第25章 アドレス帳に悠の名が
誰でもいい、話がしたい。携帯電話にかかってくるのは両親からだけ。
友人たちとも疎遠になり、メールもメッセージも空っぽ。
アドレス帳を開くと懐かしい人々の名前があるけれど、今も連絡がつくかどうかは疑わしい。
ふと【悠君】という名前が目に入る。
何年も前に削除したはずなのに、おかしい。
【松村悠】という本名で入れていたはずだった。
何も考えず押してみた。
繋がるはずもないので、興味半分でつい押してみたという軽い感じだった。
ワンコールもしないうちに、懐かしい声が飛び込んでくる。
「貴子?」
ビックリしすぎて思わず切ってしまった。
そこからコール音がひっきりなしに鳴り始めた。
心の準備ができないまま33回鳴って、ボタンを押す。
「貴子さんですか?」
今度は丁寧な口調で聞いてきた。
「悠君?」
「そうだよ。あれから何年経つかな?今どこに住んでいるの?岡山の実家?」
「東京にいる。西荻窪に住んでる」思わず答えてしまって後悔した。
悠は以前のような快活な声で言った。
「僕は中野に住んでる。オフィス兼だけど」
何年も離れていたというのに、あんな別れ方をしたというのに、彼はあの頃と同じ親しさで、
何事もなかったように話している。それが信じられなかった。
別れてからの8年がなかったことのように。
いや、貴子にとっては生きているとは言えなかった8年間だったような気がしてきた。
「携帯を変えて、電話番号は変わらず使っていたけれど、
アドレス帳からは付き合いのない人は削除していたはずなのに。今まで気が付かなかった」と、
この電話に何か意図があったわけではないのだと力説していた。
「とにかく会いたい。今から西荻窪に行っていい?」
悠は少し笑いながら、貴子の言葉を遮って言った。
今さら会って、どんな顔をして何を話せばいいのだろう。
返事のできない私に、囁くように優しい声で続ける。
「ずっと待っていたんだ。貴子からの電話。いつか見つけてくれると信じていた」
「見つけるって?悠の電話番号なんて、あの日から繋がらなかったじゃない?」
悠が消えてから何度も電話したあの悲しい記憶が思い出され、
声が詰まりそうになるのをぐっと我慢する。
一呼吸おいて、悠がすまなさそうに言った。
「電話番号を入力してくれたのは、貴子のお母さんだから」
何を言っているのか分からず、頭が混乱していた。
「お母さんと会ったことがあるの?」
怖いような面持ちで、声は裏返っていた。
上京する前日に両親が話していたことの意味が知りたくて、私は悠の言葉を待っていた。




