22 生命樹、または霊樹
ファルとフェンの墓をつくった。ふたりの遺体はないが、イコン派の仲間が埋葬されている場所のとなりに、墓標を立てさせてもらった。
クレメンタスはふたりに別れを告げた。
十二人いたイコン派の自由人たちも半分になってしまったが、生き残った者たちで新天地をもとめて旅に出るという。
彼らとの別れ際に贈り物だといって、〝ンガンボ〟という家畜動物をもらった。水牛のような大きな角をもち、身体はどちらかというとカバに近く短足だが、力持ちだ。
イコン派の連中と別れたあと、ロッカたちは王都へむかう街道を北西にすすんだ。
荷車引き係をンガンボと交代したセアルは、ほかの三人といっしょに荷台に乗っていた。
クレメンタスは、ンガンボを御しているロッカを、ちらちらと盗み見ずにはいられなかった。
——あれはなんだったのか。
ウリエルとの戦闘時、首を斬られても生きていたロッカ。人外のものへと変身し、背中から生えた翼で空まで飛んだロッカ。ウリエルの火炎を拒み、ウリエルの身体だけでなく霊性までも黒炎で焼き尽くしたロッカ。
——ロッカとは一体何者なのか?
その思考から離れられずにいた。
あのとき、人外のロッカに抱えられながら地上にもどったとき、ロッカは私を降ろすと気を失い、その場に崩れてしまった。すると、地面によこたわるロッカの身体がどんどんしぼんでいき、蝙蝠の翼は小さくなってやがて消えてなくなり、獣じみていた顔も少年のものにもどった。
「……これは、どういうことですか。ヴェネフィカ氏」
クレメンタスはヴェネフィカに説明をもとめた。
「不死の呪いだそうです。くわしいことは不明ですが、その謎を解明することも、わたくしたちの旅の目的のひとつなのです。クレメンタスさんにお伝えしていなくて申し訳ないのです」
「彼が……大悪魔なのでは」
予言で警告される大悪魔——この予言のために〈教会〉は強引な布教活動をしているといっても過言ではない重要案件だ。
「それはわかりません」盲目の魔女は言う。「ロッカ少年が予言の大悪魔かもしれませんし、そうじゃないかもしれません。わたくしには明確に答えられません」
以前のクレメンタスなら、この時点で有無を言わさずロッカを処刑していただろう。だが、いまは躊躇がある。迷いがある。
——信仰が揺らいでいるのでは?
そう自分自身を疑わなくてはならない。
「ですが」盲目の魔女はつづけた。「大悪魔の真逆の神話も実在します。それは、世界をひと呑みするほど巨大な〈宇宙蛇オルムル〉を倒した竜人族たちの神話です。ご存知ですか」
「竜人族神話——幼いころのおとぎ話として知っています。でもあれは作り話ですよね」
「それを否定できるだけの証拠を、わたくしはいま、もっておりません。しかし、わたくしは竜人族は実在したと思っています。ロッカ少年は竜人族に憑依されてあの姿になっている、という仮説を信じています。ロッカ少年は、宇宙蛇が世界を喰らおうとした危機に直面して、困難をのりこえ世界を救った竜人族のように、世界の終末を回避するための重要人物だと信じています」
クレメンタスはこのときのヴェネフィカに驚いたのだった。いつも、冷静沈着で理路整然としているヴェネフィカが、このときばかりは情緒的で感傷的だったからだ。
結局、ロッカが何者なのか、現時点で結論を出すことはむずかしい。そのため、ここは一旦保留することとした。
人間にもどったロッカだったが、もどりきれていない部分があった。たとえば、以前はちょっとした突起程度だった側頭部の角は、いまや角以外のなにものでもないほどに大きくなり、曲がり、捻じれていた。ほかには、両手の指先は鉤爪のままになっていたし、脚はまるで山羊のよう——これは以前からそうだった。しかしいま思えば、両脚が山羊のようになった少年を、人びとはなぜ疑問ひとつ抱かず、受け入れていたのだろう。だれもかれも不思議と「よくあることさ」くらいの反応しかしめさなかったのは、なぜだろうか——
メルカタスから王都までつづく街道を、ンガンボのゆっくりとした速度と揺れですすむことは、眠気をさそった。実際、クレメンタスも、縄をにぎっているロッカも、あのヴェネフィカでさえ、うとうと居眠りをしていた。
「なんだありゃあー!」
セアルの大絶叫のせいで、居眠りをしていた三人は飛び起きる羽目になった。
「ど、ど、どうしたんですか、セアルさん」
ヴェネフィカでさえ、めずらしく取り乱していた。
「あれだよ、あれ。すんげーでっかい木があんだよ。雲よりも高いぞ、あれは」
西の空を覆うほど大きな樹木があった。セアルの言う通り、樹木の天辺は雲よりも高い位置にあるようだ。その樹木はわずかに白銀色に光っていて、遠くにあるからか、すこし透き通って見えた。
クレメンタスが呆れて言った。
「あれは生命樹です。〈悪夢の地〉に住む者ならだれでも知っている霊樹ですよ」
「セイメイジュ? レイジュ? なんだそれ?」
「うおおおッ」
一拍おくれてロッカが驚きの声を上げた。
「おッ、なんだ。ロッカもはじめて見んのか。おお、そうかそうか。おまえもはじめてか。おい、クレメンタス。だれでも知ってるって嘘じゃんよ」
「嘘ではないです。ロッカ少年は記憶喪失だってききました。記憶を取りもどしたら知っているはずですよ」
クレメンタスはむきになって言いかえした。
「で、その生命樹ってなんなんだよ」
「生命樹とは」ヴェネフィカが語る。「命の循環の中枢部分であり、この世界の根幹です。この世界のすべての命は死ぬと生命樹へ還っていきます。根から幹を通って、枝葉に到達すると、あらたな命となってまた生まれかわります。〈悪夢の地〉に棲むものはそれを何遍も何遍もくり返しているのです。霊魂の循環装置——それが生命樹の役割です」
「へえ、それってすごい重要なことなんじゃないのか。たとえば生命樹が枯れたらどうなるんだ」
「世界は終わるでしょうね」
「そうか。じゃあ、枯れないように世話をしなくちゃな。水をあげたり、土に栄養をくわえたり」
「セアルさんが遺跡のなかでしていたことですね。でも、生命樹の世話をする人はいません。必要ないのです。あれは本物の樹木ではないのです。霊樹といって、見えているのは幻影みたいなものなんです」
「ほほう、なるほど。つまり、幽霊の木ってことだな」
「そのとおりです。そして、あの生命樹の麓にあるのが、われわれがこれから行こうとしている王都バアルです」
「王都か……ええと、そこ行ってなにすんだっけ?」
「そうですね。まずは予言書を見てみたいですね。そこはクレメンタスさんに期待してますよ」
「えッ、はあ……」
クレメンタスは覇気のない返事をかえした。
セアルたちが王都バアルに到着したのは、生命樹をはじめて見たときから、さらに二週間が経過したあとのことだった。




