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悪夢の王 KING OF NIGHTMARE   作者: 葛飾ゴラス
第一章 冒険前夜
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9 精神魔術

 クレメンタスが呪(まじな)い師チャルゥの家で療養するようになってから二週間がすぎた。

 激痛で動けないほどだった脇腹の痛みもやっとおさまってきて、本来なら一刻もはやく〈教会〉へ戻るべきだったが、クレメンタスにはひとつの懸念があった。その懸念とは──別働隊の指揮を任されたにもかかわらず、三人の部下と十日分の物資を失い、隊長であるクレメンタスひとりだけがのこのこと帰還した場合、なにかしらの罪に問われはしないだろうか──というものだった。不安は日に日につよくなり、クレメンタスに帰ることを躊躇(ためら)わさせるまでになっていた。

 手ぶらでは帰れない、なにか成果を持ちかえらねば──クレメンタスは焦っていた。

 クレメンタスは療養しながらもチャルゥたちを観察した。〈森の民〉に関する情報を得られないか、とさぐっていた。

 ロッカという奇形の少年は、あの呪われた──とクレメンタスが思いこんでいる──人形セアルと、木の実の採集に行ったりチャルゥの手伝いをしたりと、いっしょに行動することが多かった。そして、ロッカは狩猟が上手らしく、彼が狩った獣がときおり食卓にならぶこともあった。猪を短刀一本で器用に捌く姿を目撃したこともある。

 また、ロッカはチャルゥを師匠にして呪術を学んでいた。チャルゥの呪術とは〝火〟とともにあるらしく、ロッカはチャルゥからゆずりうけた〝火〟を、仔犬を愛でるかのように可愛がって育てていた。

 からくり人形セアルは、ロッカと狩猟採集に行くほかは、力仕事を担当していた。チャルゥはここぞとばかりに、セアルに家屋の壊れた屋根や壁を修理させたり、木を伐(き)り出して薪割りをさせたりしていた。

 クレメンタスのセアルに対する警戒心が伝播しているのか、セアルのほうからクレメンタスに近づくこともなかったので、会話する機会はほとんどなかった。

 盲目の魔術師ヴェネフィカは、あ(﹅)の(﹅)ガルドール魔術学院出身だと知った。

〈ガルドール魔術学院〉とは、この世界で最大最先端の魔術研究機関であり、選ばれしものしか入学を許されない最難関学府でもある。そんなガルドールの出身者で、しかも気位が高いことで知られているエルフ族の女が、なぜこんな辺鄙な場所で、ふつうの魔術師なら見下して相手にしないであろう呪い師などと交流しているのだろうか。

 そして、チャルゥだ。彼女は、老齢なヒト族の呪い師で森や呪術の知識に長けており、本来はこの危険な場所に単身で生活しているそうだ。家のなかがこれほど賑やかなのはめずらしいことらしい。

 チャルゥについては監察のなかである発見があった。それは、彼女が定期的にひとりで長時間いなくなる日があることだった。クレメンタスは、チャルゥは〈森の民〉のところへ行っているのでは、と考えていた。

 その間隔が規則的ならば、今日、チャルゥは出かけるだろう、とクレメンタスは予想を立てていた。そしてその予想は的中し、チャルゥが朝早くに家を出ていった。クレメンタスはメイスだけを持ちだし、ほかの者に見つからないようにして、呪い師のあとを追った。

 クレメンタスはチャルゥに気づかれないように慎重にあとをつけた。だが慎重すぎたのか、ある地点で呪い師を見失ってしまった。クレメンタスは焦った。くわえて、焦燥にかられてでたらめに歩いたせいで、森のなかで迷ってしまった。尾行どころではない。これではチャルゥの家に戻りたくても戻れない。

 さらに不運はかさなるもので、クレメンタスは、傷を負わされ自身の部隊を全滅させられた因縁の相手と、再会することになった。

 オニグマだ。

 クレメンタスが気がついたときには、オニグマはとうにこちらに狙いをさだめていた。前回は〝奇跡を纏った盾〟のおかげで一命を拾ったが、いま手元にあるのはメイスのみだ。

 クレメンタスは、メイスを構えてオニグマと対峙したが、内心では死を覚悟していた。

「神よ……憐れみ給え」

 オニグマの鋭く黒光りする爪がクレメンタスに襲いかかる。クレメンタスの部下たちがそうだったように、自分自身もオニグマの鋭利な爪に全身の皮膚と肉を引き裂かれるのだ、と思った刹那──巨大な鉄槌がオニグマの脳天に落ちてきた。

 からくり人形だ!

 セアルが身の丈を超える鉄槌をオニグマの頭に叩きこんだのだ。オニグマは軽い脳震盪を起こし、不意の出来事に驚き、怯み、後退りした。

 セアルは鉄槌を肩に担ぐと、クレメンタスを見ずに言った。

「邪魔だよ。さがってな」

 オニグマは脳震盪から回復すると、セアルをあらたな標的にさだめた。不意打ちの復讐に燃えるオニグマは、身体をぐっと低くして力をためこむと、セアルめがけて飛びこんだ。

 セアルは後方へ飛んで難なく避けた。オニグマの巨体が地面を揺らす。そして巨体とは思えない俊敏さで、オニグマは再度、跳躍をした。セアルは連続攻撃のスピードに反応できず、目の前にオニグマの大きく分厚い手がせまった。

 次の瞬間、オニグマの手は腕から切り離されて、地面に落ちていた。

「!!!!!」

 オニグマの咆哮が空気を震わす。

 鉈を手にしたロッカの姿があった。どうやらその鉈で、丸太のようなオニグマの手首を、骨ごと切断したらしい。

 片手の喪失と痛みに怒り狂ったオニグマは、周囲の木々を薙ぎ倒し、めちゃくちゃに暴れ回った。

 オニグマは、片手をうばった少年を血眼になって追いかけるも、捕えることができない。ロッカ少年の奇形の脚には垂直の岩場を駆けのぼる山羊のごとき強靭な脚力があり、その脚で地面を蹴っては四方に飛び回ってオニグマを翻弄した。

 その隙をかいくぐって、セアルはグルグルと横回転して勢いをつけると、突進にあわせたカウンターの鉄槌を、オニグマの腹部に叩きこんだ。

 内臓がつぶれて動きが止まったところに、今度はロッカの鉈がオニグマの延髄に打ちこまれた。首の神経を断ち切られ、オニグマは絶命した。

 怒涛の戦闘の一部始終を見届けて呆然としていたクレメンタスの背後に、ふたつの影があらわれた。チャルゥとヴェネフィカだ。

「クレメンタスさん、すこし訊きたいことがあります。お付き合いください」

 盲目の魔術師の冷たい声をきいた途端、クレメンタスは意識が遠のいていくのを感じた。そしてそのまま視界は暗転した──


 クレメンタスが意識を取り戻すと椅子に座らされているのがわかった。寝起きの重いまぶたを持ちあげてまわりを見ると、ここはクレメンタスが療養していたチャルゥ家のあの一室ようだ。魔術か呪術で失神させられたあと呪い師の家につれ戻されたのか、と酒に酔ったときのような気怠い頭でクレメンタスは考えた。

 人がいる。呪い師の老婆と盲目の魔術師だ。

「お目覚めかい、聖(﹅)職(﹅)者(﹅)様」

 とチャルゥが嫌味を言った。

「クレメンタス様」ヴェネフィカが引き継ぐ。「なぜ、チャルゥ様を尾行なさったんですか」

 クレメンタスは座りなおそうと身じろいだが、手足がまったく動かせない。まるで見えない縄で、手首を肘かけに、足首を椅子の脚部に縛りつけられたようだ。

「手足が縛られている。魔術か呪術かで私を拘束していますね。なぜこんなことをするんですか。あんまりだ」

 クレメンタスは異議を訴えた。

「クレメンタス様、わたくしの質問に答えてください。なぜ、チャルゥ様を尾行なさったんですか」

「こんな行為は不当だ。〈教会〉を敵にまわすことになりますよ。すぐに私を自由にしてください」

 クレメンタスはヴェネフィカの質問を無視しつづけた。すると、

「……しかたありませんね。いまから貴方に〝自白〟の精神魔術を施します。精神魔術は不安定で後遺症の危険性があるので正直つかいたくなかったのですが……」

 というヴェネフィカの言葉をきいて、クレメンタスは血の気がひいた。

「いや、ちょっと待──」

 クレメンタスが言い終わらないうちに、ヴェネフィカが呪文の詠唱をはじめた。そしてクレメンタスの表層意識はヴェネフィカの支配下におかれた。

 ヴェネフィカが質問をする。

「なぜチャルゥ様のあとをつけたのですか。あなた方〈教会〉の本当の目的はなんですか」

 クレメンタスの意思とは関係なく、ひとりでに口が動く。

「チャルゥ氏を尾行したのは、氏が〈森の民〉に会いにいくのではと思ったからです」

「なぜ貴方はそれほどまで〈森の民〉にこだわるのですか」

「啓蒙です。神の正しさを知ってもらい、真実に気づいてほしいのです。私は〈森の民〉を救いたい」

 ヴェネフィカはチャルゥを見た。

「精神魔術の施術中にうそはつけません。クレメンタス様の民を救いたいという気持ちは本心なのでしょう」

 クレメンタスの情熱がほとばしり、弁舌がとまらない。

「われわれの〈奇跡〉をご覧になったことはありますか。〈奇跡〉は、傷や病を癒し、悪霊を祓い、罪を赦します。〈教会〉の信者のほとんどがヒト族であり、元奴隷です。彼らにしてみれば、奴隷の身分でなくなったこと自体が〝奇跡〟といえるのではないでしょうか。〈森の民〉もこんな危険な──」

「わかったわかった」チャルゥがたまらず割ってはいる。「お前さんの気持ちはほんものなんだろうよ。それはわかった。しかし、それならばなぜそんなに急(せ)く必要がある。〈教会〉のいまのやり方には、戦争も辞さないような性急さや焦りを感じる。そんな強引なやり方で勢力をひろげてどうする。野心を疑われてもしかたないのではないか」

 クレメンタスに若干の抵抗が見えた。が、術には抗えず告白をはじめた。

「大悪魔の復活がせまっているからです」

「大悪魔?」

 チャルゥとヴェネフィカはおたがいの顔を見たが、どちらも〝大悪魔〟というものを知らなかった。

「なんだい、その……大悪魔ってのは」

「正確にはわかりません。予言書に〝世界を滅ぼし、人類を鏖殺するモノ〟と記されているだけで、人なのか、人外なのか、または天変地異なのか──不明です。しかし昨今の、ガルドール地方の群発地震や、フェッリア鉱山の土壌腐敗など、その凶兆はすでにあらわれています。司祭様は、〝大悪魔はすでに受肉し、人の世にまぎれ潜んでいるだろう〟とおっしゃっておりました」

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