20 神の真理の光
廃墟と化した、かつての第二都市メルカタスの上空をワイバーンの大群が飛翔している。ぐるぐると旋回しながら、徐々に降下してくるようだ。
避難民だった人びとはワイバーンの再来に恐慌状態になった。
なぜまた、とだれもが思ったことだろう。そもそもワイバーンという竜に似た魔獣が人里に下りてくること自体がめずらしいことだった。ワイバーンを見ずに生涯を終える者もいるくらい、滅多にお目にかかれない魔獣にもかかわらず、三十匹もの大群が人里を襲うなど、──それも二度も──そんな話きいたことがない。
ワイバーンは、魔術をつかう。口から吐き出す炎は、身体内の発火機関から生じさせているわけではなく、呪文詠唱もなく発生させている概念具現化だ。
ワイバーンは地面すれすれを低空飛翔しながら──われわれの世界の機銃掃射のように──逃げ惑う人びとを火炎で焼却していく。または、牙で噛み千切ったり、脚で踏み潰したり、尻尾で木っ端微塵に吹き飛ばしたりと、あらゆる方法で人間を惨殺してまわった。
これは、前回の襲撃を生き残った三分の一の人びとを、ひとり残らず殺し尽くすまで終わらない虐殺の祭典だった。
それでも、ファルやフェンやほかのイコン派の者たちは、逃げ遅れた人びとを誘導して、なんとか避難させようとした。自分らが殺されるかもしれないのに、その危険性を顧みず助けつづけた。
「ファル! フェン!」
クレメンタスだ。
「なにやってる! はやく逃げるんだよ!」
「わかってる。この人たちを避難させたら、ぼくたちも行く」とファル。
「なにを悠長な──」
そのときひとりのドワーフ族の女がフェンにしがみついてきた。
「おねがいです! たすけてください! 息子が! 息子がいないんです!」
「息子さんはどこに?」とフェン。
「第三地区に家があるので、その近くにいるはずです。どうか、どうか……」女は泣き崩れた。
「大丈夫です。必ず見つけます。なので先に避難してください」フェンはそう言うと、女をクレメンタスに押しつけ、「彼女をおねがい」とだけ言って、避難場所とは反対方向へ走っていった。
「フェンはぼくにまかせて。クレメンタスは避難所へ」
ファルもフェンを追って行ってしまった。
「フェン! ファル! 行くな!」
クレメンタスの悲痛な叫び声は、避難民の叫喚のなかに埋もれた。
「怪我してる人は東の川沿いにあるテントまで行ってください! そこなら治療できます!」
メルカタスの城壁のそと、門がある場所で、セアルは大声で人びとを誘導していた。口が利けないロッカも身ぶり手ぶりで人びとをうながしていた。ヴェネフィカは避難場所で怪我人の治療をしていた。
そこにクレメンタスがドワーフの女とともにあらわれた。
「彼女を頼む!」セアルに女をまかせると、クレメンタスはふたたび市内へはいっていった。
「クレメンタス!」
セアルの声はクレメンタスには届かなかった。
第三地区は炎のいきおいが凄まじかった。煙で視界もわるい。クレメンタスは必死になってフェンとファルのふたりを探した。このままでは自分もあぶない、クレメンタスはそう思ったが、ふたりを見つけるまではもどるつもりはなかった。たとえ死んだとしても──
「おーい!」
かすかに人の声がする。炎が家屋を燃やし、倒壊する轟音に掻き消されそうになりながら、クレメンタスは声の主を探した。
──いた!
子供をさがすフェンとファルの姿があった。クレメンタスが駆け寄る。
「もう駄目だ! 逃げるぞ、ふたりとも!」
「でも──」フェンが不満を言いかけたが、
「フェン! 死ぬつもりか!」クレメンタスに大声で怒鳴られて、フェンは泣きそうになった。
「……ごめん……でも、フェンに死んでほしくないんだ」クレメンタスの目にも涙が溢れそうになっていた。
その顔を見てフェンは落ち着きを取りもどした。
「わたしのほうこそごめんなさい。もどりましょう、三人で」
「うえぇぇぇん!」
子供の泣き声だ。見るとすぐそこに子供が座りこんで泣いていた。ドワーフ族の女とはぐれた子供だろう。
ファルとフェンは、考えるより先に身体がうごいていた。子供のもとへ走り、そして、抱きしめた。
「怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」フェンは子供を宥めた。
「フェン、急げ!」クレメンタスが急かす。
門には、ロッカとセアルとイコン派の仲間たちが待っていた。
「おーい! こっちだ!」
セアルが大声でクレメンタス、ファル、フェンの三人を呼んだ。フェンの腕のなかには子供が抱かれている。
「この子をお母さんのところへ」
フェンは子供をイコン派の仲間に手渡した。子供はまだしくしくと泣いていたが、フェンにむかって手を振った。フェンも手を振り返した——
〈声〉がきこえた。
この感覚、忘れることなどできない。頭のなかで木霊するような〈声〉はこう言っていた。
『神の真理の光』
何度も何度も、おなじ言葉のくり返し。気がおかしくなりそうだ。
クレメンタスは、不思議そうにしているファルとフェンにむかって言った。
「まずい! はやく逃げ──」
赤い火炎が一瞬のうちにファルとフェンのふたりを呑みこんだ。
目のまえに巨大なワイバーンが舞い降りる。その風圧によって先ほどの火炎は消され、黒焦げになった焼死体が二体立っていた。
クレメンタスの脳味噌は状況を把握できないでいた。いやむしろ、理解することを拒絶していたのだ。最愛のふたりの友人の死を、クレメンタスは拒絶していた。




