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第12話 初めての依頼人

「報酬は仕事が終わってからだ。魔物が出たら、荷馬車を守ることを優先してくれ」


 商人の男は、そう言って俺に依頼の内容を説明した。


 名前はバルド。村で仕入れた食料や生活用品を、近隣の集落へ運んでいるらしい。護衛は二人。片方は剣を持った中年の男で、もう片方は槍を携えた若い男だった。


「お前が助っ人か?」


 剣士が俺の肩の包帯を見た。


「その傷で戦えるのか?」


「正面から戦うのは得意じゃありません。偵察や囮なら役に立てると思います」


「囮だと?」


 剣士は眉をひそめた。


「自分の身を守れるのかも怪しい奴に、仕事を任せろというのか」


「無理に戦うつもりはありません。危険があれば、先に知らせます」


 バルドは少し考えたあと、頷いた。


「魔物の位置がわかるだけでも助かる。危険な場所を通るからな。無茶をしないこと、それが条件だ」


 こうして、俺は初めて正式な依頼を受けることになった。


◇◆◇


 荷馬車が村を離れてしばらくすると、道は森に挟まれた細い坂道へ変わった。


 道の脇には水が流れ、雨のあとらしく地面がぬかるんでいる。車輪が泥に沈み、荷馬車の速度が落ちた。


 俺は周囲を観察した。


 木々の間に、獣の足跡がある。


 昨日、薬草を採りに行った岩場で見たものと似ていた。


「止まってください」


 俺の声に、御者が手綱を引いた。


「どうした?」


「この先に魔物がいるかもしれません。足跡が道の脇へ続いています」


 剣士は地面を確認した。


「確かに獣の跡だ。だが、これだけでは種類まではわからんな」


「少し先を確認します」


 俺は道の外れへ移動した。


 袋の中には、以前動かした小型の獣の骨片が残っていた。だが、偵察に使うなら、もっと適した死体が欲しい。


 森の奥で、狼の死体を見つけた。


 すでに死後かなりの時間が経っているらしく、毛皮は汚れ、片脚には古い傷があった。


 俺は周囲を確かめてから、死体のそばにしゃがみ込んだ。


「……少しだけ力を借りる」


 魔力を流す。


 狼の脚が動き、首が持ち上がった。頭の奥に痛みが走るが、昨日よりは制御しやすい。


 俺は短い命令を与えた。


「道の先へ進め。動くものを見つけたら戻れ」


 狼の死霊は、ぎこちない足取りで森へ入っていった。


 俺はその場に留まり、意識のつながりを探った。


 やがて、頭の奥にかすかな反応が生まれた。


 狼が何かを見つけた。


 草が揺れる。


 低い唸り声。


 そして、複数の足音。


「戻れ!」


 命令を送ると、狼の死霊がこちらへ駆け戻ってきた。


 その背後から、二体の魔物が姿を現した。


 犬に似た体形だが、背中には骨のような突起が並び、口からは濁った涎が垂れている。


「魔物だ!」


 剣士が剣を抜いた。


 俺は道の脇を見た。


 ぬかるみが広がっている。荷馬車が通るには厳しいが、魔物の足を取るには十分な深さがありそうだ。


「正面で受け止めないでください! こっちへ誘導します!」


「何をする気だ!」


「俺の狼を囮にします!」


 剣士が何かを言いかけたが、魔物が先に動いた。


 俺は狼の死霊を道の反対側へ走らせた。魔物たちはすぐに追いかけてくる。


 死霊の狼は、速くはない。


 それでも、魔物の注意を引きつけるには十分だった。


 俺は狼をぬかるみの近くへ誘導し、最後の瞬間に横へ逃がした。


 勢いのついた魔物の一体が泥へ踏み込む。


 前脚が沈み、身体が傾いた。


「今です!」


 剣士が飛び込んだ。


 剣が魔物の肩を切り裂く。もう一体は仲間の異変に気づいて進路を変えようとしたが、槍使いが道を塞いだ。


 魔物は暴れた。


 俺は狼の死霊を背後へ回し、注意を引きつけ続ける。


 やがて、剣士の一撃が魔物を倒した。


 もう一体も、槍使いと剣士の連携で動かなくなった。


 俺は膝に手をつき、息を整えた。


 頭が痛い。魔力もかなり減っている。


 だが、荷馬車は無事だった。


◇◆◇


「助かった。おかげで荷物を失わずに済んだ」


 バルドは安堵した様子で言った。


 俺は報酬を受け取ろうと手を差し出した。


 しかし、剣士が間に入った。


「待て。こいつの働きは大したものじゃないだろう」


「でも、魔物の位置を見つけたのは彼だ」


「死体を動かして魔物を引きつけただけだ。俺たちが倒さなければ、どうなっていたかわからん」


 剣士は俺を睨んだ。


「それに、あんなものを使う人間を信用するわけにはいかない。報酬を満額払う必要はないだろう」


 俺は拳を握った。


 またか。


 仕事を成功させても、能力を理由に価値を認めてもらえない。


「俺は依頼どおり、危険を知らせて囮を務めました」


「死体を動かすのが仕事だというなら、死体が壊れた分の責任も取るのか?」


「……それは」


 言葉に詰まった。


 確かに、狼の死霊は魔物に噛みつかれ、脚の一部を損傷していた。もう一度動かせるかどうかもわからない。


 それでも、俺は仕事をした。


 バルドはしばらく考え、剣士を制した。


「約束した報酬は払う。彼がいなければ、魔物に気づかず襲われていた可能性もある」


 剣士は不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。


 俺は報酬を受け取った。


 金額は大きくない。


 それでも、初めて自分の能力を仕事に役立てたという実感があった。


 同時に、別のことも理解した。


 戦闘に勝つことと、信用を得ることは違う。


 俺がどれだけ工夫しても、死霊術への恐怖は簡単には消えない。


 だからこそ、これからも結果を積み重ねる必要がある。


 荷馬車が再び動き出す。


 俺は損傷した狼の死霊を見つめた。


 この一体だけで、できることには限界がある。


 もっと安全に動かし、少ない魔力で役割を果たさせる方法を考えなければならない。


 次に魔物と遭遇したとき、同じ方法が通用するとは限らないのだから。


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