↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/14

第11話 死体を借りる条件

「その死体を、動かすつもりですか?」


 フィアの問いに、俺はすぐに答えられなかった。


 墓地の外れ。魔物化しかけていた死体は、エドラン司祭の処置によって動きを止めていた。黒い紋様が浮かんだ手首は布で覆われ、周囲には教会の印が描かれている。


 エドランは四十代半ばほどの男性で、落ち着いた声と鋭い目を持っていた。彼は俺がネクロマンサーだと知ると警戒を隠さなかったが、先ほどの異変については冷静に対処していた。


「危険を防ぐために動かす必要があるなら、選択肢の一つではあります」


 俺は言葉を選びながら答えた。


「ですが、勝手に操るつもりはありません」


「勝手に、とは?」


「死体を動かせるからといって、何でもしていいわけではないでしょう。少なくとも、本人や遺族の意思を確認できるなら、先に確かめるべきです」


 フィアがこちらを見た。


「本人の意思なんて、亡くなった人から聞けるんですか?」


「……普通は無理だと思う」


 死霊術で死体を動かせる。それは事実だ。


 だが、動かした死体が生前の意思を持っているわけではない。俺が命令を与え、その命令に従わせているだけだ。


 それを、本人が望んでいると解釈していいはずがない。


「だから、遺族がいるなら相談する。誰の遺体かわかるなら、勝手に使わない。少なくとも俺は、そうする」


 フィアは少しだけ表情を緩めた。


「それなら……少しは安心できます」


「少し、か」


「だって、死体を動かすこと自体が怖いのは変わりませんから」


 正直な言葉だった。


 俺だって、自分が動かしているものを完全に理解しているわけではない。死体が動き出す感覚は、慣れたつもりでも気味が悪い。


 ただ、使わなければ生き残れない場面もある。


 その事実が、俺をさらに悩ませていた。


◇◆◇


「一つ、確認したいことがあります」


 エドラン司祭が口を開いた。


「あなたは死霊術を、どこで学んだのですか?」


「学んだというより、職業を得たときに使い方がわかるようになったんです」


「職業を得た?」


「……説明が難しいんですが、俺はこの世界に来たばかりです。最初からネクロマンサーになるつもりだったわけではありません」


 五つの職業から選ばなければならなかったこと。ほかの四人が先に職業を選び、最後に残ったものを俺が選んだこと。


 それらを話そうとして、途中で言葉を止めた。


 自分でも、どこまで説明すれば信じてもらえるのかわからない。


 エドランは無理に追及しなかった。


「事情はわかりました。ですが、この土地では死者の扱いに規則があります。魔物化を防ぐために死体を動かす場合でも、教会の許可が必要になることがある」


「死体が魔物になるのは、よくあることなんですか?」


「珍しくはありません。特に、魔王の軍勢が現れてからは」


 エドランは墓地の奥を見た。


「だからこそ、死者を適切に葬り、墓を管理する必要がある。あなたの能力が役立つ可能性は否定しません。しかし、危険性もある。どちらか一方だけを見るわけにはいかないのです」


 その言葉には、偏見だけではない現実があった。


 ネクロマンサーが危険視される理由は、単に死体が気味悪いからではない。死体が魔物化する世界で、死体を動かす力は、使い方を誤れば大きな危険を招く。


 俺は頷いた。


「わかりました。今後、誰かの遺体を使う必要が出たら、確認できる範囲で持ち主や遺族の意思を確かめます。教会の規則にも従います」


「約束できますか?」


「できます。ただし、誰の遺体かわからず、今にも魔物化して誰かを襲いそうな場合は、まず危険を止めます。そのあとで、できる限り丁寧に扱います」


 エドランはしばらく俺を見つめた。


「……その判断が必要になる日もあるでしょう。だからこそ、簡単に約束を破らないことです」


◇◆◇


 話が終わったあと、俺はフィアと墓地の外れを調べた。


 黒い紋様が浮かんでいた死体は、古い埋葬記録にも名前が残っていなかった。墓石の文字もほとんど消えており、誰が埋葬されたのかはわからないという。


「名前がわからない人もいるんだな」


「戦争で亡くなった人や、遠くから来た旅人もいます。身元がわからないまま埋葬される人もいるんです」


 フィアは墓標の表面を布で拭いた。


「でも、名前がわからなくても、誰かが生きていたことは変わりません」


 俺はその言葉を聞き、黙り込んだ。


 俺が動かしている狼にも、生きていた時間があったはずだ。何を食べ、どこを走り、何を恐れていたのか。今の俺には、その一部を想像することしかできない。


 死体を戦力として考えるのは簡単だ。


 だが、その向こうには、生きていたものの時間がある。


 俺は墓地の土を見下ろした。


「フィア。もし、どうしても死霊術を使わなければ誰かを救えない場面が来たら、君はどうする?」


「……わかりません」


 フィアは正直に答えた。


「死体を動かしてほしくないと思うかもしれません。でも、それで生きている人が助からないなら……すぐには決められないと思います」


「そうだよな」


 簡単な正解などない。


 死者を尊重することと、生きている人を守ること。その二つが衝突したとき、俺は選ばなければならない。


 だからこそ、何も考えずに能力を使うわけにはいかないのだ。


 そのとき、墓地の入口から声がした。


「おーい! 荷馬車の護衛を手伝える人間を探しているんだが!」


 振り返ると、商人らしい男が立っていた。背後には荷馬車が一台あり、御者が困った顔で手綱を握っている。


「村の外の道で魔物が出るらしい。護衛の補助をしてくれる人間はいないか?」


 俺はフィアを見た。


 フィアは小さく頷いた。


「行ってきてください。仕事をしないと、宿代も払えないんでしょう?」


「……そうだった」


 俺は商人のもとへ歩き出した。


 生きるためには金が必要だ。


 そして、死霊術をどう使うべきかという問いにも、実際の行動で答えを出していかなければならない。


 今度の仕事では、死者を道具として扱うのではなく、誰かを守るための力として使えるだろうか。


 その答えは、まだわからなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。