第7章 別れた男の面影を求めて
以前、悠と自転車で夜中帰ったことがあった。途中で鳥の囀りを聞き、
新聞配達のざわめきに朝の到来を感じながら、自転車の後ろに座って彼の腰をギュッと握っていた。
朝の風が心地よく、白々と太陽の光がまぶしくて、人生がキラキラ耀いていた。
あの時を思い出すと、胸がキュンとうずく。でも、今はそんな彼はいない。
あのギスギスした女性と、どこかで抱き合っているのかも知れない。
もっと可愛い女の子だったら我慢もできる。あんな女に負けたのかと思うと自尊心が傷付いた。
タクシーに乗って帰ろうか?お金はいつもカード入れに余分に入れてある。
今は社会人だから、カードだって持っている。学生時代の貧乏暮らしとはわけが違う。でも、家に帰れば尊敬はしているけれど、そんなに好きでもない今の彼がいる。
今日は彼の顔を何故だか見たくなかった。
何となく街を彷徨ううちに、いつか通ったホテル街に迷い込んでしまった。
何組かのカップルが歩いている。そして、どこかのホテルに吸い込まれるように消えて行く。
入口でもめているカップルもいる。
「絶対に何もしないから。ほら、誰かが見ている。みっともないから、とりあえず」と促され、
ホテルに入っていく女性と目が合った。こんな所で客引きでもしているのかと
思っているような顔をしていた。私は、無性に情けなくなって、早くホテル街から出ようと
足早に駅の方に向かった。数人の男性から話しかけられたけれど無視して走ったら足をすくわれて
転倒してしまった。起き上がれない。情けなくて滑稽過ぎて涙が出てきた。
「大丈夫ですか?」と若いカップルに助け起こされた。
友人以上、恋人未満というような男女の会話が心地良かった。
「こんな所で、放ほってはおけないでしょ。僕の背中に、よかったら」と背中を向ける
大学生らしき男の子に「もお、美人と見るとこれだ。迷惑そうにしてるじゃん」と
ちょっとヤンキーぽい女子が背中を蹴った。「痛っ」と
前のめりに倒れて驚くと「ビックリした?」と、
笑って飛び起きた。「このあたり、危ないから、繁華街まで一緒に行こう」と
、腕を組んでぐいぐい引っ張る女子は、まだ10代かと思えるほど無邪気な顔をしていた。
「僕らも最終電車に乗り遅れたから、漫喫に行くけど、少しそこで休んだら?足も痛そうだし」と
男子が肩を貸してくれた。漫喫とかインターネットカフェとか話には聞いていたけれど、
一度も行ったことがなかった。少しコワイ気もしたけれど、足がうずいて、
歩けそうにもなかったので、一緒に行くことにした。2つ部屋を取り、
インターネットの使い方を教えてくれた。オススメらしい漫画と一緒に飲み物も用意してくれた。
「僕らも電車が動き始めるまで隣でゲームしてるけど、お姉さんはどうする。?」と
聞かれて「実は、私こういう所、初めてなんです。もし良かったら、駅まに行く時、
声をかけてもらえますか?」と言うのが精いっぱいだった。
女の子が冷たいハンカチでキズを拭いてくれた。
「これで大丈夫。少し横になって休んで様子を見ようか?」と言うと
「何なら僕が、ずっと近くにいて看病してあげようか?」と言うなり、
女の子に蹴られて隣の部屋に連れて行かれてしまった。ありがたかった。
遠慮なくポンポンおもったことを喋るカップルが羨ましかった。
二人が部屋から出て、温かいみるくてぃをすすった。心がほどけて、つい眠ってしまった。
「僕たち、行くけど歩けそうですか?」と
心配そうに聞く二人に「大丈夫そう」とゆっくり立ち上がってみせた。
お礼に二人の分のお金も払ってあげた。外に出ると、朝の陽光がまぶしかった。




