第六天魔王、王都に立つ
森の境界線での大勝から数日。五百のオーク軍を完封した『魔導火縄銃』の凄まじい噂は、風よりも早く大陸を駆け巡っていた。
だが、その圧倒的な力を「世界の危機を救う希望」ではなく、「利権を脅かす不届きな力」と見なすうつけ者が、人間の住まう中央舞台に存在した。
大陸の覇権を握る人間の大国、グラン帝国――その燦然たる白亜の王都へと、私は足を踏み入れていた。
供に連れているのは、フードで耳を隠したエルフのリリアと、大槌を背負ったドワーフのガルドのみ。異世界の人間たちは、尾張の雑兵よりも派手で贅沢な法衣を纏い、まるで世界の中心にいるかのような傲慢な顔でこちらを見下ろしている。国境の街が魔族の脅威に怯えているというのに、この王都の空気は呆れるほどに弛緩していた。
「信長様、あそこが帝国の政を司る大議事堂です。ですが、すでに私たちの背後には不穏な視線がいくつも……」
リリアが緊張で声を震わせ、私の背に寄り添う。だが、私は腰の長谷部国重の柄に軽く手を置いたまま、フッと鼻で笑った。
「案ずるな。鼠がいくら集まろうと、獅子の歩みを止めることはできん。自ら首を差し出しに来るというなら、相応の歓待をしてやるまでよ」
私たちが議事堂の前へと差し掛かった、その時だった。
ジャラジャラと鉄の甲冑を鳴らし、十数人の精鋭兵を率いた一人の貴族が、私たちの行く手を傲然と立ち塞がった。
紫の豪奢な外套を羽織り、いかにも戦を知らぬ肥満体の男――グラン帝国の内政を司る大貴族、バルド侯爵であった。
「おい、貴様が森で不穏な『鉄の杖』を造り、亜人どもを率いて謀反を企てているという、どこの馬の骨とも知れぬ平民か」
バルド侯爵は、手にした扇で不快そうに私を指差した。その背後の兵たちは、すでに剣の柄に手をかけ、いつでも私たちを捕縛できる体制を取っている。
「無礼者! こちらにおわす方をどなたと心得る!」
ガルドが怒りで身の丈ほどの大槌を構えようとするが、私はそれを手で制した。一歩前へ出ると、冷徹な眼光を侯爵へと真っ直ぐに向ける。
「馬の骨、か。尾張の今川義元も、駿河の国境でオレに同じことを言ったな。……うつけめ、貴様は誰の許可を得て、この第六天魔王の前に立っている?」
「だ、だいろくてんまおう……!? ふん、聞いたこともない不届きな二つ名だ! 良いか、この国における絶対の正義は、血統たる我ら貴族にある。貴様が造ったというその『魔導火縄銃』の技術と、連れている亜人の女どもをここに差し出せ。さすれば、命だけは助けてやろうではないか」
バルド侯爵の瞳にあるのは、国を守るための義務感などではない。我が銃の圧倒的な破壊力を独占し、権力闘争に利用せんとする、浅ましい私欲そのものであった。
身内の裏切り、保身、とんだ足の引っ張り合い。本能寺で味わったあの忌々しい人間の醜悪さが、この眼前の男に完璧に重なっていた。
「……国が滅びかけているというのに、身内の利権漁りか。これだから戦を知らぬうつけは救えん」
私は深く息を吐くと、刀を抜くことすら止め、ただ、自身の魂の底に眠る『覇気』を静かに解放した。
――ゴオォォォォォンッ!!!
瞬間、王都の青空が、まるで一瞬で漆黒の嵐の夜へと変貌したかのような、圧倒的な精神的重圧が空間を支配した。
それは、幾万の命を奪い、戦国の世の頂点に君臨した織田信長という男だけが持つ、絶対的な『王の威圧』。神仏をも恐れぬ第六天魔王の殺気が、物理的な衝撃波となってバルド侯爵とその手下たちに直撃した。
「ひっ……!? あ、あああ……っ!?」
バルド侯爵は激しくガタガタと震えだし、顔面から一瞬で血の気が引いて土気色へと変わった。その肥満体が、目に見えない巨大な巨人に押し潰されるかのように、その場にドスンと尻餅をつく。
「な、なんだこれは……! 空気が、重い……! 息が、できん……!」
周囲の精鋭兵たちも、剣を抜くことすら忘れてその場に膝を突き、過呼吸を起こして次々と白目を剥いて失神していった。
刀一振り、銃一発すら使っていない。ただの『覇気』だけで、帝国の精鋭が一瞬で戦闘不能に陥ったのだ。
私は、腰を抜かして情けなく私を見上げるバルド侯爵の前に歩み寄り、冷酷に見下ろした。
「勘違いするなよ、うつけ者。オレは貴様らの支配下に入るためにここへ来たのではない。この国の王、そして騎士たちに、真の『天下布武』の理を教えに来たのだ」
私は侯爵の足元に転がった扇を容赦なく踏み砕き、大議事堂の門に向けて再び歩き出した。
「次なる獲物は、この国の腐った仕組みそのものよ。行くぞ、リリア、ガルド。織田信長が王都に来たという真の恐怖を、城の中にいる奴ら全員に刻み込んでやるわ」
恐怖に凍りつく王都の住人たちを尻目に、第六天魔王は堂々と帝国の心臓部へと乗り込んでいくのだった。




