥から魔物を引き出せ。こちらが待ち伏せして仕留める」
依頼主は、村の近くで魔物の被害が増えていることを理由に、臨時の討伐隊を編成していた。隊員は四人。俺はその補助として雇われた。
報酬は、これまでの採取や護衛よりも高い。
治療費と宿代を払い、道具を揃えるにはありがたい金額だった。
「囮を使うなら、先に退路を確認したいです。魔物の数もわからないまま森へ入るのは危険です」
「細かいことはいい。魔物が出たら、こちらへ誘導しろ」
「ですが――」
「お前を雇ったのは、その能力を使うためだ。危険があるのは承知の上だろう?」
隊長の声には、相談する余地がなかった。
俺は周囲の隊員を見た。二人は視線を逸らし、一人は気まずそうに肩をすくめた。
どうやら、俺に安全を保証するつもりはないらしい。
それでも、仕事を断れば収入はゼロだ。
俺は短く息を吐いた。
「わかりました。ただし、こちらで退路と目印を用意します。危険だと判断したら、命令に関係なく撤退します」
隊長は不満そうに口を曲げた。
「好きにしろ。魔物を引き出せばいい」
◇◆◇
森へ入る前に、俺は周囲を確認した。
地面は湿っている。木々の間には狭い通路があり、その先に岩場と浅い谷がある。道の一部は崩れかけており、大きな魔物が一度に通るのは難しそうだった。
俺はロープと杭を使い、通路の脇に簡単な目印を設置した。狼の死霊は、魔物の位置を探るために森の奥へ向かわせる。
死霊の狼は以前よりも動きが鈍くなっていた。脚の損傷が残っているのだろう。長時間の偵察には向かない。
無理をさせれば、制御が乱れる可能性もある。
俺は命令を短くした。
「奥へ進め。魔物を見つけたら、ここへ戻れ」
しばらくして、狼の死霊が戻ってきた。
その背後から、複数の足音が聞こえる。
森の奥にいたのは、背中に硬い突起を持つ魔物だった。少なくとも三体。互いに距離を保ちながら、こちらへ向かってくる。
俺は討伐隊へ合図を送った。
ところが、隊長は予定していた待ち伏せ地点から移動していた。
「おい、何をしている!」
隊長が叫んだ。
「魔物をこっちへ誘導しろ! もっと近づけろ!」
「三体います! この場所では危険です。谷の手前まで誘導します!」
「指図するな!」
その瞬間、魔物の一体が狼の死霊へ飛びかかった。
死霊の狼は横へ逃れようとしたが、傷ついた脚がもつれ、地面へ倒れた。
俺は魔力を送って立ち上がらせようとした。
だが、魔物の牙が死霊の首に食い込んだ。
頭の奥に鋭い痛みが走り、つながりが大きく揺らいだ。
「くそっ……!」
狼を囮にしている間に、俺自身も退路を失いかけていた。
隊長たちは、俺を助けるどころか、後方へ下がり始めている。
まさか、最初から俺を捨てるつもりだったのか。
◇◆◇
俺は怒りを飲み込んだ。
今、隊長を追いかけても何も解決しない。
生き残ることが先だ。
俺は設置しておいた目印を確認し、谷へ続く狭い通路へ走った。魔物たちは狼を倒したあと、俺を追いかけてきた。
狙いどおりだ。
俺は通路の手前で横へ飛び、魔物の進路を空けた。
先頭の魔物が勢いよく通り抜ける。
その脚が、あらかじめ仕掛けていたロープに引っかかった。
魔物の身体が傾き、後続の一体とぶつかる。
さらに後ろの魔物が急停止し、狭い通路の中で互いに進路を塞ぎ合った。
完全に止められたわけではない。
だが、三体が同時に襲ってくる状況は避けられた。
俺は近くの岩へ石を投げつけた。
乾いた音が響き、魔物の注意がそちらへ向く。
その隙に、俺は谷の反対側へ回った。
崩れかけた地面に、魔物の重い足が沈む。
一体が足を取られ、身体を大きく揺らした。
俺はロープを引いた。
仕掛けが崩れ、積み重なっていた小石が斜面を滑り落ちる。魔物は驚いて後退し、狭い通路の奥へ押し戻された。
俺はその隙に退路を確保した。
隊長たちの姿は見えない。
報酬のことを考えると、腹の底が熱くなった。
だが、今は追いかけない。
生きて戻り、何が起きたかを証明する。それが先だ。
◇◆◇
森の入口へ戻ると、討伐隊の隊員の一人が座り込んでいた。
腕から血が流れ、顔色も悪い。
「隊長は?」
俺が尋ねると、隊員は苦しそうに顔を上げた。
「……逃げた。魔物が増えたのを見て、俺たちを置いていったんだ」
「ほかの人は?」
「一人は足を怪我して動けない。俺はそいつを連れて戻ろうとしたが、途中で魔物に追われて……」
俺はすぐに周囲を確認した。
怒りは消えない。
だが、怪我人を放置するわけにはいかなかった。
「動けますか?」
「少しなら」
「俺の後ろについてきてください。魔物は谷の向こうに誘導しましたが、戻ってくる可能性があります」
俺はロープを使って簡単な支えを作り、隊員の身体を支えながら進んだ。
途中、狼の死霊が倒れていた場所を通った。
死霊は、もう動かなかった。
魔力を送っても反応はない。損傷が大きすぎたのだろう。
俺は一瞬だけ立ち止まった。
この狼がいなければ、偵察はできなかった。囮にもなってくれた。
それでも、俺はこの死霊を失った。
怒りに任せて隊長を追っていたら、怪我人まで失っていたかもしれない。
俺は奥歯を噛みしめ、再び歩き出した。
◇◆◇
村へ戻ると、依頼を仲介した窓口へ事情を説明した。
隊長が勝手に退却したこと。危険な囮役を押しつけ、隊員を置き去りにしたこと。俺が仕掛けと地形を使って魔物を誘導し、負傷した隊員を連れて戻ったこと。
証言できる隊員もいた。
窓口の男は厳しい顔で記録を取り、隊長の行動について調査すると約束した。
報酬については、すぐには結論が出なかった。
「依頼主が逃げた以上、支払いの確認が必要だ。だが、仕事の一部を果たしたことは記録しておく」
俺は頷いた。
悔しい。
仕事を成功させても、報酬が確実に手に入るとは限らない。
それでも、俺は生きて戻った。負傷した隊員も救えた。
今回の判断は、間違っていなかったと思いたい。
死霊術は、敵を倒すためだけの力ではない。
囮を使い、敵を分断し、逃げ道を作る。人間が相手でも、状況を見極めれば役立てる。
ただし、相手が信頼できる人間とは限らない。
俺は壊れたロープを見つめた。
次に依頼を受けるときは、報酬の条件だけでなく、依頼主が何を求めているのかも確認しよう。
誰かの言葉を信じるだけでは、生き残れないのだから。




