第5章 棄てられた男との再会
そんなことがあって、1週間くらいたった頃だったろうか。貴子は友人と渋谷で会う約束があり、
別れてから久しぶりに109に行って買い物を楽しんだ。お腹が空いたので、
帰りに昔よく行っていた居酒屋に行ってみた。
どこかで、悠との思い出を懐かしんでいたのかもしれない。
まさか本当に悠と再会するなんて考えてもいなかった。9時過ぎの居酒屋は混んでいた。
一人で軽く食べて帰ろうと思っていたので、カウンター席へ通されても平気だった。
最初は遠慮がちだった隣の男性が声をかけてきた。35歳位のビジネスマンで、おしゃべりも柔和、
頼れる兄貴という感じで安心できた。私はビールを2杯ジョッキで飲んでいて少々酔っていた
。東京は同郷だというだけで親しくなれる。隣の男性も田舎は岡山だった。
海の近くで育った私と違って、山奥の行ったことのない土地の名前を言われ、
よくわからなかったけど。故郷の方言やイントネーションが懐かしく、話が弾んだ。
隣の男性も出張で上京しひとりで飲んでいたらしく、打ち合わせが近くで終わって一人で
飲むのも殺風景だと思っていたところに、こんな美人が隣り合わせになるなんて嬉しいとばかり、
どんどんビールや食べ物を注文し奢ってくれた。ちょっと飲みすぎたと思い、
トイレに立ったらそこに悠がいた。イス席に背中を向けていたので気がつかなかったのだ。
悠は女性と二人連れで、好物のイカの刺身を美味そうに食べていた。
横には、それほど綺麗でもないギスギスしている女がビールのおかわりをしていた。
私の胸は怒りで息が止りそうだった。でも、体が動かない。ずっと見つめているしかなかった。
やがて、私の存在に気付いた悠は、目を外らし決まり悪そうな顔をして、
そそくさと出て行ってしまった。
私は、身じろぎもせず彼を見送り、トイレが空いたので中に入って考えていた。
追いかけようか?私の通帳は?何と言って呼び止めたらいいのだろう?
そんなことをあれこれ考えていたら、時間だけが過ぎていく。
私には事実を受け止める勇気など無かった。憤りはあったけど、
悠を見たら許してしまいそうになる自分を感じていた。
怒りに任せて悠を問い詰めることなど、自分には出来そうもなかった。




