2 狂信者
館の一室、窓から差しこむ昼下がりの日光が、床に倒れているヒト族の女たちを照らしだす。妙齢な女からまだ初潮もむかえていない子供まで、全員が全裸のまま気絶していた。
この土地の領主であるオークの長が、ヒト族のメスを弄んでいるのだ。ただでさえ身体がつよく大きいオーク族ではあるが、オークの長はそのなかでもさらに身体が大きく、その巨体で女のうえに覆いかぶさり、贅肉でぶよぶよになった腹をうちつけていた。その体格差は三倍以上はありそうだ。
女は、はじめのうちは重量と激痛に喘いでいたが、そのうち気をうしない、ついにはうごかなくなった。オークの長は、奴隷のなかに精液をぶちまけてしばらく経ってから、ようやく女が死んでいることに気がついた。
「ちッ、また壊れちまったか。ヒトってのはほんと貧弱な動物だな」
オークの長は、醜悪な顔をさらに醜悪にゆがめて唾を吐くと、女の髪の毛をつかんで部屋の扉までひきずっていった。扉をあけて死体を放り投げると、
「オイ! これ処分しとけ! それから新しいのをすぐに補充しろ!」
と子分らにむかって怒鳴ってから、扉を乱暴に閉めた。
子分のオークふたりが怯えながら捨てられた死体を拾いにきた。そのうちのひとりが、
「ったく、ウチの親方の変態趣味にも困ったもんだぜ」
と愚痴った。
「おい馬鹿。きこえるぞ」
「だってよゥ。今月になって何匹目だよ。メスがいなけりゃヒトだって増えねえんだぞ」
「まあ、そりゃそうなんだけどよ」
「それにしてもオレには理解できねえぜ。ヒトのマンコに自分のチンコを突っこむなんてよ。嗚呼、気色悪りィ」
「わかったわかった、もういいよ。オレがこいつを処分してくるから、オマエは補充のほうをたのんだぞ」
「ヘイヘイ」
オークの支配する荘園には、長の館をかこむように子分たちの家屋があり、奴隷たちの村落とは明確に区域がわかれていた。そのほか、パン焼き場、水車(粉挽き場)、耕地、放牧地などのすべてをオークが所有しており、ヒトに所有できるものはなく、そもそも、奴隷であるヒト自体がオークの所有物だった。
耕地では、ヒト族の親子が労働を強いられていた。父親のほうは長年の重労働と栄養失調のせいで痩せほそり、血色もわるく、じっさいの年齢よりかなり老けてみえた。息子のほうは今年で十二歳になったが、こちらもじゅうぶんな栄養をあたえてもらえず、身体がちいさかった。
ふたりが鍬でかたい土を掘りかえしていたところ、ここ数日体調が悪かった父親が貧血でたおれてしまった。
「とうちゃん!」
息子がかけ寄り父親の身体を支えた。
「……だい、じょうぶ……だ」
まだ鍬がもてずはなれた場所でひとり草むしりをしていた二歳下の妹がおくれてやってきた。
「にいちゃん、とうちゃん」
そこに目ざとい監視役のオークもやってきた。
「オマエら、さぼってんじゃねえぞ」
息子が、「とうちゃんを休ませてください。朝から体調がわるいんです。おねがいします。おいらがとうちゃんの分も働きますから」と温情に訴えた。
それをきいた監視役はしゃがみこんで父親のようすを伺った。
「そうかそうか。それは辛いなァ」
「は、はい。どうか、とうちゃんを休ませてくださ──」
「オマエのとうちゃん、そろそろ殺処分かな」
オークの言葉に息子は固まった。
「ああ、でも安心しな。焼いて喰ったりしないから。オレらはグールみたいに無慈悲じゃねえんだ。死んだあともオレらに貢献できるよう、豚の餌にするか、畑の肥料にするか、むだなく再利用してやっから」
息子は頭に血液がのぼっていくのを感じた。怒りが抑えられず、監視役のオークにたいして敵意を剥きだしにした。
「おい、ガキ。なんだ、その目は?」
オークの恫喝にも怯まず、息子は睨みつけた。
「クソガキが。どうやらしつけが必要みたいだな」
そのとき、べつのオークが声をかけてきた。
「おーい」さっき館で愚痴をいっていたオークだ。「そこにいるメスをつれてっていいかァ」
「あ? なんでだよ?」
「親方がよ、メスを補充しろってさ」
「なんだ、また殺しちまったのか? しかたねえ親方だぜ」監視役はそういうと、にやにやと息子のほうを見た。「オマエより妹のほうが利用価値あるってよ」
監視役は妹のうでをつかむと、強引にひっぱっていった。
幼いときの記憶が蘇る。妹がまだ赤ん坊だったころ、母親が領主の館へつれていかれたときの記憶だ。
逆上した息子は監視役のオークにつかみかかった。しかしオークに力でかなうはずがない。
「テメェ、なにしてんだ! ブッ殺す!」
息子は軽くあしらわれて、殴り飛ばされた。息子をかばうように父親が前に出たが、監視役はそれを蹴り飛ばすと、何度も息子を殴りつけた。息子の顔は血だらけになり、もはや原型をとどめていなかった。
「おい待て」べつのオークが言った。
「止めんじゃねえ!」
「ちがうちがう。あれを見ろ」
そのオークが指差したほうを見ると、武装した集団がこちらにむかってくるのがわかった。
「なんだ、アレ……おい、親方よんでこい!」
武装集団は〈教会〉の修道騎士団だった。修道騎士は十二人、すべてヒト族の男だ。それに対峙するオークたちは領主も含めて三十人以上はいた。
〈教会〉とは、ここ数年で急激に勢力をのばしている宗教団体で、唯一神崇拝と奴隷解放を謳っているため、既存勢力の反感を買い、対立をつよめていた。
修道騎士団の長である司祭が前に出てきた。
「何度も書簡を送っているはずですが、お返事がないようでしたのでこうして直接うかがった次第です。それでご返答はいかに」
オークの長が鼻で笑ってこたえた。
「書簡だぁ? 知らねえな。中身も読まずに捨ててるから返事のしようがないんだわ」
「そう、ですか。ではあらためて申し上げます。わが神に帰依しなさい。さすれば貴方がたも救われるでしょう」
それをきいたオークたちははじめのうちは驚いた顔をしていたが、ひとりが吹きだすと全員が弾けるように大笑いをはじめた。
「ッブワァッハッハッハッハア、はあ〜笑わしてくれるぜ」オークの長がつづける。「それよりよ、オマエらっておたがいのケツを掘ったり掘られたりしてたのしんでるって話ほんとうなのか。オレにも味見させてくれよ。そこのオマエ」と若い修道士を指差し、「オマエ、かわいい顔してんな。オレ好みだぜ」と舌舐めずりをしてみせた。それをきいた子分たちは嘲笑するものと嫌悪するものでわかれた。
「いいね、オレもまぜてくれェ」「親方、もう勘弁してくれ……オウェ」
指名された修道士は顔を真っ赤にして屈辱に耐えていた。
司祭は深いため息をついた。そして、
「クレメンタス、こちらへ」
と修道騎士のひとりを呼んだ。
〝クレメンタス〟と呼ばれた修道騎士は、オークと並ぶくらいの巨躯のもちぬしで、木と革でつくられた大盾と鉄製のメイスをもっていた。
「クレメンタス、あの者たちの肉体には悪魔が巣食っているようです。われわれが悪魔を退治し、彼らを救ってやらねばなりません」
「司祭様、私が皆の盾になります。私に奇跡をお与えください」
司祭は首に下げていたロザリオを手に巻きつけると、クレメンタスにたいして祈りを捧げた。黄金に輝く聖印がクレメンタスの身体をつつみこんだ。
これが〈奇跡〉とよばれる〈教会〉由来の魔法であり、唯一創造神〈エル〉と契約した者のみが行使できる。
「神の御加護を」
「神の御加護を」
司祭により、〝継続的な治癒と回復〟と〝敵の攻撃に怯まない強靭さと硬さ〟の〈奇跡〉がクレメンタスに付与された。
修道騎士団は前衛と後衛にわかれて一対一のコンビを組んでおり、前衛は敵の殲滅と浄化を担当し、後衛は前衛の支援に徹する、という役割分担が明確になっていた。
それを見たオークの兵隊のひとりが嗤った。
「おいおい、マジか。劣等種族のヒトがオレらと殺り合おうってのか。しかもたった六匹で」
オークの長は、
「オメエら、おもちゃがほしくねえか」
と子分らに訊いた。
「へえ? 親方、そりゃどういうこって?」
「バカヤロウ、あいつらをいたぶってたのしもうぜって言ってんだよ。だから殺さず生捕りにしろ。生まれてきたことがイヤんなるくらい弄んでやろうぜ」
オークたちは歓声をあげた。オークたちの手には、剣やら槍やら棍棒やらと、各自持参した武器がにぎられていた。
「うおおおおおおお!」
クレメンタスは雄叫びをあげて、オークの群れのなかへ突進していった。ほかの修道騎士たちがあとにつづく。
ついに修道騎士団とオークたちが激突した。
オークたちはクレメンタスひとりを囲むと一方的に攻撃をしかけた。だが、神の御加護により刃がクレメンタスの身体をきずつけることはなかった。それに万が一、肉を斬られたとしても、その傷は瞬時にふさがり、痛みを感じることすらなかっただろう。神の奇跡に護られたクレメンタスは、メイスでオークの頭蓋をたたき割り、大盾で内臓を潰した。クレメンタスは修道騎士のだれよりもオークたちを撲殺した。彼の白い法衣はオークの返り血で紅く染まっていた。
戦いは一方的だった。修道騎士団はひとりの戦死者をだすこともなく、オークたちを皆殺しにした。
クレメンタスは地面に伏したオークの死体をメイスで殴打しつづけていた。その肥満体からこの地の領主だったオークの長の死体だろう。
クレメンタスは恍惚とした表情で死体を殴りつづけていた。耕地で重労働をさせられていた、あの奴隷親子の息子がその現場を見ていた。そして、ある異変に気づいてしまった。それは、クレメンタスがオークの死体をミンチにしているとき、聖職者であるはずの彼の股間が勃起していたのだ──
司祭がクレメンタスの肩にそっと触れて、
「クレメンタス。あの者たちは救われました。神の愛が為せる業です」
と囁いた。
クレメンタスは我に返って、メイスをふり下ろす手を止めた。
「は、はい、司祭様。神の愛です」




