↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪夢の王 KING OF NIGHTMARE   作者: 葛飾ゴラス
第二章 上層世界
PR
15/28

15 ベリコサス公王

 フェッリア地方の歴史は戦乱の歴史だった。フェッリアの各地で採れる豊富な鉱石のおかげでこの地を治める者には富が約束され、ゆえに、豪族たちが乱立しては勢力を競い合い、また、その首もころころとすげ替えられるのが常であった。

 治世は安定せず、戦乱の時代がながくつづいたが、そこにひとりの英雄があらわれた。それが〝ベリコサス公〟であった。

 ベリコサス公は、周辺の豪族どもを次々に駆逐して従わせると、一気にフェッリア全土を征服し統一、史上はじめてのフェッリア公王となった。

 生きた伝説となった彼の名声と武勇は、フェッリアだけでなく、〈悪夢の地〉全土に轟くこととなった。

 これらが起きたのがいまからたった十年前の話である。もちろん、ベリコサス公は現在も存命だ──


 ロッカたちは午前のうちにフェッリア公国の城下にある小さな村落にはいった。結局、ロッカとホムリナの頑固さに、ほかの三人が折れるかたちとなったのだ。当然、乗り気でない三人の足どりは重い。

 生ける屍──ここでは〝屍鬼〟と呼ぶことにする──は、生前の性格と関係なく、みな一様に凶暴であり、生者を見ると襲いかかり、喰らおうとする。そして喰われた者も屍鬼となり、生者をさがして徘徊するようになるという。

 ロッカたちは物陰にかくれながら村の様子をうかがった。村のなかには何体もの屍鬼が生者をもとめ、ふらふらとした足どりで彷徨っていた。

 徘徊している屍鬼たちを見て、ホムリナは泣いていた。なぜなら、屍鬼のどれもがホムリナの顔見知りだったからだ。

「しかしなんて数だよ」セアルは言った。「この数の屍鬼に囲まれたら一巻の終わりだな。成す術なく屍鬼の仲間入りをはたすことになるぞ。みんな、絶対に見つかんなよ」

 ホムリナを含む五人は、屍鬼たちに気づかれないように、慎重に物陰から物陰へと身をひそめながら歩を進めた。ようやくホムリナの家まで到達することができたときには、みんなだいぶ神経がすり減っていた。

 家のなかはしーんと静まり返っていた。

「お母さん」

 ホムリナの抑えめの声で母親を呼ぶも返事はなく、言葉だけがむなしく床に落ちた。

 足が悪いホムリナの母がいるはずの寝室を見るが、寝台にはだれもいなかった。

「お母さん、どこ行ったの」

 ホムリナが独り言を囁いたとき、どこからかズリズリと床を這いずるような音がした。

「お母さん!」

 ホムリナは寝室を飛び出して、音のした方へむかった。そこは食卓があるダイニングだった。テーブルの下、陰になっている床の上に、な(﹅)に(﹅)か(﹅)がいる。

 ホムリナは恐る恐るテーブルの下を覗いた。そこにいたのは老婆の屍鬼だった。ほかの屍鬼に喰いちぎられたのか、腰から先が欠損した屍鬼が腕だけの力で床のうえを這いずっていたのだ。

 ホムリナの口から言葉が零れ落ちた。

「……お……母さん」

 ホムリナの母親は、生者たちの存在に気づくと、

「シャアァァ!」

 と獣が威嚇するときにするような声をあげて、生者たちを喰らおうと、床の木材に爪を立てながら這いずり、こちらにちかづいてきた。

 それを見たクレメンタスは素早く反応し、屍鬼を踏みつけて、うごきを制した。それから、腰のメイスを抜き、頭上高く振り上げた。

「待って!」

 ホムリナの声に、振り上げられたメイスが止まる。

「お母さんなの。わたしのお母さんなの」ホムリナが泣きながら訴えた。「たすけてあげて。なんとかならない? だれかお母さんを元にもどす方法をしらない?」

「ホムリナ氏」クレメンタスが語りかけた。「これはもう貴方の母上ではありません。母上の姿を真似た悪霊です。貴方の母上を辱めている悪魔です。これ以上、母上への冒涜を許してはいけません。彼女の尊厳をまもり、彼女の魂を解き放ってあげるべきではありませんか」

 ホムリナはその場に泣き崩れた。

「う……う、う」

 ロッカがホムリナを支えて、ダイニングの外へと出した。クレメンタスはそれを確認してから、屍鬼の頭にメイスを振り下ろした。頭蓋が叩き割られ、脳髄は潰され、ホムリナの母の魂は解放された。


 ホムリナの母親の遺体を、外に出して埋葬するわけにもいかず、寝室にあった毛布を遺体にかけることで弔うこととした。クレメンタスが〈教会〉の様式で死者に祈りを捧げた。

 セアルひとりだけが葬儀に参加せず、台所で葬儀が終わるのを待っていた。

 すると、さっきまでしずかだった村のようすが、急に騒々しくなった。

 なにごとか、とセアルは鎧戸をすこし開けて窓の外を覗いた。

 馬に跨(またが)った騎士がひとり、大剣を振りまわして、屍鬼たちを蹴散らしている。

「なんだ、あれは?」

 よく見れば、騎士も、跨っている馬も、腐敗した〝生ける屍〟だった。

「え」

 セアルは驚いた。ほんのわずかな隙間から覗いていたのに、こちらの視線に気づいたのか、屍鬼の騎士がこちらを見つめているのだ。目が合った、ように感じたセアルは、じりじりと後退りするも、視線をそらすことができない。そらした途端、一気に突っこんできそうな殺気を感じたからだ。

 屍鬼の騎士は、大剣を肩に担ぎながら、屍鬼の馬の首をこちらにむけて、ゆっくりと歩を進めはじめた。

「……マズい」

 こっちに来る。

「……マズいマズい」

 歩きから徐々に速度を上げて、駈歩(かけあし)になった。たまらずセアルは叫んだ。

「家から出ろ!」

 次の瞬間、ホムリナの家の壁が吹き飛んだ。屍鬼の騎士が大剣をひと振りしただけで、西側の部屋がひとつなくなってしまった。

 セアルたちはそれぞれ、ホムリナの家から転がるように飛び出た。

「なんだ、アイツは。ほかのとは全然ちがうぞ」

 セアルはそう言いながら〝無尽蔵のマント〟から鉄槌をとり出して、応戦の準備をととのえた。


「ベリコサス様……」

 ホムリナがつぶやく。それをきいていたクレメンタスは、

「ベリコサス? まさか、あの馬に乗っている屍鬼が、ベリコサス公だというのですか。伝説の英雄の……」

 と驚きを隠せなかった。

 フェッリア一帯をわが庭とし、民からも慕われた名君としても名高いベリコサスが、いまでは腐敗に醜く爛(ただ)れ、狂気に支配された屍鬼へと落ちぶれてしまうとは──

 クレメンタスは盾とメイスを構えた。

「憐れなり! フェッリアの覇王!」クレメンタスは叫んだ。「慈悲です。英雄のまま終わらせて差し上げま──」

 言い終わらないうちに、クレメンタスの巨体が空中に浮いた。ベリコサスが騎乗したまま突進して大剣を振るったのだ。クレメンタスがそれを祝福の木盾で受けたが、馬の突進力と大剣の重量が合わさり、いままで受けたことがないような衝撃で、クレメンタスをまるで遊戯でつかうボールのように軽々と吹っ飛ばした。

 ロッカとセアルが、ベリコサスの死角からあらわれる。

 ロッカは疾走し、ベリコサスの死角──地面すれすれの低い位置から、放たれた弓矢のような速さで跳躍すると、逆手にもった短刀を突き立てた。

 セアルは、鉄槌を振りかぶりながら高く飛び上がると、重力の落下エネルギーをも利用しながら、ベリコサスの背後から鉄槌を叩きつけた。

 ふたりの攻撃が直撃する刹那──ベリコサスは人馬一体となって旋回し、ロッカの短刀を裏拳で、セアルの鉄槌を大剣で、それぞれ弾き飛ばした。

 ロッカは地面に叩きつけられ、セアルは吹っ飛ばされて家屋に突っこんでいった。

「ホムリナさん!」ヴェネフィカが呼んだ。

「はい」

 ホムリナはヴェネフィカのところへ駆け寄る。

「いま、どういったことが起きているのですか」

 盲目のヴェネフィカは状況を把握できないでいた。

「みんな、ベリコサス様にやられてしまいました」

「みんな? 三人ともですか?」

「はい、つぎはわたしたちの番みたいです。ベリコサス様がこっちにやってきます」

 そのときだ──ここにいるすべての者が〈声〉をきいた。不思議なことに、〈声〉は耳ではなく、頭のなかに木霊(こだま)するような感覚できこえてきた。

〈声〉はこう言っていた。

『神は癒やし給う(ラファエル)』

〈声〉は、壊れた玩具みたいに、おなじ台詞を延々と繰り返すばかりだった。

「くッ」

 クレメンタスが、自身の巨体で壊した家屋のなかから、這い出てきた。クレメンタスの頭のなかにも〈声〉がきこえていた。

「ラファエル? まさか使徒の……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。