17 激戦後、あらたな不穏
静寂──
無数の死体が地面に転がっているのは、屍鬼が本来の姿である〝死者〟にもどったからだ。さっきまでの屍鬼たちの狂乱が嘘だったかのように、死者たちの沈黙があたりに流れていた──
「おーい」
いつのまにか姿が見えなくなっていたホムリナが、こちらにやってくる。危険を察して、どこかに隠れていたのだろう。それは正しい判断だ。
「やっつけたんですね、さっきのバケモノ」
「ああ、そうみたいだな」セアルが答える。「ロッカ、怪我はないか」
戦闘終了と同時に燃え尽きたロッカは、すわりこんだまま片手をあげて、セアルに心配ないことをつたえた。
「うん、大丈夫そうだな。ヴェネフィ──」
ヴェネフィカのほうへ視線をむけたセアルの言葉が途切れた。ヴェネフィカが地面にうつぶせになって倒れていたからだ。
「ヴェネフィカ!」
セアルが駆け寄り、ヴェネフィカを抱き起こした。息はあるが顔色が酷い。
「毒か」セアルが訊く。
「……はい、腐敗の毒です。村人たちが屍鬼になった原因です」
「なッ……おまえ、まさか……」
ヴェネフィカは苦しそうに答えた。
「……解毒はしたので、大丈夫だと思いますが……とりあえず、いまは歩けそうにありません」
「大丈夫なんだな」
セアルは睨みつけるようにヴェネフィカを見た。
「……はい」
セアルはヴェネフィカを両腕で抱き上げた。
「セ、セアルさん?」
人に抱きかかえられるのなんて、はじめてだったヴェネフィカは戸惑った。
「どこに行くのですか、セアルさん?」
それには答えず、ヴェネフィカを抱いたまま、セアルはあてもなく歩いた。理由なんてものがあるとすれば、その小さな胸がざわついて、じっとしていられなかったからだ。
今回の感染爆発がもたらした村民らの屍鬼化によって、フェッリア湖周辺の人口は三分の一まで激減、ほとんどの集落が壊滅状態となった。
それでも、身をひそめて生き残った者たちが潜伏場所から出てきてあつまり、あらたな共同体をつくりはじめていた。ホムリナもその共同体に合流した。
あれ以来屍鬼があらわれないところをみると、村人たちが屍鬼となったのは、やはりラファエルが腐敗と狂気をふりまいたことが原因なのだろう。
それについては、ヴェネフィカとセアルが、クレメンタスに問い詰めた。なぜ〈教会〉の天使がそのようなことをするのか、〈教会〉のほんとうの狙いは何か、を。
クレメンタスは反論する。
「使徒が病魔の原因などということは絶対にあり得ません。〝ラファエル〟とは、古い言葉で『神は癒やし給う』という意味です。つまりラファエルは、治癒や悪霊祓いを神に代わっておこなう使徒なのです。そのような使徒がなぜ、病の元凶なのですか。私はむしろ、悪魔の所業だと思っています。悪魔が〝ラファエル〟の名を騙り、悪業をはたらいたのです。われわれの信仰を貶めようとしているのです。そうにちがいありません」
クレメンタスは頑なだった。
たしかに、ラファエルが消えたあと、屍鬼は死者にもどったが、土壌や水源の腐敗はそのまま──むしろ広域にひろがり、汚染の深度もひどくなっていた。
絶対的なカリスマであったベリコサス公王がいなくなり、重石がなくなったこの地で、ふたたび戦乱は起きるのだろうか。この腐敗した土地に、争い奪うほどの価値が、あるのだろうか。
二日経て、セアルたちは旅を再開することにした。
ヴェネフィカは腐敗から回復していたが、まだ歩くだけの体力がなかった。
当初予定していた水路による移動は、フェッリア湖周辺集落の壊滅によって不可能になったので、捨てられていた荷車の荷台にヴェネフィカを乗せてつれていくことにした。荷車を引くのは、セアルだ。
ヴェネフィカはよく眠った。本人によると、すべての感覚を遮断し、霊力を循環させることで、体内の腐敗を浄化させているのだという。それにもっとも適した行動が睡眠であり、エルフ族は睡眠だけで大抵の病気をなおしてしまうらしい。
フェッリアからメルカタスまでは徒歩で十三日から十五日の道のりだ。
一日目の夜は、見渡しのいい草原で野宿になった。歩哨に立つのは、やはり睡眠が不要なセアルだった。
ロッカは、荷台のヴェネフィカのとなりで眠った。
クレメンタスはなかなか眠らず、皆から離れたところへひとりで行ってしまった。
ヴェネフィカが施したクレメンタスへの洗脳について、すでに承知していたセアルは、脱走の心配はしていなかった。
クレメンタスは真夜中過ぎにもどってきた。
「なにしてたんだ」
とセアルは訊いた。
「いや、ちょっと……」クレメンタスは言いづらそうだったが、セアルが辛抱強く待っていると「〈奇跡〉がつかえたらと思いまして」と答えた。
「〈奇跡〉?」
「はい、修道士の身でありながら〈奇跡〉のひとつもつかえないというのは恥ですし、それに……」
「それに?」
「それに……私が足をひっぱってばかりなので」
「だれのさ」
「皆さんのです。とくに戦闘において、私は、皆さんの足をひっぱっています」
「そうかな?」
「そうです。洞窟のときも、ベリコサス公王のときも、私は役立たずでした。私はそれが悔しいのです」
「そんなこと思ってたのか」
セアルは意外だった。
「恥を承知で告白しますが、私は戦闘に自信がありました。修道騎士団では討伐数トップの成績ももっていました。しかしそれは、よくかんがえてみれば、私の力ではなかったのです。私はいつも後方支援の者たちの〈奇跡〉に守られていました。それを忘れて自惚れていました。お恥ずかしいかぎりです」
「敵を倒すことだけが戦いではないんじゃないかな」とセアル。「ヘイトを買って敵をひきつけることも重要だし、勇気がないとできない役目だと思うけど」
「それはそうかもしれませんが、私はその役目を果たそうとしていたわけでなく、功を焦っていただけなのです。つくづくお恥ずかしい……」
「だから、そんなことないんじゃないかな」
「せめて、私が回復の〈奇跡〉でもつかえていれば、ヴェネフィカ氏の腐敗をなおしてあげられたかもしれない、なんてことを一丁前にかんがえて訓練したのですが、やはり駄目でした。信仰心が足りないのでしょうか」
「そこらへんのことをアタシに訊かれてもわかんないよ」
それからメルカタスまでの約二週間、クレメンタスの訓練はつづいたが、進展はまったくなかったようだ。
「あ、あ、あの……け、け、けぶり」
ロッカが指を差した先には、黒煙の柱が何本もあがっていた。
「あれはちょうどメルカタスがあるあたりじゃないか」
セアルが言った。
そして、それは的中した。
〈悪夢の地〉の第二都市であるメルカタスから、いくつもの黒煙がたちのぼり、遠目から見ても街が破壊し尽くされていることがわかった。




