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明治純愛フィロソフィア  作者: 猫塚ルイ


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第14話

「……紬。今夜は、鹿鳴館で大きな夜会がある。一緒に行こう」


伊織様のその言葉に、私は耳を疑った。


あの日、叔父様に絶縁を突きつけ、九条の家名を捨てるとまで言った伊織様。


社交界では今、「伊織様が田舎娘に骨抜きにされ、家を飛び出すらしい」という心ない噂が飛び交っていると聞いていたからだ。


「私が行けば、また伊織様に恥をかかせてしまいます。……お守りだけで、私は十分幸せですから」


「いいや、違うんだ。……俺が、君を自慢したいんだ。俺の『フィロソフィア』は、ここにあるのだと」


伊織様は、かつての「遊び人」の顔ではなく、一人の「男」としての強い光を瞳に宿していた。


夜会の会場は、以前よりもさらに華やかで、そして冷ややかな視線に満ちていた。


私と伊織様が姿を現した瞬間、会場中のざわめきが止まる。


私は、伊織様が贈ってくれた、派手すぎないけれど品格のある「勿忘草色」の着物に身を包み、彼の腕にすがっていた。


「おや、九条様。……例の『お人形さん』をお連れですか?」


「家を捨てるという噂は、本当なのですか? もったいないことに」


聞こえてくる嘲笑。


しかし、伊織様は一歩も引かず、会場の中央へと歩みを進めた。


彼はポケットから、私が贈ったあの「不器用な守り袋」を取り出し


全員に見えるように掲げたのだ。


「……皆さんに、一つだけお伝えしたいことがある」


伊織様の凛とした声が、シャンデリアの音をかき消した。


「私はこれまで、愛を遊戯だと思い、偽りの言葉でこの場を濁してきた。……だが、彼女に出会い、知った」


「真実の愛とは、家柄や美貌で測るものではなく、ただ一人の女性の真心に、己の全てを捧げることだと」


伊織様は、私の手を取り、跪いた。


帝都一の遊び人が、公衆の面前で、地味な田舎娘に跪いている。


……会場中が、水を打ったように静まり返る。


「俺は九条の地位を捨てる。財産も、この華やかな夜会も、もういらない。……紬。俺は、君だけを愛し、君だけを守るために、これからの人生を捧げると誓う」


「……俺の妻として、一生、俺の隣にいてくれないか」


「…………っ!!」


私の目から、大粒の涙が溢れ出した。


地位を捨てることへの恐怖なんて、微塵も感じさせない。


ただ、私に拒絶されることだけを恐れているような、震える手。


「……伊織様…っ」


「……今度はなんだ」


伊織様は苦笑いしながら、でも、これまでにないほど幸せそうに目を細めた。


「私というたった一人のために、本当の自分をさらけ出してくださった。……その勇気と、真っ直ぐな愛…とっても嬉しいです…尊敬せずにはいられません…っ」


「…………ああ、もう! 本当に君というやつは……!!」


伊織様は立ち上がると、周囲の目も憚らず、私を強く、強く抱きしめた。


ざわついていた客たちも、そのあまりに純粋で、 


余裕のないほど必死な「愛の誓い」に、言葉を失っていた。


「……紬。今夜、家を出よう。二人で、新しい『哲学』を書き始めるんだ」


伊織様の耳は、羞恥と歓喜で、夜会のどんな紅いドレスよりも鮮やかに染まっていた。


遊び人の卒業。


そして、世界で一番「余裕ゼロ」な旦那様としての、新しい生活が始まろうとしていた。

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