18 ファルとフェン
メルカタスはふたつの河川が合流する場所にあり、水運と交易で栄えた、〈悪夢の地〉では王都に次ぐ大都市だ。
ここは、ヴェネフィカが見世物小屋にいたセアルと出会った街でもあったが、そのころの面影はまったくない。なぜなら、建物という建物は徹底的に破壊され、至るところから火が上がり、黒煙がたちこめていたからだ。
途方に暮れたドワーフの老爺がひとり、道端に座りこんでいた。
クレメンタスはもっていた乾パンを差し出したが、老爺は受けとらなかった。訊くと、自分以外の家族全員を失ったとのことだ。
「いったいなにがあったのですか」
クレメンタスが訊いた。
老爺が言うには、今朝、ワイバーンの大群がやってきて、メルカタス全域を蹂躙したとのことだ。早朝ということもあり、不意の襲撃に多くの人が逃げ遅れた。瓦礫に潰された圧死体や道ばたころがっている黒焦げの焼死体、人口密度のたかい都市だったこともあり、とんでもない死者数になっていた。まるで戦争と大地震が同時に起きたような有り様だ。
それに怪我人が多数。もともと、ドワーフ族、エルフ族、オーク族、グール族などが入り乱れて権力闘争をしていた場所だ。怪我人も他種族にわたるが、こんなときでさえ互いにたすけ合わず、いがみ合い、罵り合っていた。
そんな殺伐とした街の雰囲気のなか、黙々と生存者の救助と怪我人の介抱をしている集団があった。
セアルがクレメンタスに訊く。
「なあ、あそこの集団はおまえとおなじ〈教会〉の人間なのか」
「いえ、あれはイコン派です」
「イコン派?」
イコン派とは、〈教会〉とおなじ〈エル神〉を崇拝する教団だが、〈教会〉のように〝奴隷解放〟を謳って戦う教団ではなく、むしろ迫害と偏見の対象となって差別される側だった。彼らは一ヶ所に定住することはせず、各地を転々とわたり歩く自由人であり、巡礼者だ──と、クレメンタスはセアルに説明した。
「なるほど。でも戦わないってことは、ほかの種族のやつらに捕まって、奴隷にされんじゃないのか」
「イコン派も〈奇跡〉に似た術をつかうのです」荷台にすわるヴェネフィカが話にはいってきた。「それがあまりに強力すぎるので、だれもイコン派に手が出せない、というのが本音でしょう。彼らはそれを〝加持祈祷〟または〝祈祷〟と呼んでいます」
〈教会〉の信者がほぼヒト族しかいないのに対し、罹災者たちを支援するイコン派の信者はヒト族だけでなく、ドワーフ族やエルフ族の顔も見えた。
「アタシらができることはないだろう。ここは彼らみたいな慈善団体にまかせて、アタシらは先を急ごう。ワイバーンがもどってくるかもしれない。ここは止まらず街をぬけよう」
と、セアルは荷車を引きながら言った。ロッカでさえ、あまりに大規模な被害状況をまえに、自分の無力さを痛感し、セアルとおなじ意見にいたっていた。
そんななか、被災者たちの声がきこえてきた。
「まさか、イコンの連中にたすけられるとはな」
「ほんとにそうだ。俺はいままで奴らのことを宿無しの犯罪者集団だとばっかり思ってたさ。それが見てみろ。自分の身の危険も省みずはたらいてくれてるじゃねえか」
「ほんとにありがてえ。それにくらべて〈教会〉の連中はどうだ。普段はあんなに威張ってやがるくせに気づいたらだれもいやしねえ。いつのまにか消えちまってら」
「ああ、心根は三流のくせに、逃げ足だけは一流だったな」
「そいつはちげえねえ」
クレメンタスは踵を返して来た道をひきかえす。
「おい、どうしたんだ。どこに行くつもりだ」
セアルが呼び止めると、クレメンタスは、
「先に行っててください。あとから追いかけます。逃げはしません」
と答えた。
クレメンタスはイコン派の連中が瓦礫の撤去作業をしている現場まで行くと、荷物を下ろし、無言で作業を手伝った。作業をしている他の者たちも、急に飛び入り参加してきたクレメンタスに驚いていた。
「おいおい、アイツなにやってんだよ」
セアルが呆れる。
「まあ、しかたありません。彼を待ちましょう」
ヴェネフィカがセアルを宥めた。
瓦礫の撤去作業がひと段落つくころには、クレメンタスとイコン派の連中はまるで旧知の仲のように打ち解けていた。とくに、ファルとフェンというエルフ族の双子の兄妹とは、知己になっていた。
兄のファルがヴェネフィカたちのところにやってくると、
「ヴェネフィカ様ですね。ぼくはファルといいます。クレメンタスから話をききました。腐敗の毒に触れてしまったとか。その状態で旅をつづけるのはお身体によくありません。もしよろしければ、われわれのテントへいらしてはいかがでしょうか。立派なベッドはありませんが、雨風を凌げます。治癒に長けた仲間もおりますので、充分な療養を経てから旅を再開されてはどうでしょう。おなじエルフの縁もありますし」
と申し出た。それを受けて、ヴェネフィカはセアルと目配せをしてから、
「ありがたい申し出です。お断りする理由もありませんので、お言葉に甘えさせていただきます」
と返答した。
それをきいたファルの整った顔貌が、ぱあっと華やいだ。エルフ族独特の艶やかさだ。
イコン派のテントはメルカタスの城壁のそとの平原にあった。彼らは十二人で構成されていて、五つのテントに分かれて暮らしていた。
彼らは、ロッカたちのためにもうひとつ追加でテントをつくってくれ、もともとファルとフェンが寝泊まりしていたテントにロッカ、クレメンタス、ファルら男組がはいり、新しいテントにはセアル、ヴェネフィカ、フェンの女組がはいることとなった。
治癒の専門家は──ファルがいった通り──とても優秀で、どことなく永遠の森のチャルゥに似ていた。おかげで、ヴェネフィカの身体のなかの腐敗は三日できれいさっぱり消えてなくなった。
セアルはといったら、なかなか前に進まない旅の行程に最初のころは苛ついていたが、ヴェネフィカが寛解したあたりからもういそぐことを諦めたのか、妙にだらけはじめて、むしろ四人のだれよりも無為な日々をすごしていた。
ロッカは、──どこにいても、いつもとなにひとつ変わらず、ただそこにいた。
クレメンタスは、ファルとフェンと毎日のようにすごしていた。とくに、メルカタスの支援には三人連れ立って、あししげく通っていた。
この生活が、この仕事が、本来クレメンタスがやりたかったことだったのかもしれない。〈教会〉での彼はいつも苦しそうで、どこか無理をしている素振りが見られたが、いまはのびのびとして目に光が宿り、充実した日々をすごしているのが傍から見てもわかった。
とっくに寛解しているヴェネフィカだったが、クレメンタスの青春を奪いたくない思いが先行して、旅の出立を延ばし延ばしにしていた。
ヴェネフィカに予定を先延ばしにさせるほど、クレメンタスはフェンに恋をしていたのだ。




