6 遺跡、ゴーレム、見世物小屋
ヴェネフィカが語る──
〈メルカタス〉は、バアル川とフェッリア川の合流地点にありまして、ふるくから水運の要所として発展してきた交易都市です。規模は王都に次ぐ大きさで、市内にはさまざまな種族があふれ、昼も夜も活気に満ちていました。
わたくしは、〈悪夢の地・下層〉へ通ずる道をさがす旅をしていましたが、もっとも可能性を感じていた候補地〈古代遺跡〉の調査が不発に終わり、落胆のなかメルカタスを訪れたときの──
「ちょっと待った待った」
ヴェネフィカがきもちよく語りはじめたところで、呪い師チャルゥが水を差した。
「ちょっとあんた、〈古代遺跡〉はだめだったのかい。儂はてっきり遺跡のなかでセアルちゃんと遭遇したものと」
「残念ながら、〈古代遺跡〉のなかに下層までの通路があるかどうか以前に入口すらも見つけられませんでした。遺跡のなかで進入可能な部分は、すでにすみずみまで盗掘しつくされ、調べつくされていました」
ここで、〈悪夢の地〉の地形について若干の説明が必要かと思う。
〈悪夢の地〉は、北西から南東への対角線上に巨大な断層があり、その断層によって南側の大地が陥没している。その深さはおよそ五千メートル。二千年前の〈大厄災〉までは上層と下層の往来ができていたというが、現在ではその技術は失われ、下層の大地は深淵に隔てられている。
下層の大地を夢みて下層へ挑む冒険者は数多くいたが、そのすべてが命ごと深淵に呑まれていった。
ヴェネフィカとチャルゥは〝下層への道を見つける〟という志をともにしており、あるとすれば高度な機械文明をもっていたとされる古代ドワーフ人の遺跡だろう、とふたりは推察していた。足のわるいチャルゥにかわりヴェネフィカが古代遺跡の探索へむかったわけだが、ふたりの推察ははずれだったようだ。
「そうかい……だが遺跡の大きさからすると、まだ奥に空間があるはずなんだがなァ」とチャルゥ。
「なかは広いよ」セアルが突然発言した。「なかには庭園や菜園があるんだ──いや、あったんだ」
それをきいたチャルゥはおどろきを隠せない。
「セアルちゃん、あんたやっぱり遺跡のなかにいたんだね。なかはどんな風になってるんだい。下層への道はあるのかい」
「下層へ通じる道はないと思う。すくなくともアタシは知らない。あそこで二千年すごしたけどね」
「に、二千……」二千という途方もない数字にチャルゥは愕然としつつ、「遺跡のなかはどうなっているんだい」とふたたび訊いた。セアルは、中空を見つめるしぐさをしながら、記憶を遡った。
「遺跡のなかはけっこう広くて、昼は太陽とおなじ光に照らされて、夜になると月夜の明るさになる。その点は地上とおなじだなって思った。人形はアタシのほかにもたくさんいたけど、愛玩用はアタシだけで、ほかのみんなは作業用だった。彼らは自分たちのことを〝ゴーレム〟ってよんでた。ゴーレムたちはおもに旧世界の植物を育ててて、水路には旧世界の小魚が泳いで、旧世界の花のまわりに旧世界の虫があつまってた。こどものころは魚で大人になると手足が生える〝両生類〟という生きものもいたわ。あと小鳥ね。大きい生きものはいなかった。ゴーレムたちは旧世界の小さな生態系を守ることが〝使命〟だったみたい。アタシもすこしは手伝ったわ。農作業は得意じゃないけど、ほかにやることもないしね」
「旧世界の植物や動物はいまの地上のものとはちがうのかね」とチャルゥが質問した。
「似てるけどちがう。あそこの植物は外の世界では育たないってゴーレムたちが言ってたわ。小動物たちもおなじ。たぶん空気や土がちがうんだと思う」
チャルゥは、セアルが語った〝旧世界の動植物〟を想像してみた。それらを鮮明に思い描くことはむずかしいが、きっと色鮮やかで美しいものなのだろう。それをじっさいに見てみたいという衝動にかられた。しかし、
「でも、その生態系はいまはもうなくなってしまったわ。ぜんぶ滅んでしまったから」というセアルの言葉に、チャルゥのささやかな夢ははかなく散った。
「なぜ、滅んでしまったんだい」
「世話をしていたゴーレムたちが壊れてうごかなくなったから」セアルは淡々とつづける。「たくさんいたゴーレムたちも故障でどんどん減っていって、生態系を維持することがむずかしくなっていったの。草木は次々と枯れて、虫や魚や鳥たちはすがたを消していった」
「まさか、セアルちゃんが最後のひとり?」
「そう、アタシが最後の一体だった。ゴーレムたちはうごかなくなった仲間たちの部品を、自分につかわずに、アタシに優先してまわしてくれた。おかげでアタシは故障せずに済んだけど、最後はアタシしかいなくなっちゃった」
チャルゥの脳裡に、ゴーレムたちの亡骸がよこたわる虚しい空間のなか、小柄な少女がひとりたたずむ姿が思い浮かんだ。チャルゥはこの孤独なからくり人形に同情した。
チャルゥがヴェネフィカを見ると、すでに知った話なのか、おどろいたようすもなく口もとに微笑を浮かべながら話をきいていた。その表情からはヴェネフィカの感情は読みとれなかった。
セアルはつづける。
「そのあと──たぶん百年くらいだと思うけど──あの庭をなんとかできないかとやってみたけど、アタシはしょせん愛玩用で、ゴーレムたちにできなかったことがアタシにできるはずもなく、庭にあたらしい芽がでてくることは二度となかった。だからアタシは外へ出ることにした。遺跡の内側と外界を隔てる扉は、中からはかんたんに開くことができるけど、外から扉を開く方法はもうだれも知らない。遺跡のなかにだれもいなくなった今、あの扉が開くことは永久にないでしょうね」
それをきいたチャルゥは肩を落とした。
「そうか。それは惜しいことだ。それに下層への道もふりだしに戻ってしまった。……で、遺跡を出たあとどうしたんだい? いつヴェネフィカと出会うことになるんだい?」
ヴェネフィカが、やっと出番がまわってきたかと言わんばかりに、話しはじめた。
「セアルさんはその後、紆余曲折あって、旅一座の見世物小屋のなかにいました」
「見世物小屋!」
チャルゥは本日何度目かわからない衝撃をうけた。ヴェネフィカは語る──
わたくしが交易都市メルカタスに訪れたときのことでした。広場にできた人だかりの中心で呼びこみの男が喚いていました。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 前代未聞、空前絶後、奇天烈怪奇! 惨殺された少女の無念が愛でていた人形にのりうつってひとりでに動きだす! しかも怪力の持ち主ときたもんだ! 命の保証はないよ! それでも呪いの人形を見たいという命知らずはこちら並んでくださあい!」
見世物小屋の客寄せでした。わたくしは目が見えませんが、妙に惹かれるものがあり、その見世物小屋にはいってみることにしました。まわりの観客たちの反応から人形がひとりでに動いているのは本当のようでした。さらに、ドワーフの男でも持ちあげられそうにない巨大な鉄槌と鉄球を、その呪いの人形は軽々と持ちあげたそうです。
もしや、と思ったわたくしは、夜中に一座のテントに忍び入り、その〝動く人形〟に会いにいきました。
死霊をつかって特定した場所に行ってみますと、人形は鉄格子の檻のなかで鎖をつながれていました。
わたくしは人形にこう話しかけました。
「こんばんは、お人形さん。わたくしはヴェネフィカと申します。昼間に見世物小屋で貴方をお見かけして、どうしても直接お話がしたく、ここまでやってまいりました。不躾ですが、握手をしていただけないでしょうか」
わたくしが鉄格子のなかへ手をのばすと、人形の冷たい手に触れました。わたくしは人形の手を撫でまわし、ある確信を得ました。
「貴方の指の関節は〝球体関節〟ですね。もしかすると貴方は古代ドワーフ人がつくったゴーレムではないですか。ここから南にある古代遺跡からやってきたのでは」
人形は答えました。
「ゴーレムを知ってるの」
「いいえ、残念ながら直接は知りません。文献のなかの知識だけです。しかし、遺跡のほうはついこのあいだ行ってきたばかりです」
「そう、なんだ……アタシはその遺跡にいた」
「やはり」わたくしの勘は当たったようです。「しかしなぜこんなところにいらっしゃるのですか。もしお困りならわたくしがお助けいたしますが」
「べつに困ってない。ここの居心地がわるくないからいるだけ。それに助けは必要ない。いつでも出ていけるし」
そう言うと人形は首につながれた鎖をひきちぎりました。
わたくしは言いました。
「よろしければ、お名前をおしえていただけませんか」
人形はこう答えました。
「セアル」
「セアルさん。わたくしは、下層へ通じる道を探して旅をしている者です。おそらく貴方は下層への鍵を握る存在に相違ありません。セアルさん、わたくしといっしょに旅をしませんか」
わたくしはセアルさんを勧誘しました。すると、
「おもしろそうだ」
とセアルさんは即決すると、鉄格子をつかんで、まるで粘土かなにかのように、ぐにゃりと曲げてしまいました。セアルさんは左右に開かれた鉄格子のすきまから檻のそとに出てきました。
それから背丈まである鉄槌と、鎖の両端につなげたふたつの鉄球を肩に担ぐと、ほかの檻のなかにいる奇形の動物や亜人たちにむかって、
「たのしかったよ。達者でね」
と別れの言葉を告げて、その場を去りました。
「そこからまっすぐこちらに来た、といういきさつです」
とヴェネフィカは話を締めくくった。




