26 鉄の巨人、竜の心臓
あの程度の低い口論大会のあと、どういうわけか両陣営をまじえて大宴会となった。
セアルたち四人が、あのミカエルと戦闘をし、撤退して、地下街に逃げてきたことがわかると、
「あんなバケモノに挑もうとした心意気だけでも尊敬に値する」
と両陣営とも四人の勇気を讃え、どちらが客人として四人を招くか、とまた口喧嘩になり、いつまでも埒があかないことにしびれを切らしたセアルが、
「面倒臭いよ! もう全員で行っちゃおうよ!」
と、その場にいた全員をひきつれてこの酒場にやってきたわけだが、その後も噂をききつけた連中があつまってきて大宴会となり、いまに至る。
最初にからんできたドワーフの中年男マレフは、表向きは鍛冶ギルド〝ギガンス・フェッリウス団〟の頭領だが、そのじつは王都の裏社会を仕切るボスのひとりだった。
そのマレフと口喧嘩をしていたのが、水運業ギルド〝ドラカン・ヘオルテ団〟の女首領シェイザだ。シェイザも暗黒街のボス連中の席にすわるひとりだった。
ふたりとも過去形なのは、マレフとシェイザ以外のボス連中が今回の騒動で軒並み死んでしまったからだった。
「あんなひどい光景は見たことがねえ」マレフが語る。「どいつもこいつも完全に取り憑かれちまっててな。俺が止めても、だれもききやしねえんだ。古い友人だったやつも、俺の顔を見てもだれだかわかんねえんだよ。辛かったぜえ」
そう言うとマレフは涙ぐんでいた。
「わたしもヤクザな商売をやってんだ、そりゃ外道なこともしてきたさ。でもな」シェイザは怒りにふるえていた。「三十万人だよ、三十万人。なかには小さな子だっていたさ。許せないね。ああ、絶対に許さないとも。この落とし前はきっちりつけさせてやるよ、あの〈教会〉連中にね」
酔い潰れて寝ていたクレメンタスが、びくんッ、と身体を揺らした。
クレメンタスは、ヴェネフィカの従者ということにしておいた。そうではないと、〈教会〉の修道士なんて知られた日には、クレメンタスはいまごろなぶり殺しにされてどこかに捨てられていたことだろう。
「しかし、なぜここにいる人は無事だったんですか」
いくら飲んでも顔色ひとつ変えないヴェネフィカの質問に、マレフが答えた。
「名前を書かされたんだ。住民リストをつくるとか言ってな。だが、〈教会〉を信じてないやつ、嫌いなやつはみんな偽名を書いた。そして、ここにいる連中はみんな偽名を書いたやつらだ。実名を書いたやつはみんな死んだ」
「なるほど。ではそのリストに魔術的な細工がしてあったのですね。洗脳の鍵になるものが仕込まれていたのでしょう」
「悔しいが、〈教会〉の手口がうまかった」とシェイザ。「やつらはまず、王都の名士や有力者に取り入った。金持ち連中の罪悪感を煽り、献金させて金をあつめた。うまかったのはここからだ。〈教会〉はその金を自分の懐にはいれず、逆に貧民に施しをおこなったのさ。食事、住まい、仕事——生きていくために必要なものをあたえた。信用と信仰を金で買ったんだ。しかもじつに巧妙にね」
マレフが会話のバトンをうけとる。
「洗脳されず集団自決にまきこまれずに済んだが、そのあとにあの小天使どもとミカエルがあらわれたんだ。俺らは追い詰められて地下街に逃げこんだが、そんなもん袋小路にはいったようなもんだ。捕まるのも時間の問題、と思っていたんだが、やつらはなぜか地下街まで追ってこなかった」
「それはわたくしも感じました。天使たちはなぜ追ってこないのか。地下街にはいってこられない理由があるのでしょうか」
その疑問についてシェイザが答える。
「わたしらはその理由を見つけたかもしれないんだ」
酔い潰れたクレメンタスを酒場に寝かせたまま、ヴェネフィカ、セアル、ロッカの三人は、マレフとシェイザにつれられて、地下街最深部のさらに下、下水道区域にきた。
汚物の臭いがきつく、マレフは一度吐いていた。奥に進む。そして、ある一画に到着すると異変に遭遇した。地面に巨大な穴が空いていた。
「地盤陥没。それも最近できたばかり……」
ヴェネフィカが言った。
「そう」シェイザは大穴を覗きこんだ。「ということはこの下にもともと空洞があったってことだね。それがなにかの拍子で陥没したと」
「だいぶ深そうですね」とヴェネフィカ。
マレフがもっていた松明を大穴に投げ入れた。松明の火がついたまま、どこまでも落ちていく。
「底が見えないな」とセアル。
「おそらくこの下に、天使たちが嫌がるなにかがあるんだと思う。だから地下街には、はいってこられないんだろう」マレフはオエッとえずいたが嘔吐はこらえた。「一度、縄梯子をつくって俺の部下を行かせたことがあったが、梯子の一番下まで行ってもまだ暗闇がつづいてたそうだ」
「もう調査は行かないのですか」ヴェネフィカが訊く。
「これ以上仲間を失うわけにはいかねえからな。危ない橋はわたれねえんだよ」
「行くよ」セアルがきっぱりと言った。「アタシたちに行かせるつもりでここにつれてきたんだろ。いいよ、行くよ」
「……すまねえ」
職人気質のドワーフが多いギガンス・フェッリウス団が中心となって工事がおこなわれた。
大穴のふちに滑車が付いた櫓を建て、滑車を通した縄の先端に人が座る板を吊った装置を、二日で造った。つまり人を板に座らせて、人力で大穴の底まで降ろす計画だ。
装置の乗組員は、当初はセアルが乗る予定だったが、ロッカがどうしても自分が行くときかなかった。最後の最後まで揉めたが、結局セアルが折れることで問題解決した。
ロッカが子供であること以外はとくに不安点もなく、運動能力や体重の軽さを考慮すれば、装置の乗組員にもっとも適性があるのはロッカであり、この決定は妥当と言えた。




