5 永遠の森
永遠の森──〈悪夢の地〉の東側一帯を占める広大な森林地帯。あまりにも広大なためこの世の果てまでつづいていると信じられているほどで、実際この森の終わりを知るものは誰ひとりとしておらず、そのため〝永遠〟を冠することとなった。
魔術師ヴェネフィカと自立型機械人形セアルのふたりは〈永遠の森〉にはいり、呪術師チャルゥの住処をさがしていた。
「おかしいですね。そろそろ結界の残滓があってもいいはずなのですが……セアルさん、なにか見えませんか」
盲目のヴェネフィカが訊いた。
「なにかってなにを見つけろってんだよ。けものみちすらないぞ」
実際、セアルには一時間前の風景と現在の風景の見わけがつかない。似たような形の針葉樹ばかりで変化や目印は見あたらなかった。
「なんだかんだ言ってっけど、迷ったんだろ」
セアルがずばり指摘した。
「……ええー、そんなことないですよー」
とヴェネフィカ。
「なんだ、その棒読み! それに変な〝間〟があったぞッ」
それからさらに二時間ほど森をさまよった。無尽蔵のエネルギー源をもつ機械のセアルと、カロリー消費のロスがほぼないエルフ族のヴェネフィカのふたりには、〝疲れる〟ということはないが、
「ヴェネフィカ、いい加減飽きてきたぞ」
と文句がでてきた。するとヴェネフィカは立ち止まった。
「ちょっと待ってください、セアルさん……キテますキテます」ヴェネフィカは意識を集中させる。そして、「キタキタキター! セアルさん、見つけましたよ。結界の残滓を」と興奮気味にセアルにつたえた。
〝結界の残滓〟が何なのか、セアルにはまったくわからなかったが、とにかく状況が好転したらしい。
それからしばらく歩いたところでヴェネフィカは、
「やっと見つけました。ここに結界の入口があります」
と指を差した。セアルは差された方向を見るが、なにもない。
「なんもないぞ」
「人目から隠すことが目的の結界ですからね。見えなくて当然です。この結界をぬけるには〝鍵〟が必要なんですよ。それがこの呪文です……オトヴルティ・シ・セザメ」
するとなんの変哲もなかった森の風景のなかに、なかったはずの小径があらわれた。
「この呪文を知らないものは永遠に森をさまようことになります」ヴェネフィカは得意げに豊満な胸を突きだした。
「さっきまでのウチらみたいにか」
「……ええー、なんのことですかー」
小径をぬけると、木々に埋もれるように建つ小さな家屋があった。家の外壁に枝や蔦がからみついていることからも、築年数の古さがうかがえる。家の周辺には野苺や薬草などが区画ごとに植えられていた。
ヴェネフィカとセアルは、玄関前にあるポーチに上がると、扉をノックした。なかからヒト族の小柄な老婆がでてきた。
「おひさしぶりです。チャルゥ様」
ヴェネフィカが挨拶をする。老婆はヴェネフィカをまじまじと見たあと、
「もしかしてヴェネフィカかい? こりゃおどろいた。十年ぶりくらいかね。にしてもお前さん、見た目がまったく変わらんね」
と言った。
「チャルゥ様はだいぶ〝お婆様〟になってしまわれましたね」
「年齢はあんたの半分以下だよ。ヒト族とエルフ族の寿命のちがいは残酷だ。おや?」チャルゥはセアルを見た。「そちらの可愛いお嬢さんは、はじめましてだね」
「こちらはセアルさんです。古代ドワーフ人によってつくられた自立型機械人形です」
「ほほう。それはおもしろそうな話がきけそうだ。さあさあ、はいったはいった」
家のなかは、外から見た印象よりも広く、部屋もいくつかあるようだった。ふたりは台所に食卓がおかれた部屋に通された。台所のすみっこに少年がひとり座っていた。かまどの段差に腰かけていた少年は、はじめはぼんやりと中空を見つめていたが、ヴェネフィカとセアルが部屋にはいってくると、ゆっくりと首をまわしてふたりのほうを見た。セアルを見る少年の瞳は、セアルを透かしてうしろの壁を見ているのでは、と思わせるほどうつろだった。
「セアルさん、どうかしましたか」と盲目のヴェネフィカが訊く。
「男の子が」とセアル。
「男の子? チャルゥ様のお孫様ですか」
「儂に子供はおらん。名はロッカという。その子についてはあとであんたに話したいことがある」
チャルゥはそういうと食卓の椅子に座った。
セアルは視界のはしにうつった少年の足に違和感をおぼえた。見ると、少年は裸足だったがつま先のかたちが五本指ではなく、大きくふたつにわかれていた。まるで山羊の蹄みたいだ、とセアルは思った。
ヴェネフィカは席につくとさっそくしゃべりだした。
「さてチャルゥ様、お変わりはありませんか」
「変わりはない、と言いたいところだが森の外は不穏さね。それはお前さんのほうがくわしいだろ」
「〈教会〉と領主たちの対立ですね。〈教会〉の主張は、いにしえからつづく支配構造の解体を意味しますから、領主たちが反発するのも当然でしょう」
〈悪夢の地〉の支配構造は、優生種族である〈ドワーフ族〉と〈エルフ族〉がヒエラルキーの支配階層を占め、各地を支配していた。その下に〈オーク族〉や〈グール族〉などの亜人が位置し、最下層にはもっとも寿命が短く貧弱なわりに繁殖力だけがたかい劣等種〈ヒト族〉が他種族に隷属していた。
ヴェネフィカはつづける。
「〈教会〉は奴隷解放を謳っています。つまりヒト族の解放です。ヒト族であるチャルゥ様は彼らに賛同するものかと思いましたが、反対ですか?」
「賛成も反対も、〈教会〉の見さだめができてないっていうのが正直なとこだね。やつらは何回か〈森の民〉に接触しようとしてきたけど、いまんとこ許してないよ」
〈森の民〉とは、苛酷な奴隷生活からにげてきたヒト族たちが〈永遠の森〉のなかで築いてきた集落のことをいう。〈永遠の森〉は、猛獣や悪霊が徘徊する非常に危険な森のため、森にはいってまで逃亡した奴隷を追ってくる奴隷オーナーはいない。
一方、猛獣や悪霊の集落への侵入をふせぐために〈森の民〉のなかで〝呪術〟が発展していった。チャルゥが家のまわりにほどこしていた〝不可視〟の結界も呪術のひとつである。昔ヴェネフィカが〈永遠の森〉に訪れた理由は〝呪術〟への好奇心であったし、そのおかげでチャルゥと知りあうこともできた。
「〈森の民〉の反応は?」
「半分半分だね。奴隷制度がなくなれば森を出られると希望をもつものもいれば、〈教会〉が崇拝する唯一神に拒否反応をしめすものもいる」
「たしかに奴隷制がなくなれば、ヒト族は信じられないほどの恩恵を得ることになるでしょう。しかし〈教会〉の神は、〝神とは自分だけであり、自分以外に神は存在しない〟という思想を押しつけます。人々が困難な生活のなかで拠りどころにしてきた土着の神々を、悪魔や怪物に貶めて否定します。脈々と受け継がれてきた信仰を〝邪教〟と断じます。〈森の民〉の反応は当然ですね」とヴェネフィカ。
「それよりはやくお嬢ちゃんとの出会いをきかせておくれよ」チャルゥがせかす。
「わかりました。セアルさんと邂逅したときのお話ですね。あれはたしか、去年の秋ごろのことでした──」




