第2話 おっさん冒険者、親子の話を聞く
無双王――
彼は、背中に描かれた鳳凰のタトゥーを晒しながら、戦場を駆け抜けた。
その姿に味方は奮起し、敵は恐れおののいたのである。
そして彼は不可能と言われたアスタリア大陸全土を平定する。
これで、平和が訪れる――誰もがそう信じた。
なのに、庶民の生活はいつまでも楽にならない。
役人や商人が私腹を肥やし、悪党がはびこる。
庶民はいつまでも、搾取される側でしかなかったのだ。
無双王の偉業は、こうした普段の苦しさの中、色あせていった。
カルマは男たちに絡まれていた親子を助けると、母親から話を聞く。
すると、この町の実情が見えてきた。
「私の夫は、この町で武器を作る職人でした」
まだ帝国と王国が戦争をしていたころ、この辺りにはたくさんの武器職人が働いていた。
しかし、戦乱の世が終わると武器の需要が減り、職人の多くが廃業する。
「それでも、夫は家族を養うために武器作りを続けていました」
しかし、減っていく仕事に耐え切れず、ついに工房をたたんで別の仕事をしようという話になっていたらしい。
「その時、アゴラさんがやってきて、大量の武器を注文したいと話を持ち掛けてきたんです」
喜んだ彼女の夫は、古くなった工具やたたらを新調することにした。そのお金もアゴラが貸してくれたらしい。
「ですが、アゴラさんの話よりかなり少ない注文しか受けられず、借金を返すことができなくなってしまいました」
それどころか、アゴラは法外な金利を要求し、借金が膨らむばかりになる。
「夫は、返済を待ってほしいと頼み込むため、アゴラさんの屋敷に向かったのですが……」
その夜、町の外れで死んでいるのが見つかったそうだ。
「そして、今度は娘さんを借金のカタに連れて行ったと……」
「エリーゼは……この子の姉は、私と妹のためになるならと、アゴラさんのところへ行ったのですが……」
先ほどの話では、エリーゼは亡くなったらしい。
その真偽はわからないが……
「同じようにアゴラさんから借金をしていて、子供を連れて行かれた家が他にもあります」
それも町全体で十人は下らないという……
さすがに、アゴラという商人は信用できない――そう悟ったのだが、もはや彼女らにはどうにもできなかった。
「きっと、夫もアゴラさんに殺されたのです。そのうえ、エリーゼまで……うう……」
「お母さん……」
親子が抱き合う姿に、カルマは黙って見守るしかない。
すると母親から――
「あなた、冒険者ですよね? 冒険者はお金さえ払えば仕事を引き受けてくれるって、本当ですか?」
「それはそうですが……」
「なら、夫とエリーゼ……娘の仇を討ってください」
「――えっ?」
つまり、それって……
「お金ならなんとかします。同じ思いの人はこの町にたくさんいます。その人たちに声をかけて……」
「ま、待ってください。まずは領主に相談するとかして……」
「領主に相談したら殺されてしまいます!」
どうやら、領主とアゴラという商人は結託しているらしい。だから、アゴラはこの町でやりたいことをやっているのだと母親は嘆く。
「カルマよ、これはちと厄介だぞ」
ちびっ子魔女の姿をした幼女がそう話しかける。
「ニーニャの言うとおりだな。お母さん、ここではなんですから……アナタの家に行ってもいいですか?」
それから、親子の家に移動し、詳しい話を聞いた。
ここの領主、ブルーノ子爵は昨年、前の領主と入れ替わりでやってきた。アゴラもブルーノに同行してきたらしい。
最初は「この町を復興させるため、アゴラに協力してほしい」と良い領主を演じていたようだが――
「しだいに、アゴラさんは約束を守らなくなりました。そして、借金の取り立てばかりを厳しくしていったのです」
「ふん、典型的な詐欺の手口だな」
幼女らしからぬ口調のニーニャがそうつぶやく。
「詐欺って……それじゃ、最初から――」
「おぬしたちは騙されていたのじゃ。そのアゴラという商人、そして領主に」
「そ、そんな……」
絶望する母親に寄り添う娘も――
「冒険者さん、私、なんでもします! 働いてお金を作ります! だから、お父さんとお姉ちゃんの仇を討ってください!」
年端もいかぬ少女の口からそんな言葉が出てくると、カルマは悲痛な表情を浮かべる。
「カルマ、どうする?」
ニーニャに返事を催促されるのだが、カルマは少し黙ったあと――
「お母さん、エレナさん、申し訳ないが、その依頼は受けられません」
「そ、そうですよね……」
ガックリと肩を落とす親子に――
「ですが、私に考えがあります。ですから、どうか希望は捨てないでください」
「それって、どういう……?」
母親の言葉を遮るように、「三日待ってください」とカルマは言い残すと、親子の家を離れた。
「アゲハ――」
外に出たところで、カルマは和服の少女に声をかける。黒と黄色の美しい布地は東方の民族衣装だという。
「はい、カルマ様」
「オレの言いたいことはわかるな?」
「はい、アゴラという商人と、領主について調べてきます」
アゲハと呼ばれた黒髪の少女はそう言うと、和服を脱ぎ捨て、一瞬で黒装束姿に変わる。
「よろしく頼むぞ」
カルマが少女の頭を撫でると、それまで無表情だった彼女がだらしない顔を見せる。
「戻ってきたら、もっとなでなでしてください」
「わ、わかった……」
ちょっと引き気味にカルマが答えると、アゲハの姿は消えていた。




