3 からくり人形と盲目の魔女
日が傾き、空が朱色へとすこしずつ変色しようとしていた。
バアル平原の街道をフェッリア鉱山方面へむかって、一台の荷馬車がのんきな速度で進んでいる。もうすぐ日が暮れるというのにいそぐ様子も見られない。
馬を御しているのはフェッリアで商売をしているというドワーフの中年男で、交易都市メルカタスからの帰りだ。
「おねえさん、もうすぐ目的地だがほんとにこんな場所で降ろしていいのかい」
ドワーフの男は荷台のほうをふり返り、そう言った。荷台にはエルフの女がひとり座っていた。レースの目隠しを顔に巻いているが、話によると女は盲目らしい。
「はい、結構です」
このさきで街道は分岐しており、一方はフェッリアへ、もう一方は〝永遠の森〟と呼ばれる広大な森林地帯へつづく道にわかれていた。盲目の女は〝永遠の森〟へ行くという。
「おねえさん、あんな森になんの用事があるってんだい? 森以外にはなにもないところだよ」
「あるお方に会いにいきます」
「あるお方? あんな森に人なんて住んでやしないよ。いるとしたら、奴隷主から逃げてきたヒト族のやつらくらいだ」
盲目の女は無言で笑顔をかえすだけだった。
ドワーフ男が、ひとり街道を歩いていたエルフ女に声をかけたとき、ひと目見てわかるほど女は奇妙だった。なによりも不審だったのが女が抱いている人形だ。人形は、小さな子供ほどの大きさがあり、ヒト族の少女を精密に模してつくられたものだった。腰まである銀色の美しい髪の毛をもっており、身につけているベルベット生地のマントや、マントの下からのぞいて見えるフリルのあしらわれたワンピースドレスが、とても高級そうだった。
女がその人形を大切そうに片腕で抱き、もう片方の手にもった杖のさきで地面を確認しながら歩いていたところを、ドワーフが声をかけて道の途中まで荷馬車に乗せることになった。
女が荷馬車から降りるというので、ドワーフは馬を止めて荷馬車のうしろにまわると、手を貸してやった。
「ご親切にありがとうございました。道中お気をつけてください」
女は、つばの大きなトンガリ帽子を目深にかぶっていたが、エルフ特有の眉目秀麗な面貌であることがうかがえた。襟ぐりが肩まで開いたブラウスの胸元はおおきく膨らんでいて、コルセットでしめた腰のくびれや、巻きスカートの上からもわかる豊満な臀部から、女の妖艶な体付きが知れた。
しかしドワーフ男が喰いついたのは、そういったエルフ女の性的魅力ではなく、女が身につけている耳飾り、首飾り、腰飾り、指輪、腕輪など──装飾品の数々だった。
「おねえさんがつけてるその指輪、魔石かなんかかね?」ドワーフが訊いた。
「ええ、その通りです。これは邪気をはらうオニキスです。よくご存知ですね」
「ははは、ドワーフってやつは宝石や貴金属に目がなくてね。だからいまだに大半のドワーフが鉱石掘りをしてるのさ」
「なるほど、そうなのですね」エルフは頷いた。
「全部なにかしらの魔力が宿ってるのかい」
「ええ、まあそうです」
「おねえさんはひょっとして魔法使いなのかな」
「〝魔術師〟です」
「はい?」
「エルフは、〝魔法使い〟という言葉を蔑称だと嫌いますので、〝魔法使い〟ではなく〝魔術師〟とおっしゃったほうがよろしいと思います。わたくしはまったく頓着しないのですが、一般のエルフは得てして気位が高いものですから、どうかお気をつけください」
「あ、ああ、そうなんだ。わかった、今度からそうするよ」ドワーフはここで一拍おいてから、「ところでひとつお願いがあるんだが」と遠慮がちにつづけた。
「はい、なんでしょうか」
「おねえさんの装飾品を譲ってもらえないだろうか」
「え……」女はしばらく思案していたが、はっとしたようにこうつづけた。「ああ、はい、そうですよね。これはこれは大変失礼いたしました。わたくし、お礼をしていませんでした。ここまで乗せていただいたのに失念いたしておりました。お礼にこの指輪を差し上げます」そう言って女はオニキスの指輪をはずした。
「いや、ちがうんだ」
「はい?」
「ひとつじゃなく、おねえさんの身につけている装飾品全部くれないか」
ドワーフは腰にあったナイフを抜いていた。エルフはナイフを見ても状況を理解できていないようで、ぼんやりとナイフを見つめていた。
そのときだ──ドワーフは人生で経験したことがないほどの恐怖をあじわうことになる。
「だから言ったんだ。アタシははじめっから言ってたろ、やめとけって。案の定これだよ」
と、女の抱いている人形が言葉を話したのだ!
ドワーフ男は血の気がひくのを感じた。
「え? どういうことですの?」とエルフ女。
「ええッ、まじか! これがヤバいってわかってないのか! どんだけドン臭いんだよ」
人形が呆れている。
「あ、そういうことですか。あの方がわたくしを犯そうとしてらっしゃるのですね」
「ちがうわッ……やれやれ、もういいや。アタシがやる。さがってな」
人形はそう言ってエルフの腕からはなれて地面に立つと、羽織っていたベルベットのマントの右側を持ちあげた。マントをひろげた空間からなにか塊のようなものが「ズドンッ」と重量感のある音をたてて地面に落ちた。マントをひるがえすと、人形の背丈ほどある巨大な鉄槌があらわれた。
ドワーフ男は混乱した。あんなに巨大な物体をマントの下に隠しもつことなど不可能に思えたからだ。
「て、て、手品師か、オマエ。そ、そうか、わかったぞ。人形のふりをしてるが、なかに人が入ってるんだな」
ドワーフは怯えながらそう叫んだ。すると、エルフ女が、
「ちがいますちがいます。セアルさんのなかに人なんて入っていません。彼女は、貴方の祖先である古代ドワーフ族がつくった自立型機械人形です」
と説明したが、ドワーフ男は余計混乱したようだった。
「な、なにを言ってる」
〝セアル〟と呼ばれた人形は、そんなふたりのやりとりに興味をしめさず、巨大な鉄槌を片手で軽々ともちあげた。
「おっさん、アタシらを殺そうとしたんでしょ。そんで身ぐるみ剥いで捨てちまおうとでも考えてたのかな。手慣れてるようだし、こういうのはじめてじゃなさそうだね」
ドワーフは図星を突かれたようだ。それをきいていたエルフは顎に指をあてながら、
「あれ。そういうことなんですか。なあんだ、そうですか……」
と言って、ようやく状況を理解したようだった。
「ヴェネフィカ、おまえなあ……まあいいや。おっさん、アンタもツイてないねえ。よりによってアタシらにあたっちゃうなんてさ」
「〝殺そう〟としていたということは、〝殺される〟覚悟もあったということでいいですよね」
盲目のエルフこと〝ヴェネフィカ〟は、冷たい口調で確認した。ドワーフは自分を奮い立たせて怒鳴った。
「だ、だったらなんだっていうんだッ。いまは商売人だがな、オレはもともと戦士だったんだ。魔法使いがドワーフの戦士に勝てるのか。ええ?」
ドワーフはナイフを突きだして、セアルとヴェネフィカを威嚇した。
「フン。死んでも知らないよ」
セアルはそう言うと、鉄槌を肩に担いで腰を落とした。そしていままさに一撃をくり出そうとした刹那、
「あの、お話中すみません。ちょっといいでしょうか」
とヴェネフィカが割りこんできた。いいところで水を差されたセアルは腰くだけになった。
「んだよッ、もう!」
「あのぉ、もう日は暮れましたでしょうか」とヴェネフィカ。
「へ? はあ、それか。ああ、暮れたよ」
太陽はすでに地平線のむこうへ消えていて、わずかにそのおもかげを西の空に残すのみだった。
「そうですか。それは残念です」とヴェネフィカ。
「ああ、残念だな」とセアル。
「残念ですゥ」
「残念残念」
ドワーフは、ふたりがなにをはなしているのか理解できず苛立った。
「お、おい! ふたりだけで納得してんじゃねえぞッ。ざ、残念てなんだよ。なにが残念……そうか、わかったぞ。日があれば逃げられるとでも思ったんだろ。残念なのはそっちのほうだ。このちかくに集落はない。助けは期待できないぞッ」
「……はあァ」セアルは深いため息をつくと、顔のまえで手を振った。「ちがうちがう。残念なのはアタシらじゃない。おっさんのほうなんだよ。日があるうちだったらマシだったのにな。可哀想に。ほら、足元見てみな。もう出てきてるよ」
ドワーフは自分の足を見て、ぞっとした。胎児のようなかたちをした影が何体も足にまとわりついていたからだ。影をふり払おうとするも足がうごかせない。
「な、なんだコレは!」
とドワーフは喚き散らしたが、ヴェネフィカの姿を見たとたん黙りこんだ。なぜなら、盲目のエルフのまわりに何体もの亡霊が浮遊していたからだ。
「死霊召喚術です」とヴェネフィカは言った。「禁断の秘術ですので、扱いがとてもむずかしいのです。そしてこの術を発動するには条件がふたつあります。ひとつは、死霊は夜にしか口寄せができません。だからさきほど言ったのです。日が出ていれば貴方はこんな目にあわずに済んだのに、と」
ドワーフは恐怖のあまり、思考することすらできなくなっていた。ただ涙がこぼれた。
「ふたつめの条件は、すこし言いづらいのですが──わたくしが口寄せできる死霊は、わたくし自身が殺害した方にかぎります。つまり、わたくしに殺されますと生命樹に帰ることもなく自我を失った亡霊となり、永遠にわたくしに縛られ、わたくしに使役されるだけの存在となります。そして、いま貴方をわたくしのあらたな手持ちの死霊にくわえたいと考えています。ご理解いただけましたでしょうか」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ、ひぃ」
ドワーフは言葉を発することができない。
「うーん……ご理解いただけたものと受け止めさせていただきますね。では、さっそくまいります」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ、ひぃ──」
──その夜、人の悲鳴とも獣の咆哮ともいえるような痛ましい声がバアル平原にこだましたという。




