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第13話 毒を仕込め

 薬草採取の依頼で得た知識が、思わぬところで役に立った。


 俺は道具屋の店先で、乾燥した植物の束を見つめていた。葉の縁には細かな棘があり、茎を折ると独特の臭いが漂う。


「それは毒草だ。素手で触るなよ」


 店主が注意した。


「毒草なんですか?」


「汁が皮膚につくと、ひどいかぶれが出る。食べれば腹を壊すし、量によっては動けなくなる。薬師なら扱うこともあるが、普通の人間が使うものじゃない」


 俺は葉を見た。


 先日の荷馬車護衛では、狼の死霊を囮にして魔物をぬかるみへ誘い込んだ。うまくいったが、あれは地形に恵まれたからだ。平坦な道で同じ方法が通用するとは限らない。


 敵を動けなくできれば、戦い方の選択肢が増える。


「この草は、どこに生えていますか?」


「村の北にある湿地だ。だが、採りに行くなら気をつけろ。毒草だけを見ていると、足元をすくわれるぞ」


 店主は俺の顔を見た。


「まさか、魔物に使うつもりか?」


「動きを鈍らせられるなら、危険を減らせるかと思って」


「毒は便利な道具じゃない。効く相手もいれば、効かない相手もいる。扱いを間違えれば、自分が先に倒れる」


「わかっています」


 本当は、十分にわかっているとは言えなかった。


 だからこそ、慎重に試す必要がある。


◇◆◇


 湿地は村から歩いて一時間ほどの場所にあった。


 ぬかるんだ地面には浅い水たまりが点在し、背の低い草が風に揺れている。俺は木の枝で足元を確かめながら進み、毒草を数本採取した。


 素手では触らず、布で包んで袋へ入れる。


 次に、店主から教わった方法で、葉の汁を少量だけ取り出した。


 刺激臭が鼻を突いた。


「……これを使うのか」


 俺は顔をしかめた。


 毒の扱いは、ゲームで見た知識とは違う。どの程度の量でどんな反応が起きるのか、相手によってどれだけ違うのか。ここでは、試すこと自体に危険がある。


 俺は毒を直接武器に塗るのではなく、地面に置いた木片へ少量だけ付けた。


 その木片を、罠の仕掛けに使う。


 目的は魔物を殺すことではない。


 動きを鈍らせ、その隙に逃げるか、地形を利用して拘束することだ。


 俺は湿地の端にある細い獣道を選び、ロープと杭を使って簡単な仕掛けを作った。魔物が通る可能性のある場所へ毒を付着させた木片を置き、その先にぬかるみが広がるように誘導する。


 これでうまくいく保証はない。


 しかし、何も準備せずに遭遇するよりはましだ。


◇◆◇


 しばらく待つと、草むらが揺れた。


 現れたのは、犬ほどの大きさの魔物だった。鼻先を地面に近づけ、何かを探している。背中には硬い突起があり、先日の荷馬車を襲った魔物とよく似ていた。


 俺は岩陰に身を隠した。


 魔物は獣道へ入り、毒を付けた木片の近くを通った。


 だが、反応はなかった。


「……効かないのか?」


 魔物はそのまま歩き続けた。


 俺は焦りそうになる気持ちを抑え、仕掛けの先を確認した。


 魔物の足が、ぬかるみに沈む。


 その瞬間、身体が大きく傾いた。


 魔物は前脚を踏ん張ろうとしたが、地面が柔らかく、思うように力が入らない。


 俺はロープを引いた。


 仕掛けが動き、魔物の進路が狭い場所へ誘導される。


 魔物は唸り声を上げ、何度も地面を蹴った。そこでようやく、足元に触れた毒の影響が出始めたのか、動きが鈍くなった。


 効いている。


 だが、完全に動きを止めるほどではない。


 魔物は身体をひねり、ロープを引きちぎろうとした。


「くそっ、思ったより強い!」


 俺は慌てて後退した。


 その拍子に、毒を付けた木片が倒れ、汁が飛び散った。


 右手の甲に、わずかな液体がかかった。


 直後、皮膚が焼けるように痛んだ。


「っ……!」


 俺は反射的に手を引いた。


 毒が触れた場所が赤くなり、指先が痺れ始める。


 自分の仕掛けで、自分が危険に陥った。


 魔物はまだ暴れている。


 俺は歯を食いしばり、用意していた布で手を覆った。直接触れないように注意しながら、ロープを離し、退路を確保する。


 ここで欲張れば、手の傷が悪化する。


 魔物を倒す必要はない。


 動きが鈍っている今なら、距離を取れる。


 俺は岩場の狭い通路へ走り込み、魔物が追ってこられない場所まで逃げた。


 背後で唸り声が遠ざかっていく。


◇◆◇


 村へ戻ると、俺はすぐに治療所へ向かった。


 女性は手の甲を見るなり、険しい顔になった。


「毒草を扱ったのね?」


「少しだけ。罠に使おうとして……」


「少しだけでも、毒は毒よ」


 手を洗い、薬を塗り、包帯を巻く。処置を受けている間、俺は何度も自分の判断を振り返った。


 毒は魔物の動きを鈍らせた。


 だが、使い方を間違えれば自分を傷つける。


 それに、毒だけで勝てるわけでもない。敵の身体の構造や耐性が違えば、まったく効かない可能性もある。


「今度から、必ず扱い方を確かめます」


「そうしなさい。戦うための道具は、使う人間が安全に扱えて初めて役に立つの」


 治療所を出ると、手はまだ痛んでいた。


 それでも、ひとつわかったことがある。


 敵を弱らせる方法は、力だけではない。


 毒、罠、地形、そして敵の習性。


 それらを組み合わせれば、正面から勝てない相手にも対抗できるかもしれない。


 ただし、準備には知識がいる。


 失敗すれば、自分が代償を払うことになる。


 俺はそのことを忘れないよう、依頼書の裏に書き留めた。


 そして、手の包帯を見つめた。


 次に戦うときは、毒を使う前に、まず安全な扱い方を確かめよう。


 生き残るための戦術は、自分を危険にさらすだけでは意味がないのだから。


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